『桜の木の下で』③
そんなサコツだったが、最初の頃、俺たちは特別に仲が良かったというわけではない。
サコツは元々、いつもバカをやっているその他大勢のバカの一人、という感じでしかなかった。
遠藤瞬が正式に「サコツ」になってから二ヶ月くらい経った時のことだ。
季節はまだ冬の寒さ残る春三月。ぼちぼち桜の花も咲き始めたなあ、そんな感じの春休みだった。
俺とマシバは「なんかおもしれーことねーかなー」などと言いながら、二人でぶらぶら外を歩いていた。
こういう暇な時は学校のグラウンドに行くか、児童公民館に行くか、近所の公園に行くかすれば、バカの二、三人は簡単に見付かるので、そいつらと一緒にバカをやるのがお決まりだった。
しかし、その日は珍しくグラウンドには人っ子一人おらず、公民館も閉まっていた。最後の頼みの綱である公園に向かった俺たちは、そこで異様な光景を目にした。
なんか小っこいやつが一人、三人の五年生に囲まれて蹴ったり殴られたりしていたのだ。
「おうおう、バカがバカやってるぞ」
などと思いながら見ていると、マシバがいきなり「サコツだ!」と叫んだ。
目を凝らしてよく見ると、やられている小っこいやつは誰あろう、サコツその人だった。
サコツはその時まだ骨折が完治しておらず、ようやくギプスが取れたという頃だった。
サコツは見るからに骨折した右の鎖骨を
逃げりゃいいだろうとも思うし、サコツの足をもってすればそれも造作ないことだったろう。だが、サコツは決して逃げなかった。
サコツは元々やんちゃ小僧で、前述のような大立回りをするほどに、一度暴れ出すと手の付けられないやつだった。そして、そのやんちゃっぷりは時に上級生相手にも牙を剥いた。
そんなわけで、サコツは何人もの上級生に目を付けられていた。しかし、上級生たちもそう簡単にサコツに手を出そうとはせず、骨折し、ギプスが取れたばかりの弱体化したサコツを狙ったのだ――。
というようなことを一瞬で理解した瞬間、俺の中に沸々となにかが込み上げてきて、三人の五年生に対し「おのれ不埒千万、卑劣外道の輩め!」という明確な怒りになった時、横にいたマシバが
「『義を見てせざるは勇無きなり』だ。行くぞ! 走れ、シン!」
と言って駆け出した。
マシバは普段へらへらしているくせに、こういう時になると途端に熱くなるやつだった。
俺はマシバが言った言葉の意味は理解できなかったが「これは捨て置けぬ」という意志だけは感じ取り、何気にその気にもなっていたので、二人してサコツの加勢に向かった。
俺たちはサコツが逃げ回りながらヒットアンドアウェイを繰り返すその後方、一番ノロマな三人目を俺とマシバの二人でとっ捕まえて、ボコボコにしてやった。
三人の五年生は突如現れた俺とマシバにかなり動揺したらしく、サコツとやり合っていた足の速い一人は、俺とマシバに一瞬気を取られた隙に、逆襲のサコツによってコテンパンにやられた。手負いのサコツは強かった。
残った最後の一人がどっちの味方を助けるべきかと右往左往しているところへ、俺とマシバとサコツの三人は寄って集ってそいつを袋叩きにした。
三人の五年生は
が、俺たち三人も無傷では済まなかった。
サコツは顔面にあざを作って鼻血を出していたし、俺とマシバも肌の露出しているところにはいくつもの擦り傷ができていた。服も大分汚れていた。
そんな俺たち三人は、互いの顔を見ながら笑い合った。
すると突然、マシバがそばに落ちていた桜の木の枝を拾い、空に向かって高く掲げ、こう言った。
「ここに集いし我ら三人。生まれた日は違えども、死ぬ時は同じ!」
それが、三国志演義で有名な「桃園の誓い」であることなど微塵も知らなかった俺とサコツは、ただなんとなくそれが面白くて、げらげらと笑った。
そして、俺とサコツも同じように落ちていた桜の木の枝を拾って、空に向かって掲げ合い、パチパチと枝同士をぶつけてから、そのままチャンバラをして遊んだ。
こうして、俺たちは桜の木の下で「桃園の誓い」ならぬ「公園の誓い」を立てた。
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