第3章 7-3 第三天限解除

 山桜桃子ゆすらこの血相を変えた訴えに、スヴェータはしかし、顔をしかめながら、

 「ごめん……ヤメルのだめ。アタシは、どんな犠牲を払ってもアイツを倒す!」


 「こ……」

 山桜桃子の顔が驚きと衝撃で引きつった。

 「この、バッカヤッロオオオオ!!」


 スヴェータを殴りつけようと思ってそれを止め、ゾンへ命令する。

 「ゾン!! そんな魔神なんかに手こずってんじゃない!」

 ゾンの動きが止まった。


 「とっとと……!!」

 山桜桃子の殺気に、ゾン、その白く濁った眼が鋭く光った。


 「そうこなくっちゃあ、オレがいた甲斐がねえぜ!」

 大きく足を踏み出し、前に出る。魔力が噴出し、地震のように揺らいだ。


 「ヘ、ヘ……そんじゃあさっそく、使わせてもらうぜ、ばあさんにウスイサンよお!」


 まだ燃えているゾン、その火を消した。そしてどこからともなく、手の内に小さな翡翠の勾玉を出す。古い宝石だった。


 それを、まるでピーナッツでも食べるがごとく、口へ放りこむ。

 そのまま飲み、胃石で砕いた。


 天御門あまみかど家秘伝八尺やさか天心てんしん守護闘霊が数百年をかけて溜め、結晶化した霊力が解放される。



 それは、ゾンの概念で云う「魔法の物品」……すなわち「マジックアイテム」だった。


 ゾンの封印式解除に必要な魔力を補うアイテムとして、その天御門家秘宝の勾玉は作用した。ゾンは夜な夜な道場をうろついて、厳重に隠されたこの危険な秘宝を発見していた。数は、ゾンが発見しただけで八つあった。碓井貞光がその結界をもって厳重に守護及び管理しており、ゾンといえど勝手に持ち出すのは不可能だった。それゆえ、菫子すみれこと碓井へ正攻法で一つだけ使用を請願した。そして許可された。それは、全て山桜桃子のためであるからだった。


 「……第一、第二、第三天限解除……充分な代替魔力だ……お釣りが来るぜ。ヘヘ……こいつあ、すげえ……さすがだな……」


 だが、それ以上はいかに天御門家の秘宝をもってしても無理だ。所詮はこちらの世界の力による代替だった。もっとも、封印式の全てを解除する必要はまったく無かった。スヴァロギッチ程度では、おそらく第三天限でもまるで問題が無いだろう。


 ゾンがまだこちらへ来たばかりのころ、加減や仕様が分からずによくドラゴンの姿になっていた。また対狩り蜂戦士の土蜘蛛である鬼と戦った時は、より巨大化したドラゴンの姿だった。


 それが第一天限解除である。ゾン自身の魔力では、それが限界だ。


 第二天限は、姿や大きさはほぼ同じだが、使用できる魔法や根本的な攻撃及び防御力が段違いに上がる。


 そして第三天限は、スヴァロギッチすら見下ろすような、体高が三十メートル以上、全長は九十メートルを越える超巨大ドラゴンであった。とうぜん、その力は第二天限解除の三陪乗だ……!!


 またその姿もより禍々しく膨れ上がり、巨大な刺や角、鎧鱗よろいうろこが盛り上がって、翼もグラウンド全てを覆いつくさんばかりに広がり、漆黒の死の巨竜だった。まさに怪獣だ。これも基本的にはドラゴンゾンビであったが、もはやゾンビなのか生きているのか、ゴーストなのかすらよく分からない。既に第三天限解除の時点で、死を超越していた。


 山桜桃子はそのゾンの姿を目の当たりにし、恐怖……はまったく無かった。ブルブルと震えていたが、武者震いだ。あの化物の主人であるという事実に脳内麻薬がほとばしり出て、延髄の底の海馬の奥からビリビリと痺れた。

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