9 「ただ遊びに出かけてるだけだから。」
「いやぁ、歌ったね。」
「うん、すごく楽しかった。」
二時間じっくり歌を歌った後、カラオケ店を出た僕たちはそう言って頷き合う。僕も朝日さんも少し声が掠れているのは仕方のないことだろう。テンションが高い朝日さんにつられて、僕も少し無茶をして歌ったりしてしまったからね。
「じゃあ、次はどこに行く?時間的に、どこかご飯を食べれる場所だと思うけど。」
「たしかに――うーん、なにか食べたいのある?」
「僕は特にないかな。なんでも美味しく食べれるし。朝日さんはなにか食べたいものある?」
そもそも、僕はあまり食に対する執着がないというか、そんなにこだわりがない。本当に食べたくなるのは朝日さんの作ってくれたのくらいなので、本当に食べたいものとかもないし、今日は朝日さんの誕生日だから、朝日さんが選ぶべきだと思う。
「ん~――あ、そういえばお姉ちゃんが、近くに美味しいパンケーキの店があるって言ってた。」
「じゃあ、そこにする?」
「うん。」
とはいっても、僕はその店の場所を知らないのでどの方向に向かえばいいのかわかんない。場所がわかんないのは朝日さんも同じだったようで、日向さんにメッセージを送って店の場所を聞いている。
「たぶんわかった。あっちだと思う。」
スマホを片手に、朝日さんはそう言って歩き出す。だけど前への注意がおろそかになっているみたいで、前から歩いてくる人とぶつかりそうになったから、僕は朝日さんの腕を軽く引いてぶつからないようにする。言葉で伝えたら間に合わなかったからね。朝日さんは一瞬なにが起こったかわからなかったみたいだけど、自分のすぐ横を人が通ったのを見てだいたい分かったようだ。
「あ、ありがとう。」
「うん。気を付けたほうがいいよ?」
「そうする。」
朝日さんはそう言うと、僕の手をとって歩き始める。そういえば、こうして手を繋いで歩いているけど、傍から見たら恋人同士だよな。僕は別に気にしないけど、僕なんかと恋人に勘違いされたら朝日さんが迷惑じゃないだろうか。
「そういえば、手を繋いでると恋人に勘違いされない?」
そう尋ねてみると、なぜかピタッと足を止める朝日さん。目をふらふらと泳がせて、暑さのせいか少し頬を紅潮させているように見える。
「えっと――だ、だ、大丈夫!だ、だって、こ、これははぐれないためだから!あ、で、でも、逢音が嫌ならやめる。」
どういうわけかなにかに言い訳するような感じで、焦りながらそう言う朝日さん。その意味は全く分からないが、僕としてもはぐれないという理由は共感できるし、少し暑いくらいで大したデメリットもないので「そのままでいいよ」と言っておいた。
手を繋いだ状態のまま、朝日さんのスマホに従って歩いていると、それらしき店が見えた。見えたのだけど――
「――僕の見間違いじゃなければ、すごく並んでるんだけど。」
「わたしにもそう見えるから、見間違えじゃない。」
「だよね。」
明らかに一時間二時間ぐらい待ちそうな感じの行列が、店の前にできていた。しかも、そこにいるのはキャハキャハ言ってる若い女性ばっかりで、明らかに僕が行ったら浮く感じだった。まぁ、数人カップルらしき人はいたけど。
「どうする?かなり並んでるから、入れるまで時間かかりそうだけど。」
「うーん――お腹すいたし、やめておこう。」
「じゃあ、いい感じに別の店を探そうか。」
「そうだね。」
とはいっても、特に思い当たる店がないという問題がある。このあたりの店全然わかんないからね。もうなんか、ファミレスでいい気はしてきたけど。
そんなことを考えていると、ふと後ろに嫌な気配を感じた。慌てて振り返ってみると殺気を放ち拳を握っている石橋君がいて、思わず後ずさってしまう。だって、誰が見ても怖いでしょ、金髪で色黒の筋肉がある男が殺気を放ってたら。朝日さんなんか僕の後ろに隠れてるし。
「オイ、夕いい度胸してんじゃねえか――」
「なんのことかわかんないから、とりあえずその拳を下してもらえる?」
「わかんないわけあるか!!お前倉井さんとは付き合ってないって言ってる癖に、仲良く手を繋いで歩いてんじゃねえか!!羨ましいぞこん畜生、禿げてしまえ!!」
ものすごい勢いでそんなことを言ってくる石橋君。とりあえず、ツッコミを入れたいところが数点あるし、周りからすごい目で見られてる。
「まぁまぁ、落ち着いてよ石橋君。別に僕たち付き合ってないよ?」
「はぁ?」
「ただ遊びに出かけてるだけだから。」
僕がそう言うと、石橋君は胡散臭そうに僕と倉井さんを交互に見る。そして、びしっと僕の手を指さす。
「いや、だってさっき手を繋いでたじゃねえか!」
「あれははぐれないようにするためだから。そうでしょ?朝日さん。」
「う、うん――」
どういうわけか急にしゅんとした感じになる朝日さんと、それを見て固まる石橋君。というか、さっきから朝日さんの顔が赤いんだけど大丈夫かな?ただ暑いだけならいいんだけど、熱中症とかだと怖い。
「ねぇ、朝日さん。そういえばさっきから顔赤いけど、だいじょ――」
「おい夕。マジで一回殴らせろ。」
言葉を遮ってそう言ってくる石橋君は、ポキポキと腕を鳴らしながら近づいてくる。というか、傍から見たら完全にやばいやつなんだけど、本人に自覚はないのだろう。まぁ、自覚があったらこうなってないか。
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