第2章 5-6 ロシアの狩り蜂

 「ゾン!」

 「下がってろ!」


 ユスラを下がらせ、火の鳥と対峙した。いや……火の小っせえおっさんと火の鳥を挟んで路地の向こう側にいる、異国のガキと向かい合った。



 「あっ、あの子!」

 ユスラが前に出る。


 「下がってろっつったろうが!」

 「ロシアの狩り蜂なら、狩り蜂同士で話をつけるから。あんたが下がってて!」


 ケッ。云うじゃねえか。へいへい。


 オレがユスラの後ろへ下がる。何かあったら、消し炭になるだけじゃすまねえぞ、てめえら。


 よく見ると、でけえワシとクジャクとハシビロコウをないぜにしたみてえな火の鳥が、そのごっつい足と爪で、小っせえおっさんを文字とおり鷲掴みにして、地面へ押しつけてやがる。おっさんは情けねえほどに泣きそうな顔で、細い火を吐いて喘いでいた。


 「ねえ、ちょっと、あんた、日本語分かるんでしょ!?」


 ユスラが、熱射をものともしねえで前に出る。肝が練られてきたじゃねえか。火の鳥のあまりの熱に、硬い地面がタールみてえに融けてやがるぜ。


 「説明してよ、これ!」

 「コイツ、アタシのエモノだから!」


 高飛車な感じに顎を突き出して、そいつがユスラと同じ言語をしゃべった。背も高えし、ユスラより二つ、三つ年上に見えるが、きっと同い年だろう。そんな雰囲気だ。男装みてえな厚い木綿地の藍色のズボンに、上着も地味な木綿地の襟なし半袖シャツだ。


 「エモノ!? なにが!?」

 「アナタ、それ、アナタのゴステトラ!?」


 異国人が物怖じもしねえでオレを指さす。目つきが恐えな。怒ってるのか?


 「そうよ、文句あるわけ!?」

 ユスラも負けてねえ。


 「アナタもキケン! ヂヤヴェークなる!」

 「ジ……?」


 なんだって?

 「意味わかんないんだけど!」


 「アタシのことはほっといて! は、アタシが責任をもって片づけるから、かまわないで!」


 云うや、火の鳥が小っせえおっさんを掴んだまま炎の翼をはためかせて飛び立った。熱と火の粉と光がユスラを襲い、オレは慌てて前に出たが、ユスラへは火傷ひとつ負わさねえで、火の鳥と異国のガキは消えちまった。


 「……」

 陽炎が漂っている空間を見つめ、ユスラは半ば茫然と立ちすくんでいた。


 「……おい、ユスラ」

 「わかってる」

 ユスラが、融けてグズグズ云っている地面を見つめながらつぶやいた。


 「あの子『コイツら』……って云った。まだほかにもいる」

 そういうこった。


 「ユスラ、やっぱりよう、ガムのねえちゃんに報告しておけ」

 「……うん……」

 ユスラも、その必要性を痛感するほど不気味な相手に見えたようだ。


 「それから、メガネにも」

 ユスラが、意外だという顔をしてオレを見上げた。


 「しんにも? どうして?」

 「おまえが、ばあさんに直接云うか?」

 「眞にも電話しとく」


 即答かよ。やれやれ……。

 「…………」


 オレは、まだ転がっていた真っ赤に焼けた石炭を一つ、つまみ上げた。オレの指の間で、石炭が火の粉となって光って消えちまった。


 なるほど。こいつは、疑似物質だ……。野郎、物質と非物質を転換できるんじゃなくて、元から幽体に近え非物質的存在が疑似物質を形成してやがった。それも、魔法じゃなく、元からそう云う力を持った存在として……。


 人間とゴステトラの融合という意味での土蜘蛛と違い、云うなりゃ天然の妖精、妖怪つうわけか。大昔にゃそういうのがゴロゴロいたんだろうが……こんな文明の発達した世界でも生き残っていたんだな。


 あの小っせえおっさんの正体は、ガチの精霊かなんかというわけだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る