第23話 天才重戦士、再会する

 僕はヴァイス、Aランク冒険者だ。

 ウルラシオン最強のパーティー『エインフェル』のリーダーをしている。


 ここはウルラシオンダンジョン、地下六十九階。

 僕はついに戻ってきた。この純白の荒野、“無辜なる砂漠”へと。


 歩みを進めれば、白い砂がサクサクと小気味のいい音を立てる。

 これまで何度も耳にして、そろそろ慣れ親しみつつある音だった。


 オアシスで水の補給は終わっている。

 少し先を見れば、“大地の深淵”へと続く光柱のゲートが見えた。

 虹色の光は、この純白の荒野ではかなり目立つ。それ自体が目印だ。


 今、リオラは光柱の根元にいる。

 ゲートの転移先を再設定しているところだ。


 いよいよ。

 そう、いよいよなんだ。


 三度の失敗を経て、これがおそらく最後の挑戦になるだろう。

 ここに来るまで、僕は僕が積み上げてきた全てを投げだしてきた。

 その末に、今、この“無辜なる砂漠”に僕はいる。


 最初の失敗から今日まで、長く、辛く、苦しい日々だった。

 思えば、ここまでの挫折と辛酸は生まれて初めてのことかもしれない。


 だが、最後に笑うのは僕だ。

 このヴァイスこそが、『エインフェル』こそが、栄光を掴むのだ。


 思いながら僕は身をかがませて、景色を作る白い砂を軽くすくった。

 砂は、よく見れば真っ白ではない。半透明の乳白色だ。


 透き通っている。

 だが同時に濁ってもいる。どちらでもあり、どちらでもない。


 これは、この砂は、冒険者になる前の僕だ。

 地方の農村でただの農民として生まれついた、誰でもない村人の僕だ。


 透き通って輝くこともできず、濁って染まり切ることもできず。

 どちらでもない、半端で、愚かで、何も見えていなかった僕。


 だがあの日、故郷は失われた。

 モンスターの群れに襲われて村は壊滅し、家族は全て死に絶えた。

 僕が生き残ったのは、それが運命だったからだ。


 あの日、あのとき、焼け落ちる村で僕は悟った。

 これはすべて、起こるべくして起こった出来事だったのだと。

 僕はこのときに目覚める運命にあったんだ、と。


 父が死んだのも、母が死んだのも、弟が死んだのも、妹が死んだのも。

 全て、全て、必要な犠牲だった。

 僕に冒険者という道に歩かせるための、神の采配だったのだ、と。


 手を広げれば、掴んでいた砂がさらさらと零れ落ちていった。

 さようなら、愚かで子供だった僕。もう二度と、ここに戻ることはない。


 僕は“大地の深淵”へ行く。

 そして今度こそ、今度という今度こそ、“英雄位”へとたどり着く。

 そうだ。それができれば、誰も文句は言えないはずだ。


 何が実績だ。

 実力さえあればそんなものはあとからついてくる。


 何が実像だ。

 実力さえあれば人はつき従ってくるに決まっているだろうに。


 何が、何が“三実”だ。

 結局重要なのは実力。その当人が持つ力そのものじゃないか。

 だったら僕だ。だったら僕こそが“英雄位”に最も近いに決まっている。


 僕は最強だ。

 僕の才能は最高だ。

 僕の『エインフェル』こそが、歴史に名を刻むに相応しいんだ。


「リオラ」


 僕は彼女の名を呼んだ。

 僕以外の、今や唯一となった『エインフェル』の彼女を。


 無能なザレックはここにはいない。

 無用なクゥナももうここにはいない。


 いるのは僕と彼女だけ。十分だ。ああ、十分だ。

 不要なものを切り捨てて洗練された今の姿こそが真の『エインフェル』だ。


「リオラ、そろそろ解析は終わりそうかな」

「――ヴァイス」


 僕がもう一度呼ぶと、彼女はこちらを振り返ってうなずいた。

 いいぞ。いい。それでいい。君は最高だ。

 僕の実力を知り、僕の実績を助け、僕の実像にかしずく君は最高の臣だよ。


「行こうか、リオラ。僕と君で“大地の深淵”を制覇するんだ」

「ヴァイス。そうですね」


 僕は彼女の手を握る。

 やわらかくも少し冷たい手。僕はこの手に、ぬくもりなど求めない。

 必要なのは僕の手を握り返す、心から僕を求める手だ。


「今こそ、僕達が“英雄位”になるときだ。あのゲートを通って……!」


 そうして僕は、蒼へと変じた光柱を見ようとして、


「…………何?」


 そこにある景色に、絶句した。


「ゲートの色が……!?」


 蒼。

 蒼でなければならないはずだ。

 “大地の深淵”へと続く、唯一の入り口であるあの光柱の色は。


 だが何故だ。

 どうしてそんな色になっている?


 解析は終わったはずじゃないのか。

 何故だ、何故、何故――


「何故、黒い光になっているんだッッ!!?」


 純白の砂漠を切り裂くように、黒い光――いや、闇は天へと昇っていた。


 それはいわば闇柱。

 何という禍々しさか。一目見ただけで、心が凍えそうになる。


「どういうことだ、リオラ! 再設定に失敗したのか!?」


 そんな馬鹿なことがあるか!


 確かにクゥナはいない。だから多少時間がかかっても仕方がない。

 だが、だがリオラだぞ?

 僕が唯一認めた『エインフェル』の彼女だぞ?


 失敗なんてするものか。

 彼女が、ゲートの解析程度をこなせないはずがない。


 僕が驚きから脱せずにいるそのとき、リオラが手を強く握り返してきた。

 何をしている。今はそんなことをしている場合か!


「ヴァイス」

「おい、リオラ。何をしている。放せ。いつまで僕の手を握っている!」


 どんどんと、どんどんとリオラの握力が強くなっていく。

 魔術師である彼女の手が、僕の手を強く軋ませようとする。何だこれは。


「さぁ、ヴァイス」


 リオラが僕の名を呼んで、そしてほのかに微笑んだ。

 違う。いつもの彼女の笑みじゃない。

 リオラの笑顔は、こんなにいびつじゃない!


 闇柱が太さを増した。

 僕は全身を総毛立たせる。何かが来る。とても怖いものが来る。


「ああ、ああああああ――!?」


 僕は絶叫した。

 それは悲鳴だった。理性は消し飛び、剥き出しになった本能がまた叫んだ。


 やめろ、放せ。この手を放せ。放してくれ。

 僕は逃げるんだ。ここにいちゃいけない。ここにいたらダメなんだ!


 もういい! もういいから!

 もう“英雄位”なんかになれなくてもいい、いいから、だから!

 だから僕をここから逃がしてくれ!


「ヴァイス、行きましょう。あなたが必要なのです」

「ああああああああ! うあああああああああああああああああ!」


 もがいた。

 もがいた。

 もがいた。


 レベル52の僕が。

 前衛職で、戦士で、肉体を鍛え上げた僕が、一心不乱にもがいた。


 けれどもビクともしない。

 リオラの手を振り切ることができず、彼女から逃れられない。


 何でだ。何で、何で何で何で!?

 ああ、来る。来てしまう。来る。来る。いけないものが来る――!


 闇が爆ぜた。



 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 はいどーもー! 天才重戦士のグレイ・メルタ君でっす!


 いやー、ついに来ちゃいましたよ、“無辜なる砂漠”!

 見てくださいよ、この一面真っ白な景色。うわー、白い。ちょー白い!


「わー! わーわーわー! ダーイブ!」


 何と、ランさんもあんなアゲアゲになって砂山に飛び込みましたよ。

 ヒャッハー! 俺様もあとに続いちゃうぜ、ダーイブ!


 ザシャア。


「ペッペッ! 口に砂が入った!」

「うあ~ん、口の中がジャリジャリするぅ~」


 俺とランは一緒になってこの“無辜なる砂漠”ではしゃぎ回った。

 それを、アムとパニがやや遠くから眺めている。


「楽しいかい、あんたら」

「「ちょー楽しー!」」

「あ、た、楽しいんだぁ……」

「「うん!」」


 だってだって、ここ“無辜なる砂漠”よ?

 もうあとひとつ下がったら“大地の深淵”なのよ?


 Sランクダンジョン間近!

 Sランクダンジョン間近ですッッ!


「話には聞いてたけど本当に真っ白だなー! すごいなー!」

「オイオイ、ここは初めてかよ、ランってば」

「何だよ、悪いかよ!」

「だったら俺が案内してやろうか? ここに来たことのある俺がさ~」

「うわー、ムカつくー! こいつムカつくよー!」

「アーッシャッシャッシャッシャ!」

「テンション上がりっぱなしだな、あんたら」


 パニの冷静な一言が突き刺さったような気がするがそうでもなかったぜ!


「いや、仕方がないんだって。これは仕方がないんだって」

「何がよ?」

「ほら、ここはもう“大地の深淵”直前じゃん?」

「おう」

「だからテンション上がるじゃん?」

「えっ」

「えっ」


 あれ、パニの反応がおかしいぞう?


「冒険者だったら上がらない? Sランクダンジョン間近だよ?」

「ああ、そーゆーことか」


 何やら納得したように、パニはしきりにうなずき出した。


「そういやぁ、旦那もランのお嬢も“英雄位”目指してたもんな」

「おうとも! だから何かもう、ヤバイ!」

「言語野が単細胞化するレベルでヤバイってのは分かったぜ」


 何かパニから難しい言葉で罵倒された気がする。

 だが許す! 今の俺は心がとても広くなっているからな!


 それに彼女の言う通りでもある。

 俺やランのように“英雄位”を目指している冒険者にとって、Sランクダンジョンとはいつか挑むことになる最後の難関であり、そして同時に“英雄位”という目標に直結する憧れの道でもあるのだ。


 そらテンション上がるよ!

 例え、今回はSランクダンジョンの攻略はできないとしてもさ!


 ここに来れたこと、それ自体が大きな経験となる。

 俺達のような冒険者にとっては、どんな経験も糧だ。無駄にはならない。


 もちろん、俺達がここまで来た理由は忘れてない。

 それは当然のことだ。

 だが同時に、俺は俺の目標も忘れてない。というだけの話。


 そう、だから――チュドーン!


「あ?」


 何か、今すっごい派手な爆発音しなかった?


「何だ今の音は! そう遠くじゃないぞ!」


 ランが音のした方を見ている。

 距離まで分かるのかよ。こいつ、五感もめっちゃ鋭いでやんの。


 しかし、今の音は一体?

 ここは“無辜なる砂漠”だ。モンスターなんていないはず。


「……うぅ、き、来ちゃってますぅ」


 一目見て分かるくらいに身を震わせて、アムがうつむきながら言った。

 彼女の言葉が示すもの。考えられるものは、一つしかなかった。


「タイミングよすぎだろう……!」


 上がりまくってたテンションは今の爆音で消し飛んだ。

 もう少しくらいこの楽しさを満喫したかったが、しょうがねぇや。


 俺達の目標、Xランクモンスターのお出ましとあっちゃあな。


「グレイ、どうする!」

「決まってんだろ。突撃して、倒して、帰る!」


 俺は皆に作戦を伝えた。

 どうよ、この完璧なプラン。俺以外じゃこうはいかないね。


「よーし、グレイの旦那の頭が悪いのを再確認したところで作戦タイムだ!」

「せめてオブラート一枚くらいは欲しかったかなー、俺!」

「あたしがそんな遠回しに言ってやるタイプに見えるってのかァ!」


 正直、全ッ然見えません!


「っつーか、あたしらにできる作戦なんて一つしかないけどな」


 言って、パニは軽く肩をすくめる。

 何だよ名参謀っぽいムーブはブラフかよ、このピンクチビ!


 などと思っていると、そのパニにいきなり尻を叩かれた。

 うぉわ! びっくりした!


「頼むぜ、グレイ」

「何だってのよ、いきなりぃ!」

「景気づけだ。こっちゃ、あんたに全てがかかってるからな」


 え?


「そうだな。僕達の命運、おまえに預けるぞ。グレイ・メルタ」


 ランまでもが言ってくる。

 こいつの言葉がどんな意味を持つのか、無論、俺は分かっている。

 分かっているが、それにしたって軽すぎじゃない?


「いいの? 本当に俺なんかに命預けちゃっていいの?」

「だ、だ、ダメなんですかぁ……?」


 アムが涙目になりやがった。

 いやいや、いやいやいやいや、そういうつもりで言ったんじゃなくて!


「相手はXランクモンスターなんていうドヤバイのでしょ! だから、もしものこととか、万が一とか、そういうのも考えておいた方がいいかもと――」

「考えるだけ無駄。はい論破」


 パニに論破された。

 いや、これは論破っていうのかなぁ!?


「分かってねぇなぁ、グレイの旦那はよぉ」

「な、何がよ……?」

「あんた、男だろうが。だったら女三人の命くらい、背負って見せろや!」


 この凹バスは無茶言うなぁ!?

 あのさぁ、命背負うってさぁ、そんな簡単なことじゃないだろ!


 背負う方も、背負われる方も、正真正銘の命がけなワケじゃん!

 そんなものをンなあっさりと……、


「何だよグレイ。おまえらしくもない」


 ランに言われた。


「俺らしくないって何だよ」

「おまえは、最速無敵の天才重戦士で、完全無敵の回避盾なんだろ」

「いや、そうだけどよ……」

「だったら、その通りに振る舞えばいいだけじゃないか。おまえが最速無敵なのは、僕が一番よく知ってる。……だろ? それとも、僕の買いかぶりなのかな?」


 こいつ、煽ってくれんじゃん……。


「女にここまで言わせるたぁ、男冥利に尽きるじゃねぇのよ? ん?」

「…………」

「普段あんだけ大口叩いてんだ」


 ドン、と、パニが俺の胸を軽くグーで叩いてきた。


「だったらそれを実際に見せてくれや。男なら、あたしらを惚れさせてみな」

「わ、私の大事な人は、も、もういるから。ごめんなさい……!」


 パニに叱咤されて、何故かアムに告白してないのにフラれた。


 知ってる知ってる。

 アムちゃんはダンジョンが恋人だもんねー。うんうん。


 ガッデム!


「おまえら、好き勝手言いやがって……!」

「おお、好き勝手言ってやったぜ。だったらどうだってんだい、旦那」

「決まってんだろ。背負ってやんよ、ドチクショウ!」


 そこまで言われて萎え萎えポンなんてのは、男じゃねぇンだよ!

 いいよ、やってやんよ!

 こちとら最速無敵の天才重戦士グレイ・メルタ様だってんだ!


「何が来ようと、おまえらにゃ傷一つつけさせねぇ。それでいいんだろ!」

「ああ、そうだ。それでいい」

「黒女が偉っそうに! おまえら全員、絶対守ってやるからな! 覚悟しろ!」

「ヒュー、かっけぇぇぇぇぇ! パニパニポイント五点やるわ!」


 何それ!? 貯めるとどうなるの!!?


「グレイ。おまえが守ってくれるなら、僕も安心して暴れられる」

「え」

「久しぶりに僕の全力を出そう。ここなら、どれだけ暴れてもよさそうだ」

「あの」

「多分じゃなく確実に一分以上暴走するけど、グレイがいるから大丈夫だな!」

「待って、あれ避けるのめっちゃ疲れる……」

「さぁ行こう、決戦だ!」

「あああああああ腕掴まないで引っ張らないで引きずらないでぇぇぇぇぇぇ」


 ヘルプ! パニさんアムちゃん、ヘルプミィィィィィ!


「あ――」


 と、前触れなくアムの顔色が変わる。

 それは恋人バージョンの彼女ではなく、緊張一色のそれ。

 同時に、俺を引っ張っていたランが足を止めて小さく舌を打った。


「こっちに気づいてたみたいだな」

「おっと、そいつぁ……」

「ああ――」


 ランがうなずく。直後に地面がズズと鳴動して、


「来るぞ!」


 少し先にあった白砂の山が、その叫びと共に弾けた。

 おお、おおおお!? 砂がまるで津波か壁みたいに広がって――!!?


「あああああああああああああ! うああああああああああああああッ!」


 そして、その場にいる誰のものでもない声が俺の耳に届いた。

 ここにいる誰のものでもない、しかし、聞き覚えのある声。


 俺は笑う。

 笑う自分を自覚する。その笑いは乾いていた。


「ウソだろ」


 そして、砂山を蹴散らして現れたのは、まさに恐るべき異形の群れだった。


 連なる漆黒。

 重々しい鎧の質感は鋼鉄を思わせるが、それよりはるかに硬い。


 手にしている得物は、剣と、槍と、斧と、弓と、無節操きわまりない。

 しかも何だありゃ。前に見たときより全然デカくなってやがる。


 人より少し大きい、黒い鎧騎士の群れ。

 それが俺の知る“魔黒兵団”だが、現れたのはそんなものではなかった。


 人より少し大きいどころか、一体辺り、大人の男の五倍近くはあるぞ?

 そんなモンが押し寄せてくるとか、そりゃ砂山だって爆ぜるわな。


 何より――


「ああああああああああ! あひいいいいいいいい!」


 巨大な鎧騎士の群れに追われているあいつを、俺は見逃せなかった。

 おまえ、そんな風に叫べたのかよ。


「――こういう再会はあんまり願ってなかったぜ、ヴァイス」

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