第163話


 突如として現れた鬼の姿を持つ魔物に屈してしまったルチル。

 其奴は何処か可笑しそうに、ルチルの小さな後頭部に足を置いた。


「・・・っ」


 すると、僅かだが息を漏らし指先が震えるのが見えた。


(良かった・・・)


 俺は苛立ちを感じながらも安堵した。


(待ってろよルチル)


 地面に転がるルチルの頭を足蹴にし遊ぶ魔物。

 俺は飛び掛かりたい気持ちを抑え、敵に気付かれない様に囁く様に魔法を唱えた。

 静寂に潜む死神よりの誘い。

 狙いは2本の角を持つ頭部と屈強な肉体を繋ぐ首。


(貰った・・・‼︎)


 心の中で勝利を確信した俺、然し・・・。


「・・・な⁈」

「・・・くく」


 首を横に逸らし、見える筈のない一撃を躱す魔物。

 視線を俺に向け一瞬嘲笑い、直ぐに自らの足下のルチルへと視線を移し、次の瞬間・・・。


「・・・っ‼︎」


 自身の筋肉の筋の浮かび上がった右腕を、仰々しく振り上げた。


「ちっ‼︎」


 魔法の乱発からやっと力の戻った足に一瞬で力を込め、地を蹴りルチルと魔物下へ駆け出す俺。


「静寂に潜む死神よりの誘い‼︎」


 今度は声を上げ、振り上げた右腕目掛けて不可視の一撃を放つ。


「・・・くく」

「・・・」


 下卑た嗤いで腕を逸らし魔法を躱す魔物。


(構わないんだよっ‼︎)


 当てる事が目的では無い一撃。

 一瞬の間さえ作れれば良かったのだ。


「『叛逆者の証たる常闇の装束ハイレティクス・ウンブラ・ウェスティートゥス』」


 詠唱と共に足下に現れた魔法陣から、漆黒の影が溢れ出し俺の全身を覆った・・・、刹那。


「はあぁぁぁ‼︎」

「・・・っ」


 其れはまるで闇の衣の様な形状に変化し、纏った俺は自身の周囲の重力が無くなるかの様に、全身が軽くなるのを感じた。

 地を蹴る一蹴りも足の回転数も、先程迄の倍以上。

 何より身体は脳からの信号を待たず、身に纏った闇の衣から瞬時に意識の信号を受け取るかの様に、自身が次に行うべき動きを最短で実行した。


「其の足を・・・、退けろーーー‼︎」

「・・・くっ」


 荒々しく振り上げた右腕ルチルへと放つ魔物。

 間一髪、俺の飛び蹴りが間に合い、壁へと吹き飛んだのだった。

 音だけで、空間に振動を生み出すかの様な轟音を響かせ、文字通り壁に突き刺さった魔物を見て俺は仲間達に指示を飛ばした。


「ルチルの回復を早く‼︎ミニョンはロックシールド‼︎ディアはマヒアラーティゴの準備を‼︎」

「え⁈司様・・・」

「早くだ‼︎退がってるんだ‼︎」

「・・・っ」


 怒声の様になったが仕方が無かった。


(手応えは有った・・・、でも)


 倒せてはいない。

 そう確信していた俺に応えるかの様に、魔物は其の腕で自身の刺さっていた壁を瓦礫と化し、立ち上がった。


「・・・くく、何だ其れは?」

「・・・何だ、お前も喋れるのか?」


 あまり驚きは無かった。

 梵天丸の一件も有ったが、此奴から感じる危険な空気は、通常の魔物の其れとは全く異質な物だったからだ。


「喋れる?当たり前だろ?」

「普通、魔物は喋ら無いんだよ」

「・・・魔物?くくく、愚かな」

「な⁈」

「我を魔物の様な下等な生物と同視するな‼︎」

「・・・っ」


 魔物。

 そう言った俺を見据え、憤りを示すかの様に怒声を飛ばして来た。


(どういう事だ?どう見ても魔物にしか見えないのだが)


「でも、お前・・・」

「くくく、知らぬなら教えてやろう」

「・・・」

「我は『ラプラス』。楽園より追放されし最強の魔人だ‼︎」

「・・・っ‼︎」


 俺達の前に現れた敵。

 其奴は最強の魔人を自称し、自らの名をラプラスと名乗ったのだった。

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