11 「そうだね。すごい偶然だ。」
僕が問題プリントを三枚ほど作り終えたあたりで、十分の制限時間が終わる。
「どう、解けた?」
僕はそう言って倉井さんの手元のルーズリーフを覗き込もうとするが、倉井さんはさっとそれを隠してしまう。いや、隠されても困るんだけど。
「倉井さん、自分の状況わかってる?」
僕がそう言うと、倉井さんは「うぐ」っと声を漏らした後、渋々といった様子で僕にプリントを渡す。
手元の紙に途中計算などをしながら、倉井さんの解答があっているかどうか確かめる。えっと、四問目までは正解で、五問目ははずれ。なんか桁が大きい割り算が書いてあるけど、こんな計算する場面ないはずなんだけどな。しかも割り切れてないし。
「はい、四問正解。五問目は解き方が違うね。」
「え?」
「まぁ、説明は後にするよ。じゃあ、次はこの問題ね。」
倉井さんに次の問題を渡すと、彼女は見るからに嫌そうな顔をしたが、それは気にしないことにした。気にしたら負けだ。
嫌々といった様子で問題を解き始める倉井さんを横目に見つつ、自分はとにかく問題を作っていく。今日は何ができないのかを見極めることに使おう。そう考え、僕は解かせては作るのを繰り返す。
単純作業はルーズリーフ十枚分、およそ百分間続いた。
問題を全部解き終わった倉井さんはぐったりしていたが、教えてもらうのだから我慢してもらわなければいけない。
そんなことより今の問題は、この間違いだらけの解答。僕はてっきり、『この部分ができてないからダメ』みたいな単純な話かと思っていたのだが、結果を見る限り基本的にほぼすべてできていない。ただ、強いて上げるとすれば、数学ならば関数と方程式が特に酷い。英語?林檎を英語で書く練習からだね。
「だいたいわかったよ。」
「もう問題は嫌。」
「明日は中学の頃の問題集持ってくるよ。」
僕がそう言うと倉井さんは分かりやすく絶望の表情を浮かべる。確かに、暗記科目とかなら見て覚えたり聞いて覚えたりするかもしれないけど、数学と英語はコツをわからないといけないから、できないうちは理解しつつ数をこなすしかない。だから、明日はもっと多く問題を解いてもらう。
だけど今日はもう家に帰ることにする。これ以上しても疲れるだけだしね。勉強は適切な量が大事です。
「じゃあ、倉井さん。今日はこれで終わり。」
「ほ、ほんと?」
「いや、嘘つかないし。」
ルーズリーフをしまって立ち上がりながら僕がそう言うと、倉井さんはわかりやすく目を輝かせた。さっきから思ったが、意外と倉井さんって表情がわかりやすい。意外な一面を知った。意外と話すと印象って違ったりするんだなぁ。
「よし、帰ろう。」
倉井さんはささっと準備を終えて、僕に向かってそう言う。いや、別に一緒に帰らなくてもいいのだけれど、せっかく女子と一緒に帰れるかもしれないチャンスなので、ここは黙っておこう。倉井さんが電車で通ってるなら方向が違うけどね。あ、そうじゃなくても違う可能性があるか。
特に話すこともないけど、僕たちは何となく一緒に昇降口まで行き、靴を履き替える。何も話さないっていうのも若干気まずい気もするけど、こっちから話しかけて何も返ってこなかったらつらいから、自分から話しかける勇気はない。というか最近家族と石橋君意外とは話してないから、他人との距離感がわかんなくなってきてる。すべては石橋君のせいだ。あいつマジで留年しないかな。
「ねぇ、逢音。」
やっぱり、苗字を呼び捨てなんだよな。中学の頃は『夕くん』としか呼ばれてなかったから、違和感が半端ない。高校に入ってからは『逢音くん』か『夕くん』だし、苗字を呼び捨てにされることがほぼないから、妙に違和感を感じる。先生方はたいてい『君』をつけるか、名前のほうを呼び捨てにするからな。
「もしわたしが勉強から逃げそうでも、引き留めてほしい。」
「そこは『絶対逃げない!』って自信をもってほしかったけど、了解。」
「うん。ありがとう。」
倉井さんは歩きながらそう言うと、もう話すことはないとばかりに前を向いてしまう。
お礼を言われることもないんだけどな。クラスメイトに勉強教えるだけだし、倉井さんがしっかり勉強していい点を取ってくれれば、僕も得する話だしね。どうせ僕が教えるんだから、無理やりでもいい点とってもらうさ。ふふっ、明日からはどんな勉強をさせようか。
そんな風に考えていると、この辺であまりない大きな交差点に出る。電車で通う人は、駅の方向的にここで右に曲がるのだが、僕はこの交差点を直進する。この学校は電車を使う人が多数派なので朝日さんは右に曲がるのかなぁと思ったが、朝日さんはちょうど信号が青になっているにも関わらず右折しない。
そのまま待っていると、信号が点滅し赤になってしまった。もう少し待つと、今度は直進のほうの信号が青になる。僕が進もうと一歩踏み出すと、朝日さんも一緒のタイミングで進みだす。意外なことに、朝日さんも直進するようだ。まぁ、この辺りはマンションや一軒家ばかりの住宅街なので、そこに住んでいると考えても何ら不思議じゃない。
自分なりに納得して歩いていく僕だったが、そこから五分も歩くとさすがにツッコミを入れたくなる。いや、なんでここまで一緒なの?おかしくね?
「倉井さんも家こっちだったんだね。」
「そう。もしかして、あなたも?」
「同じ方向に来ているんだからそうだよね。」
「へぇ、偶然。」
「そうだね。すごい偶然だ。」
いやもう、本当にそうですよ。これはもう家が隣同士だったってパターンもありますよね。
――いや、ねぇだろ。しかも、何故か敬語だし。
どうもどうやら、意外な展開のせいで思考が変な方向になっているようだ。石橋君と倉井さん、二人からありえない(くらい低い)点数を見せられたからかもしれない。学年にはあれよりも点数が低い人がいるなんて、世界は広いね。というか、少し頑張ればどうにかなりそうな気がするけど。たいていのゲームがそうであるように、序盤はレベルが上がりやすいからね。あそこまで成績が低いと簡単に上がりそうだ。
そんなことを考えていると、いつの間にかマンションの前まで来てた。考え事してるといつの間にか着いてるってよくあるよね。というか、一緒に帰ってたのにほぼほぼ会話はなかったな。まぁ、そんなもんか。
「じゃあ、僕の家ここだから。」
「あ、わたしはこっち。」
僕が自分のマンションを指さしてそう言うと、彼女は道路を挟んで向かい側にあるマンションを指さしてそう言う。何という偶然。そりゃあずっと同じ道を通るはずだよ、だってマンションが向かいなんだもん。朝は倉井さんが学校に遅刻ギリギリで来るのに対し、僕はある程度余裕をもって行動するから会わなかったとわかるが、帰りに関しては同じクラスなんだから授業が終わるタイミングは同じはずだ。今まで帰り道に見かけなかったのは奇跡としか言いようがない。
「じゃ、明日もお願い。」
倉井さんはそう言って、自分のマンションに入っていく。いや、言いながら入っていったと表現しても差し支えないほど、発言からマンションに入るまでの動作が滑らかだった。「また明日」を完全に言い損ねた僕は、思わず溜息を漏らす。
家に帰ったら問題集を探さなければ。妹もいるから引っ越すときに持ってきたはずだけど、何処に置いたかなぁ。
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