第105話
「司は九尾の銀弧についてどの程度の知識があるのだ?」
「はっ、此のサンクテュエールに於いて、唯一の1億の賞金首と言う事だけです」
「ふむ、間違ってはおらんし、其れで十分とも言えるな」
「ははあ〜」
「どうだ、お主なら我が眼前に、其の首持って来れるか?」
国王の唐突な発言に沸く参列者達。
此の響きには期待を含む高揚感を感じ、先程迄の良くない感情を吹き飛ばすに足るものだった。
(よっぽど恨まれてるだなぁ、九尾の銀弧とやら・・・)
軽請け合いすべきでは無いだろうが、かと言って国王の命令に従わない訳にもいかないか・・・。
俺は複雑な感情を抱いたが、リアタフテ家の事も考え返事をする事にした。
「ははあ〜、陛下の御命令とあらば叶えてみせます」
「ふふ、本当に愛い奴だな。良い婿を取ったなケンイチ」
「はっ、我らリアタフテ家一同陛下へ、此の身で忠義を尽くし、此の魂で忠誠を誓う所存で有ります」
ケンイチの言葉に感嘆の溜息を漏らす参列者達。
流石に軍の頂点だけあって、一定の尊敬は持たれているらしい。
そう思うと何処か誇らしくもあった。
「ふふ、私は此のザブル・ジャーチ、一の果報者だな・・・。だが、私は其の首を欲している訳では無いのだ」
首を欲していない、俺は国王の発言に胸を撫で下ろした。
九尾の銀弧とやらの実力の程は定かで無かったが、あのブラートと言うダークエルフと同じ億の首なのだ。
あの時より自身の成長は実感出来たが、確実に倒せる相手では無いだろう。
(だが、首が欲しく無いなら何をさせるつもりなのだろう?)
「狐の獣人の里に、私の認めた親書を届けて欲しいのだ」
「里に親書をですか・・・」
「うむ司よ、お主は此の世界の生まれでは無いので知らぬだろうが、狐の獣人とは通常、他の獣人達とは集落を共にせぬものなのだ」
「そうなのですか・・・」
「そうだ、此のザブル・ジャーチに幾つか隠れ処を持ち、己が種族のみで暮らしている」
「・・・」
「然も彼、彼女等は獣人の中では最上級と呼ばれる魔力を持ち、其れは彼のエルフにも匹敵する実力を持つと言われておる」
「陛下、よろしいでしょうか?」
「うむ、申してみよ」
「はっ、親書を送り届けるのは良いのですが、隠れ処と言われましたが、見当は付いているのでしょうか?」
「うむ、その事は問題無い。つい最近九尾の銀弧が所属しておると思われる集落、其の名も『ミラーシ』に辿り着く見通しが立った」
「そうですか・・・」
参列者達から再びどよめきが起き、国王が此れを伝えて無かった事を理解した。
「ただ狐の獣人達は其の魔力で自らの集落を隠し、人族はおろか、他の獣人達にも発見されない様にしている。司よ、お主には其処に私の用意する案内人と共に向かい親書を送り届け、尚且つお主も自在に其の隠れ処に向かえる様になって貰いたいのだ」
「ははあ〜」
「なお、今回の件は親書を届けるのが私からの依頼だ。現地での交渉は任せるが成否は問わん。どうだ、受けてくれるか?」
「ははあ〜」
「そうか、では私は親書の準備に入る。その間は王都に滞在し自由に過ごせ」
「ははあ〜」
「うむ、では下がり休むが良い」
「ははあ〜」
国王からの俺達は足早に場を辞して、通路の先に進み出てやっと肩から力を抜いたのだった。
「ふぅ〜」
「司様、よろしかったのですか?」
「ん?陛下の依頼の事か?」
「ええ」
「当然受けるしか無いさ。リール様やローズには後で説明するしか無いよ」
「そうですか」
「当然ですわっ、陛下から直々の命など将軍や大臣、貴族階級の中でも頂点に位置する者しか受けれない大変光栄な事なのですわっ」
此の場で一番興奮しているのはどうやらミニョンらしく、俺はそのテンションについて行けなかった。
(まあ、親書を届けた時点で命令は達した事になるのだから、深く考える必要も無いか・・・)
参列者の反応を見るに失敗すればかなり批判を受けそうだが、国王が俺にミラーシとやらに自在に行ける様になれと言ったのは、交渉を一度で済むとは考えていないと言う事だ。
ならばお使いクエストよろしく、王都と集落を行ったり来たりすれば良いのだ。
そう考えると実に気楽な仕事の様に思えてくるのだった。
「さてと、親書の準備にどの位時間が掛かるか分からないが、其れまでどう時間を潰すかなぁ・・・」
「そうですね、王都観光でもしますか?」
「ルーナ、行ってみたい所は有るか?」
「さあ、分かりません。ですがマスターから色々な物を見る様に言われましたので・・・」
「そうだな・・・」
「で、でしたら、わたく・・・」
「良いかな?」
「え?」
ミニョンが何事か喋り始めた時、背後から声が掛かった。
振り返ると其処には・・・。
「お父様、どうしましたの・・・?」
ミニョンの父である、デュック。
そして・・・。
「ケンイチ様・・・」
その場にはグリモワールも居て、3人の男達が居たのだが、俺は近い将来義理の父になる男の名を喉から絞り出すのがやっとだった。
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