第3章 3-2 ロシアの狩り蜂

 ゾンはガクガクしながらもやや前かがみの姿勢のまま尾でバランスをとり、大股の早歩きで道を行く。まだ幽体なので、たまにすれ違う一般人もただ女子中学生が走っているだけにしか見えない。たまにゾンが見える者もいて、悲鳴をあげて腰から砕けてひっくり返るが、無視する。


 ゾンは精霊の通った後に残るキラキラした魔力にも似た未知の力の痕跡を辿り、まっすぐに追い詰めて行った。ドモヴォーイは道からブロック塀を跳び越えて建物の屋根へ上り、または電線を伝って、一目散に走って逃げている。さらに、ゾンは気がついた。上空に凄まじく強い気配。ふと上を見やると、曇り空に炎の塊が力強く羽ばたいて同じ目標に迫っている。


 「おいおい、隠しもしねえのかよ!」


 火の鳥は、既に実体化していた。まるでジェットエンジンめいて陽炎を後方に残しながら鋭い鳴き声と羽ばたきが聴こえてくる。


 その火の鳥、一直線に降下した。

 「やらせるかよ!」


 ゾンも実体化し、ゾンビながらも一瞬だけ生前の瞬発力を見せる。大きく翼を広げて魔力を解放、その相撲取りもかくやという巨体を浮かせ、少し破れている翼をはためかせて一気に家々を飛び越えた。


 そのまま、降下している火の鳥を妨害しつつ路地に着地する。目の前に、ドモヴォーイが固まりついて立ちつくしていた。巨鳥と化した火の鳥は怒りを露わにしながらもその横へ着地し、羽を広げて威嚇している。


 「ゾン! みつけたの!?」


 息を切らせて、後ろから山桜桃子ゆすらこが追いついた。そして、ちがう路地から、あのロシア人の少女も厳しい顔をして現れる。


 さらに、路地を行った先の角から、見たことも無いゴステトラがいきなり走って現れた。山桜桃子は先月退治した人狼かと思った。が、よく見ると狼の毛皮をかぶった原始人のようなゴステトラだった。穂先が石器の槍まで持っている。


 そして、その後ろから千哉ちかと知らないおじさんがいきなり出てきたので、悟った。この原始人のようなゴステトラは、あの特限刑事のおじさんのものだと。


 「山桜桃子、下がってて!」

 「千哉さん!?」


 千哉がゴステトラを出そうとしたが、車へ留守番させていたことを思い出した。


 「あっちゃあ!」

 「籠目こそ下がっていろ!」


 だが、野賀原のがはら警部が前に出て山桜桃子たちを保護しようとしたとき、少女が出てきた路地と同じ路地からいかにも特殊工作員ですという屈強な私服のロシア人男性が三人現れ、野賀原を止めた。


 「どきなさい!」

 野賀原が叫ぶも、隊長らしき最年長の四十代ほどのロシア人、流暢な日本語で、


 「ロシア内務省の者です。警視庁特殊現象捜査課の刑事ですね? 内々ないないの通達が来ているはずです。日本国内における、我々の捜査及び退治は、黙認願います」


 野賀原は目をむいて反論した。


 「なにを云っているんですか! 状況を見なさい、こちらには未成年者を保護する義務がある!」


 「未成年者でも、彼女たちは強力な狩り蜂です! 私たちは特殊現象対策に、手出しはできません!」


 「ばか、こっちも狩り蜂だ!」


 野賀原が強引に割って入ったが、たちまち若いロシア人の隊員二人に羽交い絞めで取りおさえられた。


 「こ、公妨! 公妨!」


 と云ったところで、千哉一人ではどうにもならない。まして、秘密警察といえど相手は一般人だ。ゴステトラを遣うわけにもゆかない。


 しかもロシア人たちは何かしらの体術を会得しているらしく、野賀原がいくら暴れようとびくともしなかった。


 「スヴェータ、遠慮するな、やってしまえ!」

 隊長がロシア語でそう叫ぶと、ロシア人の少女がと笑った。

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