第48話


「それじゃあ行きますよ?」

「うむ、済まんご苦労じゃった」

「いえいえ、失礼します」


 週末明けの学院の昼休み、俺は学院長室へと来ていた。

 先週の模擬戦で使った狩人達の狂想曲の事でデリジャンに説明を求められたからだ。

 現在、暗闇を駆る狩人は相手の生命力を奪うと言う異様さに学院生に対し使用禁止となっているが、狩人達の狂想曲についてはその効果が無い、その事について説明していたのだった。


(まあ、見た目的には出て来る狼が複数なだけで、同じ魔法に見えるからな・・・)


 俺の説明にデリジャンは納得した様で此方については使用禁止にはならなかった。


「さてと・・・、どこで昼飯を食べるかな?」


 今日はデリジャンからの呼び出しを受け、取り敢えず先に学食でパンだけ確保し、学院長室へと来ていた。


「外に出るのは流石にキツイしなぁ」


 窓から外を眺めると空には灼熱の太陽、大地には陽炎と夏真っ盛りであった。

 ローズによると、このサンクテュエールは日本と同じで、四季を持っているとの事だった。

 俺としては一年中過ごし易い気候でいて欲しいのだが・・・。

 俺は仕方なくクラブ棟の未使用の部屋でも使おうと移動を開始した。

 この学院にも所謂クラブと言うものがあった。

 ただそれは日本の部活の様に全国大会を目指す様なものでは無く、各クラブに同じ志を持った生徒が集まり、その分野についての研究や鍛錬を行うものでラボとでも言った方がしっくりくるものであった。


「流石に昼休みは静かなもんだな」


 放課後となればかなり活気づくのだが、昼休みと言う事もありそこは静まり返っていた。

 幾つかの表札がたったドアを横目に廊下を歩いていると、僅かに開いた一つのドアが目に入った。


「ここは・・・、『ザックシール研究室』?」


 何故そうしたのか解らなかった。

 日頃ならそのまま通り過ぎて行く筈だ。

 きっと運命に導かれたのだろうと後に思う事になる。

 気が付いたらそのドアを開いていた。


「・・・」


 最初に感じた感情は無であった。

 今まで生きてきた時が全てリセットされる様で、自身が何者であるかも認識出来なくなる。

 しかし、其れは刹那でしか無かった。

 失った全てを再び取り戻した時、其処に湧き出てきた感情は25年振りのものだった。

 一瞬ローズの顔が脳裏を過ぎり、心臓を掴まれた様な気がしたが、其れも振り解き叫んでいた。


「我が半身よぉーーー‼︎」


 目の前にはルーナ=スパシーリチが居た。

 俺は興奮し抱きついていた。

 あの日俺の失態により失ったと思っていた自らの半身との再会。


「あぁ無事で良かったぁ〜」


 頬ずりしながらルーナに語りかける俺。

 側から見たらかなり気持ちの悪い光景だと思う。

 この気持ちは誰にも理解して貰えないだろうし、でも良いんだとルーナと同じ目線で思った。


「・・・、あれ?同じ目線?」


 俺はルーナをその月の明かりを思わせる銀髪から、神ですら触れる事を躊躇いそうな脚まで眺めた。


「ルーナぁ・・・、随分大きくなっちゃってぇ」


 俺はあの日からひと月も経っていないのに、まるで10年は会わなかった親戚の子供対する様にルーナへと語りかけていた。


「ま、まぁ、些細な事だな、・・・はは」


 良いんだ、こうやってルーナが俺の手元に戻って来たのだから気にしない事にしよう。

 何か肌触りも人肌に触れる様な感触なんだが・・・。

 魔法の有る世界なのだからこんな事も起こるだろうと、自身に言い聞かせた。


「さてと・・・」


 俺はルーナを持ち帰る為にアイテムポーチのボタンへと手を掛けた・・・。


「ちょっと、その子どうするつもりかしら?」

「・・・え⁈」


 俺はルーナ以外居ないと思っていた部屋の中で、突如として掛けられた声に驚いた。

 声のした方に視線を移すと、本や魔石、何か装置だろうか?大量の荷物により作られた山があった。


「誰か居るのか?」

「ええ、ずっとね・・・」

「お前は・・・」


 山の背後から立ち上がり姿を現したのは、青々と茂る木々の葉を思わせる深緑の髪を編み上げ、病的な細さの身体を持つ少女だった。

 少女の瞳はおっとりしている様で何処まで冷たく、その髪色と同じ色が映えており、俺はこの世界に来て以来初めて意外な物が目についた。


「眼鏡・・・?」

「眼鏡ってこれ?これは度は入っていないわよ?」

「伊達眼鏡なのか・・・」


 俺の呟きに少女は自身の掛けた其れを指で触れた。

 この世界に来て初めて見たので、此方に眼鏡が有るとは思わなかったが、少女の反応を見るとどうやら思い込みの様だった。


「伊達眼鏡って何?」

「あれ?伊達眼鏡は通じ無いのか?」

「通じ無い?ああ、貴方は・・・、そうねどういう物か教えて欲しいわ」

「教えると言われてもなぁ・・・、まあ、お洒落の為に掛ける眼鏡の事だよ」

「へぇ、成る程・・・」


 少女は俺からの説明を噛みしめる様に、その瞳を閉じ一人で頷いていた。

 暫くその時を過ごし納得したのか、少女は俺の方を見据えその口を開いた。


「それでその子をどうするつもりなの?」

「どうするって、勿論連れて帰るぞ?」

「あら、誘拐犯?」

「そんな訳あるかっ‼︎」

「ふふ」


 俺のツッコミに対し薄く笑みを浮かべ、少女は荷物の山を掘り起こし始めた。


「え〜と、何処だったかしら・・・?」

「何だ?」

「ちょっと待ってなさい・・・」

「?」


 子供でもあやすかの様に俺に語り掛け、少女は何かを探す様に山を壊していった。


「早く戻らないとお前も授業有るんじゃないのか?」

「そうね〜。ん〜、確かここら辺に・・・、あ、合ったわよ」

「だから何がだよ、・・・っ、それは」

「この子が貴方の半身じゃあないの?」

「な、何で・・・」


 少女の手にはルーナが収まっていた。

 俺は自身の隣に居るルーナと少女の手の上に居るルーナを見比べた。


「あれっ?」

「ふふ、この子最近校庭で拾ったのよ」

「そ、そうだったのか・・・」


 どうやらこの少女はあの日俺の失態で置き去りにしてしまったルーナを保護していてくれた様だ。


「済まないな、無くした翌日に其処に行ったんだが既に無くなっていたんだ。助かったよ・・・」

「ふふ、そうだったのね」

「ああ、ありがとう」


 俺は少女からルーナを受け取り、喜びを噛み締めながらも直ぐにアイテムポーチへと仕舞った。


(もう失くしたりしないからな・・・)


 俺はルーナにそう強く誓った。

 ただ一つ疑問があった・・・。


「なあ?」

「何かしら?」

「何でこの人形はルーナと同じ顔をしてるんだ?」

「ルーナって、貴方の半身の事?」

「あ、ああ、其処から聞いていたのか・・・」

「ふふ」


 当然と言えば当然なのだが、最初から聞かれていたみたいだ。

 まあ、さっきからそう言ってるしなぁ・・・。

 俺は少し気恥ずかしくなったが、少女は特に気にするでもなく、少し悪戯っぽい笑みを浮かべるだけだった。


「偶々この子の身体部分が完成した日に、貴方の半身を拾ったのよ、それで少し運命的なものを感じたからかしら?」

「この娘は君が作ったのか?」

「ええ、そうよ」


 あれからそれ程日も経っていないのにこれ程精巧に再現するとは・・・。

 俺は素直に驚き少女を褒めたが、其処はそんなに手間の掛かる部分では無いと言われた。


(そうは言っても、さっき抱きしめた時にまるで人間と抱き合っている感じがしたんだが・・・)


「この子の中で手の掛かってる部分は、その内部よ」

「内部って?」

「ふふ、秘密」

「・・・」


 そう言って笑みを浮かべ少女は、等身大ルーナの髪を撫でた。

 俺は男がそれをしたなら、発狂してしまっただろう、しかし女とは言え少し心が騒ついてしまうのを感じた。

 それが表情に出てしまったのか、少女は悪戯っぽい笑みを浮かべながら、その折れそうな指の先をルーナの唇へと動かした。


「・・・っ」

「ふふ、あら、どうしたの?」

「い、いや何でもないぞ・・・」

「そう?ふふ、でもこれ位にしとかないとこの先の交渉が面倒になるから・・・」

「ん、交渉?」

「ええ、貴方、真田司でしょ?」

「ああ、そうだが・・・」

「貴方に頼みたい事があるの」

「俺に頼み?」

「ええ、私の名は『フェルト=ザックシール』。学院の一年でこのザックシール研究室の室長よ」

「その室長さんが俺に何の頼みがあるんだ?」

「それはね、貴方にこのザックシール研究室に所属して欲しいのよ」

「俺に・・・」

「ええ」


 フェルト=ザックシールと名乗った少女からの頼みは、かなり意外なものだった。

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