第2章 5-1 火が見える
ユスラはその日も基礎勉学の講義を受けて、配給の飯を食って、運動や音楽もして……夕刻近くになると図書室で本を読んでいた。
「
「あ、中川さん」
あの、火事現場から走って逃げたやつだ。ぼんくらは、今日はいねえのか? ……今日は、妙な臭いがしねえ。
「ちょっと……相談があるんだけど」
「なんですか?」
「こっち……」
そいつが、図書室の隅へユスラをいざなう。
「ねえ……わたし、いまおばあちゃんちから学校来てるんだけど」
「あ……こないだの、火事のせいですか?」
「うん。まあ。でね、あれから……家のまわりに外国人がうろうろしてるんだ」
「外国の?」
ユスラは、すぐにあの火でできた鳥を従えたお仲間……かどうか分からねえ亜麻色の髪に琥珀色の眼をした異民族のガキを思い浮かべただろう。じっさい、オレも思い浮かべた。
「どんなですか?」
「おっきな男の人や、若い女の人」
「あの、外国の子と関係があるんですか?」
「わかんないけど」
「アメリカ人ですか?」
「わかんない……けど、ロシア人かも」
「ロシア人?」
ロシア? 刀の云ってた国とはちがうな。
やっぱり、今度ユスラに地図や地理の書物を読むように頼もう。オレが横から見るためにな。どうにも、世界の位置関係が分からねえ。話についていけねえぜ。
「なんで分かるんですか?」
「いや……うん……その……」
「で、あたしになにを?」
「あの子と会ってから、火が……見えるようになって……」
「火が……」
どういうことだ? オレもこの裏っ側から二人へ近づき、耳をそばだてる。
「幻覚かもしれないけど……ほら……天御門なら見えたでしょ? あの子も、火でできた鳥みたいなやつを肩に乗っけてた……関係あるんじゃないかと思って……」
ユスラが黙りこむ。確かに、ユスラにゃあの火の鳥が見えていたはずだ。
「……先生や、お父さん……親とか、警察には相談しました?」
「しないよ! ……みんなには見えないんだもの」
「でも……」
「あんたには見えるんでしょ? ねえ……どうしよう……どうしたらいい?」
「うーん」
ユスラが唸る。ほっとけよ。きっとストレスだぜ。気にしねえでメシくって好きなことして寝りゃあ治るぜ。
「あの……ロシアの子……なんで先輩に?」
おい、かまってんじゃねえよ、ユスラよう。そっちに出てって、オレが関わり合いになってんじゃねえって云ってやろうか?
「わかんない」
「ロシア語しゃべったの、分かったんですか?」
「いや、ふつうに日本語しゃべってた」
「えっ」
「上手だったよ」
「なんて云ってたんですか?」
「待って、とか……あなた、ナントカカントカ……とか、そんな感じで……」
「ナントカカントカって、なんですか?」
「聴きとれなかった。そこだけロシア語みたいだった」
「ふうん……」
ほほう……。
なるほどな……そういうことか。なんとなくだが、オレにゃ分かったぜ。でも……本当にそうかねえ……。もし本当にそうだとしたら、いま、オレが気づかねえはずがねーんだけどな。
ウソくせえな、そいつ。間違ってると思うぜ。
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