枝葉末節2 “鋼壁”、過去を振り返る:後

 王都にほど近い村のギルドで、俺はラン・ドラグと出会った。

 その女を初めて見たときに抱いたのは、


「あなたがザレックさんですね!」

「だったら、何だ?」


 『特にどうということもない女』という印象だった。


 当時、俺はAランクになって半年、“鋼壁”の名で呼ばれ始めていた時期だ。


 冒険王が治める冒険者の街、王都ラウダトラム。

 そこで冒険者をしていた俺は国からの依頼でその村を訪れていた。


「わぁ、本当にAランク、“鋼壁”のザレックさんなんだ……」

「だから、それがどうしたというんだ」


 ギルドで俺の前にやってきたその女は、見るからに初心者だった。

 武器も防具も真新しく、体に目立つ傷の一つもない。

 冒険者になりたてであることはすぐに分かった。


「いえ、あの、Aランクの人に会えて、感激しちゃって……」

「やめろ。俺は芸人ではない。そういうミーハーはあまり好きではない」

「あ、う、ご、ごめんなさい」


 ラン・ドラグ。

 であった当時はEランクだったその女は、俺と同じ依頼を受けていた。

 最初に聞いたときは耳を疑ったがな。


「これは国からの依頼だぞ。Eランク如きが、よく受注できたものだ」

「その、本来のメンバーに欠員が出たそうで……」


 選抜パーティー制度というものがある。

 通常のパーティーのように見知った顔ぶれが組むのではなく、依頼の内容や難易度に合わせて依頼人側がメンバーを選定し、一時的に組まれるものだ。

 今回、発見された新ダンジョンの探索依頼にもそれが適用されていた。


「フン、出発は明日。緊急時の補欠メンバーということか」

「そうなります。ラン・ドラグです。よろしくおねがいします」

「……俺は、わざわざ紹介する必要はないな」


 差し出された手を俺は握り返した。

 そのとき初めて、俺はランという女から小さな印象を得た。

 こいつ、女だてらになかなか力が強いな、とな。


 EランクとAランクが組むことなど、あまりあることではない。

 しかし、依頼人側が選抜したというのでれば、この女には選ばれるだけの何かがあるのだろう。

 俺はそう考えた。


 当時、俺は自分のことを選ばれた者だと思っていた。

 Aランクになるまで紆余曲折はあったが大きな挫折に遭うこともなく、失敗もあったが心がへし折れたことなど一度もない、順調な冒険者生活だった。


 自分の加護が王位級だった、というのもそう思っていた大きな要因だろう。

 俺が得た“鋼血王ビスマーク”の加護なども、重戦士が得られる加護の中でも特に優れたものの一つだ。


 冒険者にとって、加護は己を示すものの一つ。

 当時の俺は特にその考えを強く持っていた。


「ランと言ったな。おまえが得た加護はどのようなものだ」

「え? あ、あー……、それは……」


 Eランクでありながら選抜パーティーに抜擢される女戦士。

 その加護に俺が興味を持つのは必然だった。

 しかし、ランは目線を泳がせて半笑いになるばかりで、答えなかった。


「えっと、さすがに“鋼壁”さんにお伝えするような立派ものじゃ……」

「何だそれは。……それに、俺の名はザレックだ、そう呼べ」

「は、はい! ごめんなさい!」


 俺の一言で体をガチガチに強張らせてしまう辺り、やはりEランクか。

 加護も大したことはなさそうだ。

 選抜されたのは、本人の資質によるものか。とはいえど補欠だが。


 彼女が見せた反応から、俺は早々にランへの興味を失った。

 今思えば、それ自体がとんだ思い上がりでしかなかったワケだがな。


 翌日、村のギルドに選抜パーティーメンバー六名が揃った。

 ラン以外はいずれも顔見知り。最低でもBランクの、手練ればかりだ。


「何だ、Eランクが混じっているだと?」


 言い出したのは、俺の顔馴染みのBランクシーフだった。

 彼だけではない。その場にいる他三名、全員がランに疑問の目を向けていた。


「どんな手を使ってこのパーティーに入ったんだ、ん~?」

「あ、あの……?」


 四人から好奇と侮りが混じった視線を注がれて、ランは困惑していた。

 特に男共は、ランの胸にばかり視線が行っていたな。


「何だよおまえ、もしかして依頼人と寝たのか」

「寝ッ……!!?」


 シーフに言われて、ランの顔は真っ赤になっていたな。

 ウブな反応に見えて言葉の意味を理解しているところを見ると、ただウブというだけではなさそうだったが――

 ああ、今はどうでもいい話だな。これは。


 とにかく、俺以外の連中はランを露骨に侮っていた。

 当然といえば当然、全員が実績を重ねてきたBランクなのだ。


 国からの依頼は一定の“格”を持った冒険者でなければ受けることができない。

 そこに補欠といえどもEランクが加わるなど、面白いワケがないからな。


 だが、依頼人の決定に逆らえるかといえば、それも無理だ。

 特に今回の依頼は、国から直接もたらされたもの。

 下手に歯向かえばどうなるかは目に見えていた。報酬はよかったがな。


「なぁ、どんな裏技でこの依頼を受けたんだ、教えろよ、なぁ」

「裏技なんて使ってませんよ、僕は!」


 ニタニタしながら揶揄するシーフと、困り顔でかぶりを振るラン。

 俺は、そのどちらの味方に付くこともしなかった。


 Bランク連中の気分を察することはできる。

 だが、連中が垣間見せるくだらんエリート意識が気に食わなかった。


 寄る辺もなく、己の名と腕のみで世を渡る無頼者こと冒険者だ。

 成功したときに得られる自信は、他の職業よりも大きいものだろう。


 だからこそ慢心する。

 だからこそ勘違いをする。


 成功した冒険者は自分こそ特別だという万能感を持ってしまうのだ。

 そんなものは、幻でしかないというのにな。



 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



「そいつぁ、おかしいことなんですか?」


 俺の予想通り、ウォーレンが噛みついてきた。


 こいつもまたあのときのシーフと同じだ。

 自分が特別だという勘違いを、まだその胸に抱え込んでいる。


 これは一種の職業病のようなものかもしれない。

 なまじ自分の力のみで這い上がれたからこそ、その成功は冒険者を歪める。


 果たして、二年前の俺は今のウォーレンを見てどう思うだろうか。

 あの頃、ラン・ドラグの真価を知らずにいた、同じ歪みを抱えていた俺は。


「――何か言いたいならば、話を聞き終えてからにしろ」


 その一言でウォーレンを黙らせて、俺は話を再開した。



 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 国から受けた依頼は、ダンジョンを一週間かけて調査するというものだった。

 見つかったダンジョンは古代の重要施設である可能性があるらしい。


「一週間か、まあいいだろう。経費も国が持ってくれる。楽な仕事だ」


 そして探索は始まった。

 事前に話は聞いていたが、ダンジョンはかなり広大だった。


 今回はあくまでも先行探索。

 ダンジョンの本格調査の前に安全なルートを確保することが目的だ。


 この探索ののち、国から本調査を行う調査隊が派遣されるだろう。

 だから、俺達の役割はその前の露払いと簡易の内部地図作成を行なうことだ。


「でやァァァァァ!」


 裂帛の気合と共に、くり出された一撃がモンスターの頭を割る。

 血と肉片を散らしながら、モンスターは倒れ、そのまま動かなくなった。


「ヒュウ、やるぅ♪」


 ランの戦いぶりを見ていたシーフが口笛を吹く。

 俺は何も言わなかったが、そのシーフと同様の感想を抱いていた。

 この女、Eランクとは思えない強さだ。


 態度や物腰こそ素人に毛が生えた程度だが、戦いとなれば空気が変わる。

 どこで習ったのか、剣を扱う姿も随分とサマになっていた。


 もしかしたら、単純な強さならば選抜パーティー中随一かもしれない。

 たかがEランクと思っていたこちらが間違っていたようだ。


「やるじゃんか、ランちゃんよぉ!」

「え、あ、はい。ありがとうございます……」


 馴れ馴れしくも肩を抱いてくるシーフに、ランはまた困った顔をした。


 冒険者というものは傲慢であり、そして現金だ。

 自分が特別であるという自覚を持つのと同じく、身勝手な仲間意識も強い。

 一度相手を認めれば、相手の反応に関係なく距離を詰めようとする。


 今、シーフがランに対してそうしているようにだ。

 まぁ、あのシーフが単純に女好きで面の皮が分厚い、というのもあるが。


「やめておけ。困らせてどうする」

「チッ、わぁったよ」


 ランが何も言えずにいるので、俺は助け船を出すことにした。

 シーフは一瞬不満そうな顔を見せたが、すぐにランから離れた。それでいい。


 相手も、Aランクの俺が相手となれば強くは出られまい。

 冒険者界隈は競争社会であると同時にランクがモノをいう序列社会でもある。


「あの、ザレックさん、ありがとうございます!」

「気にするな。おまえはおまえの務めを果たせばいい」

「は、はい!」


 ランが嬉しそうに頭を下げてくるが、俺にとて打算がないワケではない。

 あの女は磨けば光る。確実にBランクを超える器になりうる。

 俺はそう見込んでいた。


 これまで、俺は他パーティーに雇われたりしながら冒険者稼業を続けてきた。

 決まったメンバーでパーティーを組まなかったのには理由がある。

 俺と並びうるほどの逸材を見たことがなかったのだ。


 まず、王位級の加護を授かる者が極端に少ない。

 そして高位の加護を宿す者も大半はやがて安定志向に走ろうとする。


 冒険者は言うまでもなく危険な職業だ。

 だからある程度成功したらさっさと足を洗って別の道を模索する。

 そんな連中がかなりの割合を占めていた。


 だがラン・ドラグは“英雄位”を目指しているという。

 ならば将来的にはAランクに達するであろうこの女と組むのもありだろう。

 そう思った俺は、今のうちから恩を売っておくことにしたのだ。


 探索が始まって一週間、俺は意識してランの近くにいた。

 そして何かあるごとにこいつに力を貸して、俺という人間をアピールした。


「ザレックさんにはお世話になりっぱなしで、何て言っていいのか!」


 一週間が経過して、ランが言ってきた言葉がこれだ。

 俺が見事に、こいつの恩人となることに成功したようだった。


 もう他のBランク連中はランにコナをかけようとはしない。

 道中、常に俺が目を光らせているからだ。


 くだらんな。

 この程度で屈するから、おまえ達はBランクから上がれんのだ。

 Aランクにまで上り詰められるのは、やはり他とは違う者だけなのだな。

 そのときの俺は、そんなことも考えていた。

 そして探索最終日。

 最下層を目されている広大な地下空間の探索が始まった。

 その空間に俺達が足を踏み入れた直後、シーフが顔色を変えた。


「やべぇ、こいつは罠だ!」


 そこに入ってすぐ、降りてきた階段へと続く通路が壁で塞がれた。

 そして空気の質が変わり、今度は他のBランクが悲鳴をあげた。


「何でだ、どうして生還符が使えないんだよ!」


 手には握り潰された生還符。

 どうやら、魔力の働きを阻害する結界が張られたらしかった。

 俺達の間に動揺が広がる中、今度は地面が揺れた。


 天井が淡い光を放ち、大きな円形の地下空間が露わになる。

 そこにいたものに、さしもの俺も息を飲んだ。


「――ミスリルドラゴン、だと」


 青みがかった銀色をした、巨大なドラゴン型ゴーレム。

 滅びた古代文明が作り上げた強力無比な人工モンスターだった。


 その強化ミスリル銀製の表面装甲は物理攻撃に対して絶対的な防御力を誇り、さらには内包した防御魔法式によって魔法耐性もすこぶる高い。

 攻撃性能も非常に強く、広域攻撃魔法すら駆使してくる。


 冒険者にとってミスリルドラゴンの名は死の代名詞であった。

 しかもあろうことか、それが五体いた。


「ミ、ミスリルドラゴンが……、五体……!?」


 わざわざご丁寧に、シーフがそれを繰り返した。

 おかげで、パーティーを襲う動揺がますます強まってしまった。


 俺も表向きは平静を装っていたが、その実、内心は諦めかけていた。

 ミスリルドラゴンは一体だけでもAランクパーティー複数でかかる必要がある。

 それが五体。そしてこちらにAランクは俺一人。


 全滅は約束されたようなものだった。

 俺は蘇生資格こそ取得していたが、重要なのはそこではない。


 国から受けた依頼を果たせずに全滅する。

 この結果こそが、のちのちに多大な悪影響を及ぼすことになる。

 俺は二度と、国からの依頼を受けられなくなるだろう。


 あのときああしていれば、ここでこうしていれば。

 そんな想像は無意味だ。冒険者稼業にはifもたらればもない。


 結果こそが全て。

 自力で掴み取った実績だけが未来を約束してくれるのだ。


「……まだだ! 脱出をあきらめるな!」


 ゆえに、俺はシーフと他のBランクに向かって叫んだ。

 相手は強大。なれど俺は重戦士だ。逃げることだけはしてなるものか。


 それに、わざわざこんなものと戦う必要はない。

 ミスリルドラゴンも含めて、探索で得た情報を地上に持って帰れば勝ちだ。


「ここは俺がもたせる。その隙に上階に戻る手段を探せ!」

「そ、そんなこと言ったってよぉ……!」


 だがシーフは情けない声で泣いた。

 すっかり心が折れていた。こいつ、Bランクだというのに!


 他を見ても同じだった。

 誰もが完全に諦めてしまっている。おまえ達、何なんだその顔は。


「そんなだからおまえ達はBランクどまりなのだ!」

「う、うるせぇ……! じゃああんたは勝てるのかよ、あれに!」


 シーフが俺に当たり散らしながら、迫る五体の魔法兵器を指さした。

 俺だって勝てるはずがない。

 いや、そもそも戦うという選択自体が間違っている相手だ。


「ヘ、ヘヘ……! さすがの“鋼壁”もあんなの相手じゃ形無しだろ!」

「貴様……!」


 汗まみれになって笑うシーフの顔は、どこまでも醜かった。

 これがBランクなのかという失望が俺の中に湧き上がってくる。


「……ザレックさん」


 ランが俺を呼んだ。

 さすがにこの女も絶望したか、静かな声音だった。

 しかし俺も余裕がない。激励など送るのは無理だぞと言おうとして、


「ちょっと、下がっててください」


 逆にそう言われた。


「ラン、何をするつもりだ」


 ランは俺達の前に立ち、そして剣を抜き放っていた。

 まるで、これから魔法兵器の群れに戦いを挑もうとしているかのように。


 逃れられない死を前に華々しく散ろうとでもいうのか。

 もしそうであれば、俺はわざわざこいつを止めようとは思わない。


 そんな愚劣な感傷に付き合うつもりは毛頭ないからだ。

 勿体ないとは思うが、そういうヤツは遅かれ早かれ結果的に死ぬ。

 とてもではないが付き合っていられない。


「ちょっと、行ってきます」

「脱出を試しもせずに自殺か。それならば――」


 だが、ラン・ドラグは違っていた。


「いえ、そうじゃなくて」

「だったら何だと……」

「ちょっと、本気出してきます」

「え?」


 耳を疑った俺をその場に置いたままランはその場を駆け出して――



 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



「そして俺達は地上に戻った。――以上だ」

「……は?」


 話を終えた俺に、ウォーレンは間抜けなツラを見せた。

 他の連中も同じで、「それで終わり?」といった感じの顔をしている。


「え、地上に戻った、って……、え? ミスリルドラゴンは?」

「勝ったんだよ」

「……えっと」

「だから、勝ったんだ。ラン一人で、ミスリルドラゴン五体にな」

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!?」


 ウォーレンが悲鳴と共に飛びあがった。

 こいつもBランクならば、ミスリルドラゴンの脅威は知っているだろう。


 Eランク一人がミスリルドラゴン五体を駆逐する。

 それがどれだけ異常か、理解できるはずだ。


 あの探索の結末は簡単だった。

 ランが暴れている最中に階段を閉ざしていた壁が崩れ、俺達は命からがら上階へと戻って生還符を使ったのだ。

 その後、何食わぬ顔でランが戻ってきたときは、生きた心地がしなかった。


「…………ハ、ハハ、そんなザレックさん。そんなフカシ」

「俺がおまえに嘘をつく理由があるならば挙げてみろ。全て否定してやる」


 信じ切れず、ウォーレンはぎこちない笑みを浮かべた。

 俺はそっけなく言い返し、肩をすくめる。


「おまえ達の期待を全て裏切るが、一切脚色なしの事実だ」

「え、いや、いや……、いやいや、そんな……」


 ウォーレンは何度もかぶりを振り続けた。

 それは二年前にあのシーフ達が見せたものと同じ反応だった。


 人は自分の理解を超えたものに出会ったとき、否定するか目をそらす。

 俺も同じだった。

 俺は、あのとき一度自分の価値観を粉砕された。


 俺は選ばれた者でも何でもなかった。

 自分がくだらないと思っていたBランク達と同じく、過剰な万能感と歪んだ自信から目を曇らせていたそこら辺にいる冒険者の一人でしかなかった。

 それを思い知らされたのだ。


 本当の選ばれた者に、俺如きの矮小な価値観は通用しない。

 そして、本当に選ばれた者とはできる限り関わるべきではない。


 あれは人の形をした災害だ。

 意思疎通ができる具現化した暴力だ。会話はできても理解はできない。


 俺はあの女に関わるべきではなかった。

 今は心の底から、そう思っている。


「で、でもですね……」


 しかし、ウォーレンは食い下がってきた。


 存外こいつもしつこい。

 この辺りは腐ってもBランク。歪みはあっても根性はそれなりか。

 俺はトドメを刺すことにした。


「あのラン・ドラグだがな――」

「ま、まだ何かあるんですか……!?」

「ああ」


 俺はうなずいて、言ってやった。


「あいつが“三都のダンジョンクラッシャー”だ」

「「「ひぇっ」」」


 ウォーレン達の反応はこれまでになく大きかった。

 何だ、こっちを先に話していればよかったか。


「分かるな。おまえ達が相手にしようとしているのは、ダンジョンを叩き潰すような女だ。それでもコトを構えるというのならば」

「あ、あー! ヤッベー! 俺ちょっと用事ありましたわー!」


 俺が言いかけると、ウォーレンは椅子から立ち上がってそんなことを言った。

 そして「失礼します!」と頭を下げて工房を出ていく。


「おい、ウォーレン!」

「待ってくれよ! おーい!」


 取り巻き達もそれに続いて走り去り、工房は再び俺だけになった。

 騒々しい連中だ。途端に静かになったじゃないか。


「やれやれだ」


 俺は小さく息を吐いて、防具の整備に戻ることにする。

 机の上に置いていた鎚を手に取り、盾の表面を軽く叩き始めた。


 俺は選ばれた者ではなかった。

 だが、冒険者であることを選んだのは他の誰でもないこの俺だ。


 あのラン・ドラグと組んでいる回避盾男。

 もしかしたら、あれもランと同じレベルの化物なのかもしれない。


 しかし、それでも俺は自分のスタンスを変えるつもりはない。

 そこだけは、それだけは、何があっても曲げてはならない。


 ――俺は重戦士、“鋼壁”のザレックなのだから。


 地下工房に、俺が盾を叩く音が響いていた。

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