第41.5話 天才重戦士、結局何にも答えてない

 俺はグレイ・メルタ、天才重戦士だ。

 知り合いの大賢者の護衛依頼ということで、今、温泉に来ている。


 そして何故か、相棒のラン・ドラグと一緒に温泉に入っている。

 何故だ。何故、こーなった?


「あのー、ランさん?」

「振り向かないの!」


 そっとランの方を向こうとすると、ピシャッと切り捨てられてしまった。

 いや、でもね、あのね――、


「その、背中合わせで温泉入ったんじゃ、顔も見えないっていうか……」


 そう、俺とランは今、互いの背中をぴったり合わせて湯船に浸かっていた。

 湯の温度は適温近くでややぬるめ。

 これならじっくり入って体をあっためられる。とは思うんだけどさ?


「……今の僕の顔を、おまえに見せたくない」


 そんな風に言うクセに、我が相棒殿は己の背中をこっちにぴったりくっつけてる。

 ああ、心臓の鼓動がヤバイよ。これ絶対、温泉以外の効能だよ!


 ただ――、


「…………」


 彼女が俺にしっかりともたれてくるので、俺も少し体重をかける。

 東方じゃ、人って文字は棒と棒が支え合う形をしてるそうだ。

 まるでそんな感じに、俺とランはお互いの背中をくっつけて、支え合っていた。


「あったけぇなぁ」

「うん。グレイの背中、あったかいね」


「……いや、温泉の話」

「ぴゃっ!?」


 俺の一言にランが大きく身震いする。パシャッと水音が弾けて、湯船が揺れた。


「う、ううううう、うん! そ、そそそーだね! 温泉ね、あ、あったかいよね!」


 見事なまでに声だけで挙動不審を演じる我が相棒殿。

 まぁ、気持ちはわかるよ。実のところ、俺も咄嗟の言い訳で温泉っつったワケで。


 うん、そーだね。ランの背中があったかくて、そんなことを言っちゃったんだ。

 すまない、嘘をついてしまったかもしれない。ま、謝らんがな!


 いやいや、温泉があったかいってのも事実なんですけどね?

 なんつ~か、体の中にある疲れが溶けて流れ出してく感じがするっつーかね。


「ふへぇ~」


 我知らず、そんな声を出してしまうくらいには、心地よい。

 後ろには相棒がいて、俺を支えてくれてて、こんな温泉でのんびりしてる。


 う~ん、至福。

 あれかな、俺の人生、ここが絶頂なのかな。明日死ぬのかな?


「……死にたくねぇ~」

「え、何? グレイ、死ぬの!?」


「死なねぇよ!」

「え、じゃあ今の、何?」


 何、とか、そんなまっすぐ尋ねられると、それはそれで答えにくいな。


「あ~……、あれだ」

「何?」

「ちょっと、幸せに浸ってただけだ。おまえと一緒にいられることとかさ」


 まぁ、隠すようなことでもないので、こっちもまっすぐ答えるけどさ。

 ってね、思ったんだ。でもね、言った直後にね?


「…………今の、なしで」


 うおおおおおおおおお、何じゃこの全身を襲い来る急激な恥ずかしさは!?


 え、俺何言ったの今? 何言ったの!?

 っていうかそもそも、さっき俺何つった! ランのパンツがどうとか言った!?


 今さらながらバカじゃないの、天然通り越して単なる空気読めないさんじゃん!

 あああああああああ、これあとになってキいてくるや――――つ!


 そりゃムールゥだって呆れるわ!

 めちゃくちゃ漂白されきった真っ白い目で見てくるわ!


 そして、そこにさらに、ランが俺の背中にグッとよっかかってきた。

 ま、待って! 待ってランさん! 今の俺にそれは追撃おごはァ――――!?


 ……し、心臓が、ドキドキで、止まりゅ。


「グレイは……」


 津波の如く襲いかかる羞恥に叩きのめされた俺の耳に、ランの声が届く。


「その……、僕といて、幸せなんだ?」


 はゥンッ。


 ちょ、やめて!

 すぐ耳元に聞こえる、少しはにかんだ感じの抑え気味の声でのそれは、ヤバイて!

 抑えた中にも喜んでるがわかる弾んだ声音とか、俺の心臓直撃だってばよ!


「…………えへへ」


 あ、トドメ来た。


 今のランのふにゃっとした照れ笑いで、今確実に心臓止まったよ。

 そして超過ダメージで止まった心臓が動き出したよ。俺、復活! やったぜ!


 本音を言えば、このまま何も答えないで振り返ってランを抱き締めたかった。

 今この瞬間も俺の中の激しい部分がそれをしろと主張している。


 何よりさっきから股間が痛い。理由は察しろ。

 しかし、しかしだ!

 ここは行動で示すところではないと、俺の理性は判断していた。


 ヘタレ?

 どーてー野郎?


 うるせぇタコ!

 ランは俺を信じて背中預けてくれてんだぞ、それを裏切れるかァ!


 もしかしたら、ランもそういうことを期待しているんじゃないか。

 そんな考えが俺の中にないワケではない。

 だってグレイさんも健全男子だからね。そりゃー仕方がないってモンでしょ。


 今、ランは俺に甘えてきてくれている。

 そこに期待をかけることは、何も悪いことじゃないだろう。


 ただ、万が一、俺の推測が間違っていた場合、どうなるか。 

 火傷じゃ済まねぇよなぁ……。

 今度こそ、今度という今度こそ、ランに嫌われ、見限られるかも。


 さすがにそいつは御免こうむるってモンだ。

 一つの判断違いで、相棒との間にある全部をご破算になんてできるかよ。


 ……いや~、股がギンギンに疼いてしゃーないッスけどね!


 だから深呼吸。

 ランにバレないように、細く、深く、呼吸を繰り返すのだ。


 そうすることで、体内を暴れ回るヤバイのを、ちょっとでも外に排出するべし!

 落ち着け。落ち着きなさい。落ち着いてよ!


「ねぇ、グレイ」


 必死に体内の熱を排気しているさなか、ランが俺に話しかけてきた。

 深呼吸で多少なりとも落ち着いた俺は努めて平静を装って「どした?」と返す。


「ちょっと、聞きたいことがあるんだ。その、三つ」

「三つ? ふ~ん、何。いいけど」


 うん、よし。いいぞ、いい感じに普通に会話できてるぞ、俺!

 このまま、心不動たる天才重戦士の風格と貫録を保ったまま話し続けるのだ!


「じゃあひとつめなんだけどさ」

「おう」


「どうやって僕の部屋からくまさんパンツ持ってったの?」

「おっふッ」


 思わず体を震わせて、バシャン、と大きな水音を鳴らしてしまう。

 クソッ、安堵した途端に急所串刺しにされたぞ! やってくれるじゃねーか!


「どうしたの、グレイ?」

「いや、何でもねーけどさ……」


 呼吸を整え、俺は脳みそを光の速度で回転させてランに答えた。


「あー……、おまえがいないときに、こっそり、とかな」

「よくアムにバレなかったね」


 あ。

 それがあったか。完全に失念していた。


 我がパーティー共用の拠点。

 アムは、実質そこのハウスキーパーを務めているのだ。


 あいつの能力が家の中でも効果を発揮できるからなんだけどね。

 あの、まっぱのマッパー能力。いやさすがに家の中で脱いだりはしないけどさ。


「いや、そりゃ当然、アムがいないときを選んで、だな……」

「クゥナもいるのに?」


 おおおおおおおおおおおおおお、そうだったぁ~~~~。


 我が家のクソ駄メイドもどきのクゥナとかいう珍生物。

 あれもあれでメイドを名乗るのもおこがましいが、盗賊としては超一流。

 王位級の加護の持ち主にして、元とはいえ『エインフェル』の一員だった女だ。


 家の内実を即座に察知できるハウスキーパーのアム。

 さらには、メイドとしてはクソ以下だが盗賊としては最上位のクゥナ。


 この二人の目をかいくぐって盗みをやらかすとか、笑えるほど難易度高い。

 それこそ、ムールゥ以外にゃまず無理ってモンだろう。


「えっと、だな……」


 俺は、必死に言い訳を考えた。

 アムがいなくて、クゥナがいないタイミングを狙って――、あったか、そんなの?


「ちなみに、二人共いない日って、多分ないよ」


 俺の顔を見てもいないのにランに心を読まれてしまった。

 よーし、退路は塞がれた! もう逃げ場はどこにもないぞー!


 覚悟をキメろ、グレイ・メルタ!

 ここで何とか背中合わせの相棒をうまいこと丸め込むのだ!


 ……やれる自信など微塵もねぇが!


「ふ~ん。ま、いいよ」


 あれ?

 やってやるぜ、と思ったらあっさりランの方から引き下がった。何ぞや?


「ふたつめ、なんだけどさ」

「お、おう……」


 何ともあっけなく終わったひとつめの質問に、俺は逆に身構える。

 直感でしかないが、今から来るふたつめがランの本命だと思ったからだ。


 ランが、ふたつめの質問を口にした。


「――誰のこと、庇ってるの?」

「…………」


 俺は、無言を返す。


「僕はさ、おまえの相棒だよ、グレイ」

「知っとるわ」


「僕も知ってるよ。おまえのこと、いっぱい」

「……おう」


 そんな嬉しそうに言われると、その、何か、むずがゆいッッッッ!


「だから、おまえが僕を裏切るなんて信じられなかったんだ」

「ごめんて」


 その節は大変ご迷惑をおかけしてしまい、申し訳ございませんでした。はい。


「ほら、普通ならそうやってすぐに謝ってくれる。でも、そうじゃないときもある」

「……そうじゃないとき?」

「おまえが、誰かを守ろうとしてるとき」


 それを言うランの声は、聞き間違いだろうか、少し誇らしげだった気がする。


「クゥナのときみたいに、僕達に利がなくても、おまえは守ろうとするから」

「いや、それはあのバカがバカだったからで――」


「うん、知ってる。おまえもバカだけどクゥナもバカだよね」

「平然とした物言いでそれを断言するおまえってかなり辛辣では……?」


 反論しようのない、完全無欠の正論ではあるけどさ。


「僕が言いたいのはさ」

「おう」


「やっぱおまえって、僕が思ってた通りのヤツだなー、ってこと」

「何だよ、その評価は……」


「だって、言えないんでしょ。誰を庇ってるのか。今になってもさ」

「…………言えない」


 言うワケにはいかない。それだけは。

 俺はランに、ムールゥのことを俺を狙う暗殺者として話しちまってる。


 ランがあいつのコトを知れば、俺の安全を優先してムールゥを追い出すだろう。

 事実だけを見れば、全く何の問題もない。俺の安全も保障される。


 だが、それは――、


「おまえが庇ってる相手、心当たりはあるんだ」


 探る風でもなく、ただの会話の一環として、ランは俺にそれを言ってきた。

 まぁ、当然か。こいつに暗殺者の話をしてすぐのことだモンな。


「もし、僕の想像通りなら、何でおまえそんな相手庇ってるんだ、って呆れるよ」


 ですよねー。自分でもそう思いますわ。

 何で俺、自分を狙ってる暗殺者を自分の相棒から守ろうとしてんだろーね。


「でもおまえは実際に守ろうとしてる。今さら、その是非は問わない。ただ――」

「ただ?」

「理由くらいは教えてほしい。それで、僕は納得するから」


 ……納得するから、か。


 つくづく、俺は相棒に恵まれたと思う。

 こいつと俺を引き合わせてくれたチビロリには、感謝しかない。


 そして、だからこそ俺はきっと、ムールゥに感情移入してしまっているのだ。

 それを俺は、こんなときに再認識してしまった。


「……例えばの話でしかないけど、いいか?」

「本当に隠し通そうとするんだね。それでもいいよ、聞かせて」


 ランがうなずくのを背後に感じながら、俺は目線を上げて、理由を告げた。


「例えば、俺達なんてメじゃないような人生を送ってきたヤツがいるとする」

「それって、どういう……?」


「〈申し子〉って知ってるか? 俺は知らなかったけど」

「〈申し子〉……? 生まれつき、加護を授かってるっていう、あの?」

「ああ、それだ」


「その〈申し子〉がどうかしたの、グレイ?」

「……Xランクの〈申し子〉」


 俺がそれを言うと、ランの背中がピクリと震える。

 理解したのだろう。俺が言ったそれが、一体どういうものかを。


「そうなの?」

「例えばの話だっつったろ」


 彼女は確かめ、俺は言外に肯定しつつ、はぐらかす。

 Xランク。あるいは外位級ジョーカー


 通常のランクには当てはめることができない、化外の加護。

 大きなメリットと激しいデメリットを両立させてしまっているそれは、授かった者の人生を容易く、そして確実に狂わせてしまう。


 俺ならば、絶対回避の能力と極めて上がりづらいレベル、そしてクソザコ体力。

 ランならば、最強の暴力とそれを振るったあとに発生するバーサーク。

 そういった表裏一体の加護こそが、Xランクなのである。


 そして、ムールゥ・オーレ。


 加護を授けた存在の名前こそ〈ぼっちくわ大明神〉とかいうクソたわけたものだが、あいつが授かったのは誰からも認識されないというシャレにならない能力だ。


 しかもそれを、あいつは生まれつき備えているのだ。

 正直、どうやって今まで生きてきたのか、不思議ですらあった。


 親はあいつを認識できたのか。

 兄弟がいたら、あいつは兄弟ゲンカできたのか。


 自分がどれだけ叫んでも、その声を聞いてくれる者はいない。

 人前でどれだけおどけたところで、それを見る者はなく、気づく者もいない。


 俺やチビロリのように見える人間がいたとして、それと出会える確率は如何程だ。

 数字に強くないのであまりわからないが、すこぶる低いに決まっている。


 そこにいてもそこにいない、世界の誰よりも孤独という言葉の意味を知る女。

 それが、ムールゥ・オーレという人物だ。


 ……その割に随分明るいアホに育ったようだが。いやー、奇跡ってあるんだね!


 だが、それでも――、


「俺もおまえも、冒険者になるまでは普通の人間だった」

「そうだね。……でも、その人は」

「ああ、今までずっとXランクの能力に引きずられて生きてきた」


 俺達はXランクの加護がどういうものか、身をもって知っている。

 だが、それとて期間にすればそう長いものじゃない。それでも随分苦労してるが。


 一方で、ムールゥはどうだろう。

 例えば人がたくさんいる街中でも、あいつを見ることができる者は誰もいない。

 そんなの、闇の中に一人取り残されるのと何が違うってんだ。


 生き地獄だったに違いない。

 ムールゥが過ごしてきた人生は、無と、闇と、沈黙に彩られた地獄。

 いや、そんな生ぬるいはずもなく、俺の想像をはるかに絶するものだったと思う。


「……絆されちゃった?」

「いや~、そういうワケじゃないと思うんだけどなぁ……」


 あー、でも共感はしちゃってるかもしれないなー、案外。

 Xランクの加護でぼっち化とか、他人事じゃありませんしねー。


「そっか。グレイはその人のこと、見つけてあげられたんだね」


 クスリと笑ってランが言う。

 見つけてあげた、か。う~ん、そうともいうのか?


 俺は〈はぐれの恵み〉のおかげで、あいつの姿を見ることもできた。

 もしかしたらダンジョンの中なら、アムも見れたりするんじゃねーかな。


「ま、だから、さ……」


 俺は一度息をつき、


「この温泉にいる間くらいは、相手してやろうかなって」

「その人、温泉好きなんだ?」


 好きだねー、あれは間違いなく温泉フリークだねー。

 佇まいがどうとか風情がどうとか、いかにもマニアなこと言ってたし。


「まぁ、わかったよ。そういう理由なら、僕もこれ以上はどうこう言わないさ」

「やけに聞き分けいいですね。俺のこと、心配になったりとかは?」


 そうは言うけど、あいつはアホでも俺を狙う暗殺者なんですけど?


「何言ってるのさ。僕の暴走を凌ぎ切れるヤツが他の何に殺されるんだよ?」

「うわ~、イヤすぎる信頼のされ方!?」


 そして、俺とランはひとしきり笑った。


「じゃあ、最後。みっつめ」

「あ~、はいはい。何でも来いってモンだぜ」


「今までのふたつ、グレイは何にもこたえてないも同然だけどね?」

「そんな事実もあったよーな、ないよーな!」


 俺は、全力で真正面からはぐらかした。

 天才重戦士グレイ・メルタ君は敵からは逃げるが仲間からは逃げないのだ!


「え~っと、みっつめ。みっつめ、なんだけどさ……」


 と、急にランの歯切れが悪くなる。

 何ですか? 一体、我が相棒殿はこの天才重戦士に何を尋ねようとしてるの?


「その、あのな……」


 聞こえた声に、身が芯から竦んだ。

 その声は、直前までとは一変していた。含まれている熱が、小さな震えが。


 色を帯び、艶を纏ったその声は、響きからして俺の心をガシっと掴む。

 心臓が高鳴った。一度は落ち着いた心身が、またしても強烈な熱に火照り出す。


「グ、グレイは、さ……」


 ランの声はくぐもっていて、深く俯いているのがわかった。

 背中越しに、ランの心臓の高鳴りが響いてくるような、そんなありもしない錯覚。

 それは単に自分の鼓動だろうと思うが、それでも、錯覚していたい。


「えっと……」


 ランは、切り出そうとして言い澱むのを幾度か繰り返した。

 そのたび、全身を強張らせる緊張が強まっていく。ごくりと生唾を飲んでしまう。


 これは、これはまさか。もしかして――――ッ!


「グレイは、僕のこと、す「頼もォ――――うッッッッ!!!!」


 だがランのみっつめの質問は、外から聞こえた大音声によってかき消された。


「……え、何、今の?」


 怒るでもなく、驚くでもなく、声の大きさにただきょとんとして、ランは温泉と外を隔てている木の壁の向こう側に目をやる。

 一方俺は、助かったのか残念なのか、自分でもよくわかんなくなっていた。


「お~い、旦那~、お嬢~、ちょっとお客さんだぜー!」


 脱衣所の外から、パニの声が聞こえた。

 どうやら、仕事の時間が来てしまったらしい。


「…………ブー!」


 背後からランのブーたれる声。

 まさにお約束の如き肩透かしである。そりゃブーたれたくもなるわな。


「ラン。先に着替えて出てくんね?」

「あ、ああ。わかったけど……」


 ランが立ち上がる音が、すぐ近くに聞こえる。

 うなずく声音はいかにも残念そうで、俺の背中に未練の視線が突き刺さる。


「なぁ、ラン」

「なぁに?」


 脱衣所に向かおうとするランへ、俺は振り向かずに言った。


「近いうち、俺から言うよ。それまで待っててくれ」

「……え、それって」


 と、小さな驚きを伴った声がして、直後に、


「――うん!」


 というやたら威勢のいい返事。

 そして、ランはそのまま体を拭いて着替え、大浴場を出て行った。


 かくして、温泉には俺だけが残されて、


「近いうち、かぁ……」


 なんとなし呟いて、


 ……………………。

 ……………………。

 ……………………。

 

 ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオイッッッッッッ!!!!!!


 何言っちゃってんの?

 何言っちゃってんの、俺ェェェェェェェェ!!?


 はわわっ!?

 えっ!

 何、近いうちに俺から言うよ、って何!!?


 何を言うの!?

 今日の天気? 本日は大変お日柄もよく?

 ここ地下だから空見えねェェェェェェェェェェェェェェ!


 おまえフザけんなよ! 何言ってんだランに!

 ウオオオオオオオオ、殴る! どこの誰か知らねぇが殴る!


 あ、俺だ! 殴ろう! 痛ェ! 思ってたより痛ェ!


 狂気か、いつの間にか俺は狂ってたのか?

 いや、正気のはずだ。正気のはずだけど正気とは思えねェェェェェェ!

 バカかよォォォォォォォォォォァァァァァァァァァァァァァ!


 俺はしばらく、温泉の中で陸に打ち上げられた魚みたいにのたうち回った。


「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」


 やがて、息切れしつつもようやく落ち着いてきた。

 よし、冷静になったぞ。体はあったかいが頭は多少なりとも冷えた。

 改めて、俺がしたことについて考えてみよう。 


 いや~、まぁ、何とも、大それたことを言っちまったね、こりゃ。

 相手がランとはいえ。いや、ランだからこそ、か……。


 ランと俺の間にあるもの。

 それを、俺も、あいつも、自覚している。そして、望んでいる。


 そう、俺は思っている。じゃないな、そう思いたい。が正解か。

 万が一、違っていたら。あいつが俺に望む言葉が、違うものだったら。


 それを想像すると、途端に心が委縮してしまう。

 さっきまであった確信に近いものが急に色褪せて、小さく見えてしまう。


 だが、言ってしまった以上は、前を見るしかないのだろう。

 そして、確かめなきゃいけない。俺とあいつの間に交わされたものの正体を。


 ――ぶっちゃけ、ちょー怖いけどね! 死が目前に迫ってる気がするね!


 で、それはそれとして、


「……こっちもいい加減、早く鎮まってくれませんかねぇ」


 いきり立ったままおさまらない俺の俺が落ち着くまで、待つしかないかな、これ。

 はぁ、いい湯だ。そろそろ鼻血出そう……。あふん。

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最強パーティーを追放された貧弱無敵の重戦士は、戦わないで英雄になるようです @6496

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