第39話 天才暗殺者、壁ドンされてドキドキする

「――要するに、だ」


 私の眼前で、パニ・メディがスゴみ利かせながら告げる。


「テメェ以外にありえねェんだよ、元凶ってなるとよ」

「あ、ぁの……」


 その視線に込められた怒気に、私は心底震え上がり、か細く声を漏らす。

 きっと、私の顔色は今、蒼白になっていることだろう。


 しかし、パニ・メディには私の声も、震えあがった表情も、全て見えていない。

 これまでと変わらず、私は彼女に存在を認識されていない。

 なのに――、


「何ブルってンだよ、テメェ。いっちょ前によ」


 パニ・メディは私の様子を確実に感じ取りながら、さらに目つきを尖らせる。


 逃げたいと思った。今すぐ、ただちにこの場から。

 しかし、私の背には壁、すぐ目の前にはパニ。左側にはアム・カーヴァンがいて、右側は伸ばされて壁に手を突いているパニの腕で完全に塞がれている。


 壁ドン。

 そう、この状況は間違いなく、壁ドンである。

 パニ・メディの壁ドンによって、私は今、完全に追い詰められていた。


 ――どうしてこうなったのか。


 恐怖と絶望の中で、私はこうなったいきさつを思い返す。

 あれは、つい十数分前のこと。



 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



「「「いらっしゃいませ~。ようこそ〈ひなびた温泉宿亭〉へ~」」」


 温泉旅館の入り口に到着した私達を、朗らかな声が出迎えた。

 何と、そこには左右にずらりと並んだ、おそらくは旅館の従業員とおぼしき女性達。


 全員、東方の衣装であるワフクを着て、髪の毛も結い上げ整えている。

 あ、これあっし知ってる! ナカイってヤツだー! スゲー、本物初めて見たー!


「遠路はるばるようこそおいでくださいました~」

「お荷物お持ちしますね~。お部屋の方にお運びしておきますので~」

「暑かったでしょう~、冷たいお水いかがですか~?」


 甲斐甲斐しい。

 とても、甲斐甲斐しい。


 いちいち身をかがめて腰を低くして、こちらを上に扱ってくれる細かい心遣い。

 言うだけでも勇気がいる屋号のクセして、そこで働く従業員は間違いなくプロだった。


「……旅行来たって気分になるわ~」


 と、グレイ・メルタがしみじみ言う。私も同意見である。

 いや、しかし、それにしても――、


「…………」

「何ボーッと突っ立ってんだよ?」


「グレイ・メルタ。おまえはこの景色を見ても何も感じないというのですか」

「……あ?」


 私が言っても、グレイ・メルタはまるで要領を得ていないようで首をかしげるばかり。

 う~ん、この超絶ド級ニブチン。

 やはりこいつの頭の中に詰まっているのは白みそ辺りに違いない。


「この旅館の建物を御覧なさい。……何か思うところはありませんか?」

「え~? いきなりそう言われてもなぁ……」


 私に言われ、グレイ・メルタは玄関の外に出て旅館を見上げる。


「ボロい……」

「オブラートという言葉を知っていますか?」


「いやだって、ボロいじゃん。スラム街にある掘っ立て小屋の上位互換みたいな」

「言わんとしていることはわかりますが、失礼通り越して喧嘩売ってますよ、その例え」


 私が指摘すると、グレイ・メルタは「ンなこと言われてもさ~」と難しい顔をする。

 何ということだろう、人のことをウンコと言いながら、ウンコなのはこの男の美的センスの方ではないか。や~いウンコウンコ、エンガチョ! バーリアー!


「おまえ、何かくっだらないコト考えてない?」

「いえ、別に」


 私は素知らぬ顔で返すが、なかなかどうして勘が鋭い。

 この男、そういうところだけは、私の暗殺対象に足るだけの価値を感じさせる。

 センスウンコだけど。センスウンコだけど。


「まぁいいでしょう。帝都生まれ帝都育ちの最先端しちーがーるの私が、可哀想な芋センス芋冒険者の芋グレイ・芋メルタにこの旅館の素晴らしさを教えて差し上げましょう」

「シティガールをしちーがーると発音する辺りがおまえの限界だがな」


 グレイ・メルタが何か言っているが、当然聞き流す。


「まずグレイ・メルタ、この旅館を見なさい! 古いでしょう!」

「古いなぁ。木造で、一階建てで、いかにもボロっちくてすみませんって感じだな」


「違います、これはボロっちいのではありません」

「では何ぞ?」


「これは、趣深いというのです」

「はぁ……」


 断言する私に、グレイ・メルタは生返事。う~ん、この理解力不足。


「壁に使われている木板の色合いを見なさい。ほら、木目はあんなにくっきりと。しかも色合いも濃い茶色のグラデーションで、この木板一枚を見ても、この旅館が過ごしてきた長い年月を感じることができるでしょう? ほら、ほら! あそことか染みがあるでしょう? 長期間、外の空気に晒された木材が持つ味わい深いこの風情、わかります?」

「やだ、この暗殺者、凄い早口……」


 何やらグレイ・メルタがヒいているようにも見えるが、それはそれとして話を進める。


「旅館の中を見るのです、グレイ・メルタ!」

「はいはい、何だっつ~んだよ……」


 私は旅館の玄関口の一点を指さした。

 そこには、この建物を支えている太い木の柱があった。


「…………柱、だな」

「そう、柱です! これでわかったでしょう!」


「いや、何が?」

「――本気で言ってますか?」


 その返答に、私はこれ以上ないほど目を見開いて首をかしげる彼を見た。

 この首のかしげ具合、本気でわかっていない!?


 ……おお、何たること。神よ。


 何故あなたはこの男に脳みそというものをお与えになられなかったのです。

 人を装っていますが、この男の頭の中に詰まっているのは白みそどころではありません。


 いや、そもそも大豆製品ですらない。

 詰まっているのは豆。しかもきっと大豆じゃなくて小豆かひよこ豆辺りではないのか!


「今何となく無性にムカついたんでチョップしていい?」

「ヤでやんす!」


 暴力反対! 暴力反対でげすかんね!


「はぁ、まあいいでしょう。脳みそあんこの芋ダサ冒険者を知性の光で照らし、その蒙を啓くのもまた天才暗殺者である私の役目ということでしょう。私はこしあん派ですが」

「三百回くらいチョップしていいレベルの罵倒を受けたのは理解した」


 暴力反対だ、っつってるでげしょ!

 これだから野郎は嫌いでやんす。す~ぐ力に訴えようとする!


「結局、あの飴色の木の柱が何だってのよ?」


 お?


「飴色と言いましたか、今」

「おう、言ったぜ。黒っぽく見えるけど、茶色みがかってるよな、あの柱」


「そう、それです! それなのです!」

「何じゃい!?」


「あの飴色の木の柱が醸し出す、外の木板にも通じる深み! それはこの旅館が建ってから今に至るまでの長い時間、ずっとそこにあり続けたがゆえの佇まいを演出しているのです! 風雅と呼ぶには無骨すぎる、しかしそれがための見栄え! てい! そこに醸し出される空気は、客として来る者を温かく迎え、そして包み込むことでしょう! 人は言うかもしれません。要するにそれは田舎臭いだけだ、と。しかし違うのです! これは田舎臭いのではありません。古めかしい旅館だからこその情緒! 雰囲気! それこそが旅のだいご味の一つ! そう、これを人はこう呼ぶのです! ひなびた温泉宿、と!」

「ふぇぇ、さっきの三倍は早口になってるよぅ……」


「フフフ、私レベルとなるとこの玄関口にいるだけでご飯三杯はいけますね」

「ただただ従業員さんに迷惑だからやめろ」


 全く、この趣が理解できないとは、嘆かわしい限りである。

 いやしかし、屋号こそふざけんなよ、という感じですがここは実にイイ感じだ。


 あの柱のみならず、下駄箱や奥に通じる廊下、待ち合いスペースと思しき卓と椅子。

 どこをとっても古風というか、いい意味で田舎み溢れている。


 そうそう、こういうのでいいんでげすよ。

 一見して分かる侘しさと寂しさが、宿に泊まる客の心を落ち着かせるのだ。


 この旅館に来るまでに通った橋や、湯気を立ち上がらせている湯の川。

 そしてこの地下空間のほとんどを占めている岩場も含めて、景観も実によいではないか。


「あ~、つまりは、だ……」


 と、今さらながらに何かに気づいたように、グレイ・メルタがポンと手を打つ。


「おまえアレか、やっと温泉来れたからテンション爆アゲなだけか」

「そーともゆーかな!」


 やっとわかったのですか、愚かな。

 やはり、ジンバの兄貴のような鋭い洞察力をこの男に期待するのは無駄、か。


「……先行ってンぞ」


 あ、何か一気に白け顔になって行っちゃった。

 どーしたんでげすかねー。もしかしてあの日? 男のコなのに?


 え、もしかしてグレイ・メルタって実はおにゃのこ? そんなバカな!

 あっしのリサーチによればあいつは哀しきどーてー男子のはず。それがまさか――、


「ぐぇ」


 いきなり後ろから誰かに首根っこを掴まれた。

 息苦しさに思わず声が漏れてしまう。え、え? あれ、え? 何? 誰?


「……なるほど、な」


 聞こえた声は、ゾッとするほど冷たいものだった。


「何もねェ。何もねェが、何かいやがる。こりゃあ、肉の質感だ。細い首だ。女か」


 な……、だ、誰?

 言ってる内容からすると、私のことが見えていない。でも、私の首を掴んでいる。


「お嬢ちゃん、ちょっとツラ貸してもらうぜ」


 この声には聞き覚えがある。パニ・メディの声だ!


「あ――」


 私が言葉を紡ぐ前に、パニはその小柄な体からは想像できないレベルの腕力をもって、私を引きずっていった。そして旅館の裏手に回って――、


「じゃ、お話しようじゃねぇか、知らないどっかの誰かさんよォ」


 壁ドンされたのだった。



 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



「ここァよォ、言ってみりゃダンジョンの中なのさ」


 ジッと私をにらみつけながら、パニ・メディが何やら説明を始める。


「ダンジョンの中で、ウチの相方に視えないモノなんてねェんだよ」


 左手の親指でアム・カーヴァンを示し、彼女はさらに目つきを鋭くした。


「ま、アタシにゃ聞こえてるかどうかもわかんねェんだけどな。何せ、テメェは厄介極まる透明人間様と来てやがる。……だがいるんだろ? もう逃がさねぇぞ」

「ひ……」


 彼女の突き刺すような視線に混じるモノが、私の心を委縮させる。

 殺気。

 それはとても強烈で濃厚な、殺気であった。


 ジンバの兄貴でさえ、私にこれほどの強い殺気を向けてきたことはない。

 全くの未知の感覚。襲い来る恐怖に私は心臓を鷲掴みにされて、体から熱が引いていく。


「パ、パニちゃん。あの、そ、その子、すごく怖がってるよ……」

「知るかよ」


 アム・カーヴァンが横から口を挟むも、パニ・メディはそれを一蹴。

 一体、私の何が彼女をここまで憤激させているのか。

 普通に考えれば幾らでも思い当たりそうだが、恐怖に鈍った頭では何も思いつかない。


 ただ、逃げたい。

 それだけが、私の心を占めていた。


「これから一つ質問をする。正直に答えろ」


 そう私に告げて、パニ・メディはアム・カーヴァンに目配せした。

 アムは私よりも薄いであろう怯えを顔に浮かべ、コクリと深くうなずいた。

 彼女が、私とパニの間を繋ぐ橋渡し役ということか。


「……わかりました」


 私は、半ば覚悟を決めてそう返した。

 パニ・メディが私を捕らえる理由など決まりきっている。グレイ・メルタだ。


 私が彼を狙っているコトがバレてしまったようだ。

 何という失態。こんな無様ろ晒すとは、我がことながら情けなさすぎる。

 ジンバの兄貴に合わせる顔がない。


「わかった、って」


 アム・カーヴァンが私の返事を伝えると、パニ・メディがニヤリと笑った。


「そうかい。話が早ェのはいいな。パニさんポイント+1点だ」


 何そのポイント。

 それ、緊張感アゲアゲなこの場面で言う必要あった? 空気読めてる?


「なぁ、透明人間さんよォ」


 パニ・メディが、ただでさえ近い間合いをグッと踏み込んできた。

 桃色のショートヘアのサキュバスの顔が、私の視界いっぱいに映り込んでいる。


 近い、あまりにも近い。

 そのクセ、香るのは花のように甘い匂い。まるでイメージにそぐわない。

 って、そんなところに意識が行ってる時点で、相当混乱してるっぽいぞ、私!?


 だが、恐怖と混乱に荒れ狂う私の胸中に、確かな絶望が鎮座していた。

 ああ兄貴、ジンバの兄貴。申しわけありません。

 あなたのムールゥは、任務を全うできずにここに潰えてしまうようです。


「――グレイの旦那とランのお嬢を仲違いさせたの、テメェだな」


 ……って、え?


「あ、すごいビックリしてる顔になったよ」


 アム・カーヴァンが、今の私の表情を正確に読み取って伝えた。


「驚いたフリしてんじゃねぇぞ! テメェ以外に誰がそんなことするッてんだ! ザケやがって! テメェ、自分が何したかわかってねぇのか、あァ!?」


 右手でバンバン壁を叩き、パニ・メディが声を荒げる。

 ひぇぇ、この人怖いよう……。


「あ、一気に泣きそうになったよ」

「そうか。泣け。喚け。そして毛穴という毛穴にアカつまらせて臭くなれ」


 ひどい!?

 女の子に体臭キツくなれとか、あまりにもひどすぎる!


「テメェが何をどう思おうと関係ねぇ、絶対に手伝わせっかんな」

「へ、て、手伝い……?」


 手伝いって、何の?

 という私の疑問を、アム・カーヴァンがパニ・メディに伝える。

 すると、パニは「決まってんだろうが!」と声を張り上げて、私に告げた。


「テメェにゃ、アタシらの『ドキッ! 温泉宿でバッタリ遭遇!? かーらーの、雨降って地固まる感じな、グレイの旦那とランのお嬢仲直りラブラブ大作戦!』を手伝ってもらうからな! 拒否権があると思うなよ! 絶対やってもらうかんな!」


 ……あー。


 うん、別にいいんだ。

 私としても、元々あの二人についてはどうにかしたいなって思ってたし。


 それに、私が元凶なのは間違いない。

 だから手伝えと言われたら当然手伝うに決まっている。だからそれはいい。


 ただ――、


「ネーミングセンス、壊滅的でやんすね……」


 せめてもの情けか、アム・カーヴァンはそれをパニには伝えなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます