Ⅰ‐ ④
それではここで話題を変えて、この一学期に起きたとびきりの一大事について話をしよう。
それは、六月の初めのことだった。遅咲きの桜が一輪、サコツの頬にポッと咲いた。
あのサコツに、彼女ができたのだ。
しかも、その彼女というのが学年一の美少女と名高き、一年I組の
さらに言うと、告白してきたのは相崎百合香の方からだった。
一体、サコツと相崎百合香の間になにがあったのか?
実を言うと、その決定的な場面には俺も同席していた。しかし、そんなことになっているなど露知らぬ俺は、この時、いらぬ火種にわざわざ自分で火を点けていた。
俺たちが入学して一月ほど経った頃だった。俺とサコツの二人が廊下を歩いていると、I組の前にちょっとした人だかりができていた。人だかりの中心にいたのはI組の女子二人、そして、それを囲むように上級生の男子五人が輪を作って取り巻いているという、どうにも異様な光景が展開されていた。
上級生に囲まれている二人の女子の内、一人が相崎百合香だった。そして、それとは別のもう一人の女子が、件の上級生たちと言い争いをしていた。
どうやら、五人の上級生は噂の美少女・相崎百合香を一目見ようとI組までやって来たらしいのだが、対応に現れた相崎百合香とは別のもう一人の女子にたしなめられ、逆ギレした上級生たちとその女子の間で言い争いになった、とそういうことらしい。
I組の前にできたその人だかりは極めて往来の邪魔になっていて、誰も彼も迷惑そうに廊下の端に寄っては、身を縮めながら通行していた。
そこへ、俺とサコツが近付いて行った。
「おい、邪魔だ。退けよ」
五人に向かってサコツが啖呵を切った。
「あ?」
上級生の一人がサコツを睨み付ける。
「邪魔だっつってんだよ。退け、オラ!」
サコツは五人を
「なにおまえ、俺たちに喧嘩売ってんの?」
「クソチビが、イキがんな!」
そうして、五人の内の一人がサコツの髪の毛を掴んだ――次の瞬間、がら空きになったそいつの脇腹に、サコツの拳が深く食い込んだ。そいつは「うっ!」と
「てめえ!」
反射的に寄って来た二人を、サコツはみぞおちへの突きと脛へのローキックであっという間に倒した。そして、呆然と立ち尽くす残りの二人を左右に押し退け、サコツは悠々とその場を後にしたのだった。
一応言っておくが、サコツは別に相崎百合香たちを助けようとしたわけではない。ただ単に、そこに目障りな連中がいたから排除したまでのことだった。
しかし、そんなサコツの姿に、相崎百合香は惚れてしまったのだ。まるでマンガのような話だが、事実なんだから仕方がない。
そして、ある日の放課後、プールと体育館の間の無人地帯にアナログもアナログ、手紙で呼び出しを受けたサコツは、なにを勘違いしたのか、念入りにストレッチを行い、来たるべき大乱闘に備えて袖を捲り上げ、拳を怒らせて待っていた。
ところが、そんなサコツの目の前に現れたのは、血走った目をした餓虎餓狼の如きむさ苦しい筋肉バカ共なんぞではなく、それとはまったく対称に位置するところの、可憐な美少女――相崎百合香、その人だった。
楚々とした佇まい。生まれつきというライトブラウンのウェービーな髪はふわりと風に揺れ、恥じらいに赤く染まる頬、憂いを秘めたつぶらな瞳は純真。無垢なる唇はただ一言、サコツへの愛を囁いた。
サコツが動揺したのは言うまでもないことだが、それでも、サコツは相崎百合香の告白を受け入れた。と言うのも、サコツ自身もまた、そんな純粋すぎるほどの心を持った相崎百合香に、一瞬にして心奪われてしまったからだ――。
……と、サコツが顔を真っ赤にしながら話すのを聞いて、俺とロッテはあまりの驚きように開いた口が塞がらなくなっていた。
ただ一人、マシバだけが「やったなあ、サコツ!」と、嬉しそうにサコツの背中をバシバシ叩いていた。
サコツと相崎百合香は互いに不器用ながらも、順調にその愛を育んでいっていた。
しかも、初めの内こそ相崎百合香の話なんておくびにも出さなかったサコツが、ある時突然「俺は彼女と、生涯添い遂げる!」などと言い出してきたので、俺とロッテは閉口してなにも言えなくなった。
そして、マシバだけが一人「その意気だ、サコツ!」と、手を叩きながらへらへら笑っていた。
ちなみに、そのマシバは一学期の間に二人の先輩女子と付き合ってみては、「もう当分の間、年上は勘弁だわ」などと言って、あっさり別れていた。
そんなこんな色々あって、俺たちの高一の一学期はあっという間に終了を迎えた。
夏休みに入り、一学期の総括を踏まえた一大反省会を開催するべく、俺たち四名は集結した。
ヤブの家で。
久しぶりのヤブは相変わらずの黒魔術っぷりで、やっぱりそこが落ち着くのか、サコツを見付けるとその背後に回り込んでピタリと憑依した。
ちなみに、ヤブと俺とは定期的にメールを送り合うなどして、関係性の持続に努めていた。と言っても、連絡するのはいつも俺の方からだったが。
烏巣の兵糧庫も相変わらず健在で、食料、飲料の備蓄は十分。久しぶりに会ったヤブのお母上様も、喜んで俺たちのことを出迎えてくれた。
ヤブの部屋を宴会場に、みんなで飲み食いしつつ、俺は今後の俺たちの在り方について思うところを述べた。
それは、大胆なまでの方針転換を示唆するものだった。
俺が感じていたのと同様に、他の三人もまた、中学の頃とは違う周囲の雰囲気を感じ取っていた。そこで、俺はこれまでの
「吸収型・雪だるま方式」
による勢力拡大策から一転、学年中の主だったグループと各個に連携を図る
「同盟型・蜘蛛の巣方式」
による勢力合従策へとシフトすることの理を説き、その上で、俺たちが他の勢力のまとめ役たる「盟主」の地位に就くべきである、と力強く主張した。
俺の意見に、みんなは「もっともだ」と深く頷き、そのために、尚一層の精進に努めることを誓い合い、ここに改めて、四人の意志統一は成った。
そして、新生・俺たちの高校快進「劇」は、夏休み明けの二学期より始まる。
しかし、この高一第二シーズンより、俺たちには数多の試練と幾多の困難が次々と襲い掛かって来ることとなり、時に一人、時に大勢で降り掛かる火の粉を払い除け、皆一人一人がそれぞれに激動の高校時代を全力で駆け抜けて行くのだった。
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