第3章 7-4 火の神の声

 もしこの第三天限解除をゾンだけで行おうものなら、常軌を逸した膨大な魔力が山桜桃子ゆすらこを通して流れこみ……山桜桃子であれば即死はしないだろうが……例えば余命一年というほどの大ダメージを与えるのは必須であった。それは、ゾンにとっても困るのだった。

 むしろ、スヴェータがその迫力と障気に、声も無く金縛りにあった。なんとか気を取り戻し、すぐ隣の山桜桃子を見た。


 「……アナタ、大丈夫なの!?」

 「うん」


 山桜桃子が眼を瞳孔まで開いているかの如くまん丸にし、その表情とは裏腹に呆気なく答える。


 スヴェータは決心した。

 「イヴァン、サポートして、一気にスヴァロギッチを倒すよ!!」

 山桜桃子も動いた。


 「ゾン!!」

 フェンスをガシャッと片手でつかみ、小さく叫ぶ。

 「……!!」


 凄まじい咆哮が幾重にも周囲を圧倒する。たちまちのうちに周囲の火災が鎮火した。霊力や魔力の火が、ゾンの咆哮で打ち消されたのだ。


 ゾンは後ろ足で立ち上がり、両手を上げ翼も広げて咆哮し続け、火神かしんを威嚇した。


 だが、スヴァロギッチも伊達に神ではない。まったく怯まずに、この異界の魔神へ立ち向かった。もしこのロシアの古代の火の神が現役であったならば、ゾンといえど第三天限解除では対抗できなかっただろう。だが、大昔にキリスト教によって封印され、人々の信仰を失い、忘れ去られ、名前が書物に残っているだけの存在を魔導師が仮初に蘇らせ、魔神憑きジヤヴェークとして人間へ憑依させて悪さをさせているだけだ。ゾンはスヴァロギッチの突進を真正面から受け止めた。爆発的に炎が吹き上がり、熱風が周囲を圧する。


 ところが、ゾンが火の神をそのまま押し返すと思いきや、スヴァロギッチはゾンの胸へ頭をつけ、大きく空いた両脇の下へ自らの両腕を入れて捻り上げ、相撲のがぶり寄りにも似た押しでゾンの重心を浮かせるや、一気の寄りで突進した。腰高となってバランスを崩したゾンはたまらず一歩、二歩と後退し、その巨大な尾が高いグラウンドフェンスを突き破り、そのまま車道を越えて住宅地へ突っこんだ。家を五、六軒も破壊しながらゾンは押しこまれ、スヴァロギッチが炎を上げてさらに押したため、プロパンガスか都市ガスか、とにかくガスへ引火して爆発を起こした。とうぜん、家々にはまだ人がいる。


 「こ、このバカバカバカ!! なにやってんだ!! まじめにやれ、まじめに!!」

 山桜桃子が怒号を発し、フェンスをガシャガシャと叩く。眼の色が違っている。

 「イヴァン、援護しなさい!」


 イヴァンが飾り羽もきらびやかに光らせ、大きく旋回して火神の背後より急降下爆撃をしかける。


 大きな火の弾が放たれ、イヴァンは急降下から急上昇へ転じた。火の弾は一直線に降下し、スヴァロギッチの背中へ着弾した。大きな衝撃と爆発音がし、黒煙が上がって、さしもの火の神も仰け反って悲鳴を発した。


 そこをゾンが一気に押し返す。土煙と火柱がたち、たちまちグラウンドまで戻ってきた。まさに特撮怪獣映画さながらの光景だった。


 そこでゾン、スヴァロギッチの顔へ大きな鍵爪のついた右手を当て、体格差を活かして巨大な質量を押しつけ、そのまま地面へ押しつぶすようにして覆いかぶさった。


 ボオオアアア!! 火の神の声が、炎の逆巻く音として響きわたる。ここに来てこの異常な光景に気づいた何社かのマスコミのヘリが近よってきたが、ゾンに押さえつけられて暴れるスヴァロギッチの雄叫びが熱波となってヘリを襲い、ローターが融け、あるいはエンジンが爆発、あるいは操縦席のガラスが融解して中の人間が焼け死に、カトンボめいて次々に落ちた。スクープ欲しさに真上へ近づいたら、数百度の熱波が上がっているのだからたまらない。

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