9 「わかった。その条件で受けるよ。」



「僕に?」

「うん。あなたが一位なら、あなたから教わるのが確実。」


 なるほど、確かにその通りかもしれない。

 ただ、正直に言ってこの相談は受けたくない。人に教えることでさらに自分の理解も深まるのは分かるが、正直そんな勉強法をする必要性が今の僕にはほとんどない。かといってそのほかのメリットがあるわけじゃないんだよね。


「お断りしてもいいかな?」

「そう言うと思ってた。だから、わたしにも作戦がある。

 もしわたしに勉強を教えてくれて、わたしが再試無事合格するプラス次のテストで二十位以内を達成したら、わたしから対価を支払う。」

「対価?」


 そう言われると、少し興味がわいてくる。断じて、女の子から対価とか言われてテンションが上がったわけではない。いや、まったくなかったといえば嘘になるが、あくまでもそれはほんのわずかだ。なんか、言い訳みたいに聞こえるな。そういうわけじゃないんだけどね。

 倉井さんはこくんと頷くと、僕に支払う『対価』を話し始める。


「もし、わたしが今言った条件をクリアできたら、前にあなたが知りたがっていた『一つの朝焼けを名乗る理由』を教える。これでどう?」


 彼女のその発言に、僕は少し考え込む。確かにそれは僕が知りたがっていたことではあるし、勉強を教えるだけでいいのならお安い御用ではある。交渉の材料としては十分であろう。

 僕の気持ちは受ける方向に傾いているが、そうも言ってられない。この場合の問題点は『倉井さんのやる気や今の成績で難易度が変わること』で、倉井さんが初めからやる気がないなどの理由で目標に達しなければクリアにならない。つまりこれは、僕がどうこうすればいいというだけの問題ではないのだ。


「ちなみに、倉井さんは今回のテスト何位だったの?」

「そ、それは秘密。勉強を教えてくれるなら、言ってもいい。ただ、やる気はある。次のテストで、どうしてもいい点を取らなきゃいけない理由があるから。」


 倉井さんはそう言うと、まっすぐな瞳で僕を見る。

 う、かわいい。って、そんなことに思考を惑わされるな自分!いくら嘘をついていなさそうな目だからって、負けるな僕!

 とはいうものの、冷静に考えてみればあながち悪い条件でもない気がしてきた。仮にこれを失敗しても僕が失うものは『時間』しかないし、どうせ何もせずに終わる時間なのだから、教えることに使っても変わらないどころか、多少自分の勉強にもなって有意義である。つまり、これは成功でも失敗でも僕が損を被ることはほぼないのではないか?というか、クラスメイトに勉強を教えるのに対価がうんたらかんたら言うのはどうなのだろうと、今更ながら考えてしまう。いや、成功したらしっかり対価は貰うよ?損はしたくないからね。


「わかった。その条件で受けるよ。」

「ありがとう。感謝する、逢音。」


 倉井さんはそう言ってペコリと頭を下げる。う、なんか女の子に頭を下げさせることへの罪悪感と、ほぼ話したことない人に苗字を呼び捨てで呼ばれることに対する違和感が混ざって、複雑な気分。


「あくまでも対価の為だからね。ちゃんとやる気を持って勉強してね、倉井さん。」

「当たり前。こっちにも事情がある。」


 倉井さんはそう言うと、こくんと頷く。美少女というのはどんな動作でもかわいく見えるからずるいと思うのは、僕が男だからだろうか。かわいいは最強だと思う。


「じゃあ、今日から付き合ってもらっていい?」


 もちろんいいですけど、「勉強に」って言葉が抜けてませんか?僕だからいいけど、石橋君とかなら百パーセント勘違いしてたよ?いや、あいつは参考になんないか。だって石橋だもん。馬鹿だもん。正真正銘馬鹿だもん。いや、馬鹿って言ったら失礼か。今更感あるけどね。

 倉井さんは僕の手を引き、学校のほうへ引き返すように歩く。えっと、女子的にほぼ初対面に近いような男子の手を握ることに抵抗は覚えないものなんでしょうかね?僕としては気にしないんだけど、倉井さんはいいのだろうか。あ、手柔らかい。女子って本当に柔らかいんだね、初めて知ったよ。こんな発言すると、女性経験ないのがばれるな。隠してるつもりもないけど。


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