第2部 決死必殺の天才暗殺者 編

第29話 天才暗殺者、バレる

 ――暗殺対象グレイ・メルタ観察報告書 No.07


 対象グレイ・メルタ、起床。

 本日の起床時間は午前八時三十四分。昨日と七分の差がある。

 夜中は割と早めに寝ているようなので納得の起床である。

 残念ながら私も同じくらいに床に就いているため夜中の暗殺は難しい。


 本日の朝食はパンと野菜のスープ。

 あとはおかずに昨日の夕飯の残り物である焼いた肉だった。

 焼いた肉はちょっと固いなとボヤいていたがしっかり噛んで完食していた。

 確かに少し肉は固めだったが、特に気にはならなかった。

 それにしてもこのパーティーの食堂で出る食事は美味しい。



 対象グレイ・メルタ、午前はリビングでのんびりと本を読んでいた。

 この国は識字率が高いこともあって読書を趣味とする者も多い。

 ただ、対象が読んでいる本の内容が納得いかない。


 彼は冒険譚を好んで読んでいるが、そればっかりで偏りすぎだ。

 もう少し推理系や恋愛系にも食指を伸ばしてみるべきではないだろうか。

 そう考えているうちに彼は読書を終えて出かけてしまった。


 暗殺のチャンスだったかもしれないが絶対確実とは言いがたい。

 必要以上の大胆さは身を滅ぼすだけだということを、私は知っている。

 行動に出るならば、必勝必殺の機会を待つべきだろう。

 それが、天才暗殺者たる私の判断である。



 対象グレイ・メルタ、午後は仲間と共に冒険者ギルドに向かう。

 これまでの会話を聞くに、彼らはここ数日冒険者活動を休んでいたらしい。

 今日から新たに依頼を受けようというのだろうか。

 この辺りは、事前に聞いていた『重要依頼の達成』が絡んでいるかもしれない。


 それにしても冒険者ギルドは人が多い。

 ウルラシオンは周囲に遺跡も多く、モンスターの出現率も比較的高い。

 そのため依頼は尽きることはなく冒険者の数も多い。

 さすがは東方有数の冒険都市と呼ばれるだけのことはある。


 だが対象一行は結局依頼を受けられなかったようだ。

 地団駄している対象の叫びから、今日あった最後の依頼を別の冒険者パーティーに奪われてしまったらしいことが分かる。

 午前を優雅に過ごしてしまったせいだろう。余裕ぶっこきすぎ。

 だっせー。



 対象グレイ・メルタ、夕刻は仲間と買い物をして帰宅。

 私は少し距離をあけて後ろから常に尾行し、決して彼らを見失わなかった。

 この辺り、さすがは天才暗殺者である私だというべきだろう。

 だが私は己の天才性を知りながらそれを鼻にかけることはしない。


 暗殺者とは徹底したリアリストであるべきだ。

 自分が天才だという事実を淡々と受け止め、その事実に基づいて行動する。

 私に自分自身に求めるのは、ただそれだけである。


 私がこの天才性を誇るとしたら、それは暗殺を成功させたときだけだ。

 そして暗殺を成功させるため、私は絶対確実にして必勝必殺の一瞬を狙う。

 それが、私という天才暗殺者の天才たる由縁だ。



 対象グレイ・メルタ、夜はトランプで発狂する。

 何故、神経衰弱でここまで必死の形相になれるのか。彼は単細胞生物なのか。

 ちなみに全員参加のこの神経衰弱は全部で七回行われた。

 勝ち数が最も多かったのはメイドの少女だった。四回も勝っていた。すごい。

 私は二回勝った。フフフ、さすがは天才。


 対象はその後、お風呂に入ってからくつろいで就寝。

 床に就いたのは日付変更頃。実に健康的な生活といえなくもない。

 ところでこのハウスのお風呂設備はなかなか充実している。

 よっぽどいい魔石湯沸かし器を整えているに違いない。おかげでさっぱりした。



 今日で私がこのハウスに潜入して一週間。

 こうして、日々暗殺成功に向けて牙を研ぐ私の存在に未だ誰も気づいていない。

 これもまた私という天才暗殺者の天才性ゆえであろう。

 暗殺者でありリアリストの私だが、時々自分の才能が怖くなることがある。


 今回の観察報告書はここまでとしておく。

 本日の観察結果より、私はまた一歩、対象の完全暗殺に近づくことができた。

 明日もまた同じように観察を行なうことでさらに成功率は高まるだろう。

 組織への忠誠を示すためにも、私は必ずやこの暗殺を成功させる。


 ――『白蜘蛛』より『黒蟻』へ、当報告書のギルドへの移送を願う。



 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 私の名はムールゥ・オーレ、決死必殺の天才暗殺者だ。

 今回、私に与えられた任務は冒険者グレイ・メルタの暗殺である。


 グレイはここ最近、ウルラシオンで名を上げている冒険者とのこと。

 だが哀れ、その名声こそが命取りとなってしまうとは。


 目立つがゆえに恨まれる。

 恨まれるがゆえに狙われる。


 古今東西、そこかしこに転がっている話だろう。

 特に評判がモノをいう冒険者ともなれば、それは尚更だ。


 この件の依頼人がどういう人間か、私は知らない。

 だが余計なことを知る必要など私は感じない。

 私はただ、ギルドに命じられた通りに標的を仕留めればいい。


 暗殺者とはすなわち、毒が塗られた鋭い刃。

 使い手の意志など関係なく、斬りつけた者にむごたらしい死を与えるのだ。


 とはいえ、何も思わないかといえばそんなことはない。

 グレイ・メルタに対しては、少しばかりの憐憫を感じている。


 彼も冒険者として名を上げたばかりに、私に狙われることになるとは。

 私は決死必殺の天才暗殺者。

 今まで一度たりとも標的を仕留め損なったことはない。


 丁寧に、そして確実に仕事を完遂してみせる。

 徹底したリアリストである暗殺者に求められるのは、結果だけなのだから。

 だから私は誰にも気づかれることなく絶対確実なる暗殺を――


「誰、おまえ」

「ぴ?」


 夕方近くの食堂でのことだった。

 本日の夕飯を楽しみにしながらグレイ・メルタの暗殺計画を練っていたところ、そのグレイ・メルタが食堂にやってきたのだ。

 革鎧を装備しているところを見ると、ギルドからの帰りらしいのだが。


「え、何でウチに知らないヤツがいるの?」


 知らないヤツとは一体。

 まさか、このハウスに私が認識できていない存在がいるとでも?


「何でそっちが不思議そうな顔してんの?」


 グレイ・メルタはこっちを睨んでいた。

 そんな、その知らないヤツというのは私の後ろに立っているというのか!?

 このムールゥ・オーレが、背後を取られたと!!?


 と、思って後ろを見てみたが、そこには誰もいなかった。

 あっれー?


「その知らないヤツってどんなヤツですか」


 念のため、私はグレイ・メルタに尋ねてみた。


「まず金髪のロングで」


 ふむふむ。まず金髪のロングで。

 そういえば私も金髪のロングだな。


「フリフリのエプロンドレス着てて」


 ふむふむ。フリフリのエプロンドレス着てて。

 そういえば私もフリフリのエプロンドレス着ているな。


「頭にデカイ赤いリボンつけてる」


 ふむふむ。頭にデカイ赤いリボンつけてる。

 そういえば私も頭にデカイ赤いリボンつけてるな。


「俺の視線の先にいる女」


 ふむふむ。グレイ・メルタの視線の先にいる女。

 そういえばさっきからグレイ・メルタはずっと私の方を見ているな。


「…………」


 ――私じゃん。


「ぴー!? 何であっしのことが見えてるでやんすかぁぁぁぁぁ!!?」

「あっして」


 え? え? え? え?

 見えてるでげすか?

 このにーちゃん、あっしのこと見えてるでげす?


「で、おまえ誰よ? ウチの食堂に堂々と陣取っちゃって」

「いや、いやいや! 待っておくんなまし!」

「あ?」

「もしかしたらワンチャン、あっし以外のことかもしれねぇでやんす!」

「ねーよ。完全無欠におまえのことだよ!」

「ホントでげすか? ホントにそう断言できるんでやんすか? もしかしたらあっし以外にも今この食堂に金髪ロングのフリフリエプロンドレスを着た、頭に赤いリボンをつけた暗殺者がいるかもしれねぇでやんしょ!」

「いてたまるかそんなピンポイント不審人物! って暗殺者ァ!!?」


 ああ、しまった!

 ついつい口が滑っちまったでやんす!


「チィ! こうなったら絶対確実な機会を待つのはやめでげす!」

「おまえ――!」


 グレイ・メルタが驚いたその隙に、私はその場を飛びのいて距離を取った。

 太ももにくくりつけていたダガーを抜き放ち、私はグレイと相対する。


「フッフッフ、冒険者グレイ・メルタ。お命頂戴いたします!」

「おまえ、アサシンか!」

「いかにも。任務達成率100%を誇る最強にして伝説の暗殺者、ウルラシオンの白き蜘蛛とはすなわちこの私のこと。畏れるがよいでしょう!」

「ウルラシオンの白き蜘蛛……!」


 グレイの目が大きく見開かれた。

 どうやら私の異名に心底から度肝を抜かれたらしい。フフフ――


「いや、聞いたことねーわ。え、そんなの伝説になってんの、この街」

「何ということです! これから伝説になる私を知らないとは!」

「つまり今はなってねーってことじゃね?」

「絶賛広報活動中です!」

「暗殺者が広報宣伝に精を出すのはどうなん?」

「そんな正論は聞きたくねーでやんす!」


 だって返す言葉がないでやんしょ!

 会話は言葉のキャッチボールって知らないんでげすか、この男は!


「とにかく任務達成率100%のあっしによっておたくの命は風前イズ灯火!」

「ちなみに今までこなしてきた暗殺の数は?」

「ゼロ!」

「任務未達成率100%じゃねーか!」

「これが初任務だから任務遂行中=任務達成率バク上げ中でやんす!」

「任務達成率100%(見込み)ですらねぇわ、そんなの!」

「ぴー!」


 何でやんすか! この人、何でやんすか!

 あっしがこんなに必死にやってるのに、もー! もー! ぴー!


「おーい、グレーイ! グレイ、いるかー!」


 と、そのときだった。

 玄関の方から聞こえてきたのは、ハウスにいないはずのラン・ドラグの声。

 やっば! 出先から戻ってきちまったでやんす!?


「チッ、ここは一旦退くでやんす!」

「おいこら、待てやおまえ!」

「おまえじゃねーでやんすよ! あっしはウルラシオンの白き蜘蛛でげす!」

「本名は?」

「ムールゥ・オーレですけど?」

「…………」

「…………」

「暗殺者が本名名乗っちゃうんだぁ……」

「そこで心配そうな顔するなら最初っから言うなでやんす――――ッッ!」


 もーやだ! もー帰る!

 ムールゥ、おうち帰るでやんすー!


「うわ――ん!」

「あ、コラ! 待てって!」


 イヤだいイヤだい!

 待てって言われても待ってあげないでやんす!


 ぴー!

 ジンバの兄貴に言いつけてやるでやんすからぁぁぁぁぁぁ!


「ラ――ン! そっちに行った女捕まえてくれェェェェ!」


 食堂の方からグレイが大声を出す。

 通路を逃げる私の見る先には、歩いてくるラン・ドラグの姿があった。

 だが、彼女は「え?」と驚くばかりで私には一切気づかない。


「へへーん! そう簡単にゃ捕まってやんねーでやんす!」


 私はキョロキョロ周りを見始めたラン・ドラグの横を通り過ぎ、逃げる。


「オイ、ラン! おまえ何素通ししてんだよ!」

「え? だってグレイ、どこにそんな女がいるって? 何もいなかったぞ」

「はぁ~……? 何ぞそれ」


 フフフ、不思議がっているな。

 だが当然だ。私の姿を捉えることなど誰にもできはしない。


 私は無影にして無音、透明にして空白。

 誰も私の存在に気づくことはできず、誰も私の姿を見ることはできない。


 その! はず! なのに!

 どーしてグレイ・メルタは気づいたんでやんすか!

 もー! ムッカつく! マジムカ! 激マジムカでやんす! ぴー!


 はーい、とにかく逃亡成功。

 グレイ・メルタ以外はやっぱり私は見えていないようで、逃げ切れたか。


 ここはハウスの裏手。洗濯物などを干す場所だ。

 一旦外に逃げたと見せかけて、グルっとハウスを回って裏庭へ。


 天才暗殺者である私が手柄もなしにギルドに戻るなどありえない。

 それに、今はこのハウスの屋根裏が私のおうちなのだ。


 しかしながら今すぐにハウスの中に戻るのはさすがに危険だろう。

 私は息を殺しながら、壁に耳を当てて中の様子を伺った。


「え~、暗殺者ァ?」

「いや、マジでそう名乗ったんだって! マジで!」


 ちょうど食堂に近い場所だったらしく、グレイとランの声がばっちり聞こえた。

 グレイの説明をランが信じていない、という感じか。


「グレイ、おまえ何か恨みでも買ったのか?」

「無いと思うけどなぁ、グレイさんは品行方正な冒険者ですよ?」

「…………」

「何ですかね相棒、その冷めかけたスープみたいな生ぬるさ極まるまなざしは」

「いや、ツケ払えなくて宿追い出される冒険者が品行方正って……」

「そんな正論は聞きとうない!」


 フ、何も言い返せないからとブチギレるとは、何たる青さ。

 私にはそんな己の無知を晒すようなマネ、到底できないというのにな。


 しかし、これからどうしようか。私は考える。

 グレイ・メルタに私の存在を知られた以上、彼は警戒を強めるだろう。

 私の力が通じなかった、というのも非常に由々しい問題だ。


 しかし天才暗殺者として、私は必ずやグレイを仕留めなければならない。

 それを達成するに私はこれからどう動くべきか。

 何か、私にとってチャンスとなる状況の変化でも起きれば――


「あ、ところでグレイ! グレイ! 聞いてよ!」

「何だよ、何をそんなに興奮してらっしゃるのよ?」


 ん?

 話題がいきなり変わった。

 ラン・ドラグがいきなり声を張り上げた。何だろうか。


「なぁグレイ!」

「はい」

「温泉、行こうよ!」


 ――――温泉とな?

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