第15話 天才重戦士、腹筋を鍛える

 やっべ……。

 これやっべ……。


「おーい、グレイ。どうしたんだよ、一人だけそんな前を歩いて」


 ランが背後から声をかけてくる。


「うるせーな、何でもねーよ。ちょっと歩きたい気分なの!」

「……? 変なヤツ」


 ランは疑問を覚えつつも、それ以上は絡んでこなかった。

 助かった。

 俺は内心に安堵のため息をつく。


 今の俺を見られるワケにはいかない。

 俺の俺がビンビンのギンギンになってしまっている、今の俺を。


 花びらを食べてからずっとこうだよ!


 いや~、あの花びら凄いね、効き目すンごかったわ!

 おかげで疲れなんて一瞬で消し飛んで、もうビンビンのギンギンよ!

 俺の俺まで一緒にビンビンのギンギンなんですけどね!


 うおおおお、体が熱い。熱いぞォォォォォォォ!

 迸るパッション! あふれ出るパトス! ボルテージはうなぎ上り!

 そして天衝く俺の俺!


 ……歩きにくぅい。


「ギャッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハ!」

「もぉ~、パニちゃんダメだよぉ……、笑ったら可哀想だってばぁ~……」


 そしてこの凸凹サキュバス共ときたら……。


 俺達は今現在、ウルラシオン郊外の道を歩いている。

 馬車で帰ってきたワケだが、あの遺跡から出て数時間も経ってない。


 何でこの速さで帰ってこれたかっていうと、ランだ。

 ランにウルラシオンまでひとっ走りしてもらって、馬車を寄越してもらったのだ。


 つまり、ランはたった数時間で遺跡とウルラシオンを一往復したってこと。

 しかも大して疲れてないってさ。体力バカにもほどがあるだろ。


 ……別に、羨ましくなんかないんだからね!


 ちなみに、ランはパニの花びらを食べていない。


 ――何か怖い。だそうだ。


 うん、まぁ、そうね。分かるわ。

 俺はあの甘味を知っちゃったから今後も絶対食うけどね。


「なーなー、グレイよぉ!」

「ぐげぇ!?」


 いきなり後ろから走り寄ってきたパニに背中をバシンされた。

 痛ェ! チビのクセにパワフルで痛ェ!?


「何しやっがんだよ、パニさん!」


 痛みに軽くむせる俺に、パニは小声で言ってきた。


「今夜はどうすんだ? ランのお嬢としっぽりか? ん~?」

「なっ! バッ!? 何言ってんのさ!!?」

「おー、反応がウブいねぇ、若人。ゲラゲラゲラゲラ!」


 クッソ、このサキュバス、楽しみやがって……!


「けどよ、疲れ吹き飛ぶだろ。アタシの花びら」

「ぐ……」


 言われて俺は言葉に詰まる。

 その通りだ。あの花びらを口にして、俺の疲れは確かに消えた。

 今もしっかり歩けている。ポーションどころの効き目じゃねぇんだよな……。


「アムとアタシ、使えるだろ?」


 漲る自信をそのまま笑顔に浮かべて、パニはそう言う。

 でもおまえら、ダンジョン痴女と魔法少女じゃん。


「今回の依頼だって、アタシらがいなきゃ達成できなかっただろ?」


 まぁ、その通りだ。


「あんたら二人だけじゃ、探索だって上手くいってたか分からねぇだろ?」


 それも、その通りだ。


「アタシら、キワモンだけどものすげぇ役には立っただろ?」


 確かに、その通りだ。


「だったら、もう仲間にするしかないよなぁ? なぁ?」


 パニが、馴れ馴れしくも俺の腕に自分の腕を絡ませてくる。

 俺は自分よりも随分と背の低い彼女の方をチラリと見て、その表情をうかがった。


 相変わらず憎たらしいくらいに自信満々ってツラをしてやがる。


「ああ、そうだな」


 俺は小さくうなずいた。


「あの花びらもスゲェ効果だったわ。ホント、疲れが消し飛んだよ?」

「だろ? だろ? 何てったってアタシの花びらだからなァ!」

「ああ」


 さらにもう一度うなずいてから、


「あれで毒じゃなきゃ、完璧だったんだけどな」

「…………」


 俺の言葉に、パニの笑みが固まった。


「やっぱ、そうだったか」


 沈黙はそのまま肯定と受け取って、俺は小さく息を吐く。

 パニは顔から笑みを消し、


「……気づいてたのかよ」

「んにゃ、カマかけただけ。けど、そうだろうなとは思ってたよ」


 俺とパニは互いに歩調を合わせて後ろのラン達からもう少しだけ距離を空ける。

 話す必要があった。俺とこいつの二人っきりで。

 今、決めなければならないことだ。


「ランは――」


 少しだけ顔を傾けて、肩越しに俺はランを見る。


「授かった加護のせいで俺以外の冒険者と組むことはできなかった」

「……らしいな」

「おまえもそのクチなんだろ、パニさん」


 でなきゃ、説明がつかない。

 アムにパニ。ダンジョン痴女と魔法少女。

 確かにその能力はイロモノ、キワモノの部類だが、しかし実力は超一流。


 アムは盗賊いらずだし、パニの花びらはおそらく重傷レベルの傷でも癒せる。

 なのに、どうしてこの二人は俺らみたいなのと組もうとした?


 そうせざるを得ないからだ。

 どう考えても、これ以外の理由は思い浮かばなかった。


「アムちゃんの方は、多分俺と同じなんだろ?」

「おう、そうだぜ」


 ダンジョン探索という一方向に特化しすぎて、それ以外がからっきし。

 だから、下手に誰かと組むことができない。


 そしてパニは、きっとランと同じ感じなんだと、俺は睨んでいる。

 つまり、能力が危険すぎて組める相手が限定されるんだ。


「やっぱ、パニさんが持つ加護の力なんだな」

「ああ。アタシが授かった“色魔肉欲権左衛門”の加護の力さ」

「……おまえ」


 よりによってこのシリアスな空気の中でそのネーミングを出すのか。

 俺は戦慄に背筋を凍らせた。


「刈り取った魂を、癒しの花に変えることができるんだ。ただ――」


 しかもこいつ、平気な顔して話を続けるだと……!?

 俺は噴き出すのを必死にこらえて、腹筋がピクピク引きつってるのに。


「花びらを食った相手はね、アタシの虜になっちまうのさ」

「……魅了、か」


 なるほどな。つまりそれが理由か。


「…………」


 ――よし。よし! こらえた! 波は過ぎ去った! 我が軍の勝利だ!


「耐性のない相手が花を食えば、それだけで従順な奴隷が一人出来上がりさ」

「あ~……、そりゃロクでもねぇな……」


 魅了。それも術者本人が制御できないレベルの強力なヤツ。

 もしかしたら、使い方次第じゃランの暴走よりもさらに危ないかもしれない。


 表向き平静を装いながら、俺はそう考えた。

 大丈夫。苦難を乗り越えた我が腹筋は勝利の余韻にひたっている最中だ。


「それがアタシのスキル、“ドッキンラブラブハニートラップ”だよ」


 ぶぼ。

 俺は噴き出しかけた。


 おま、おまえなー!

 波が過ぎたと思って油断してたトコに不意打ちしてくんじゃねェ!!?


「“はぐれもの”の加護を持つあんたなら、きっと魅了毒も効かないと思ったよ」


 しかも素知らぬ顔でシリアス続けやがって……!

 こっちは引きつる腹筋との限界バトルがスパーキング真っ最中なんだぞ!


「あんたなら組めると、いや、あんたしかいないと思ったってのが正しいな」

「……パニさん」


 俺からさらに少し先を歩き、パニがこっちを振り返った。

 その顔には、さっきとは全然違う笑み。達観したような苦い笑みがあった。


 一方、俺の腹筋は崩壊寸前に陥っていた。

 おなか痛い。おなか痛い。おなか痛い。引きつる引きつるピクピクしてるゥ!


 うおおおおおお、耐えろ俺ェェェェェェ!

 このタイミングで噴き出したら全てが台無しだ! 爆笑したら俺の負けだァ!


「どうして、言ってくれなかったんだよ」

「言おうとは思ってたんだけどな……」


 俺に言われて、パニはさらに苦笑を強める。

 一方、俺はよどみなくセリフを言えた自分に感動すら覚えつつあった。


「けど……、まぁ、怖かったんだと思うぜ、アタシ自身」

「……そうかよ」

「ああ」


 俺と彼女との距離は、およそ五メートル程度。

 近いが遠い、遠いが近い、俺と彼女とのそんな距離。


 よし、気づいてない。よし、よし!

 崩壊寸前の俺の腹筋に、パニはまだ気づいてないぞ!


「それで、グレイ」


 パニが体ごとこっちに向き直った。


「“色魔肉欲権左衛門”と“ドッキンラブラブハニートラップ”については、全部話したぜ。その上で、あんた、どうするんだい」

「…………」


 やめて、やめてェェェェェl!

 ここに来てさらなる燃料を投下しないでェェェェェ!

 もう俺の腹筋のライフポイントはゼロ間近なのォほォォォォォォ!


「……そうかい。ダンマリかい。やっぱ、ダメかね」


 違うの。違うのォ!

 腹筋が、お、俺の腹筋がァァァァァァァァ――――ッッッッ!!!!


 ……いや、こらえろ。


 ここは大事な場面だ。グッと我慢だ、グレイ・メルタ!

 大丈夫、イケるイケる。イケるって!


 グレイ君は男の子!

 やればできるさ! やらねばならぬゥゥゥゥゥゥゥゥ!


「――誰が、ダメなんて言ったよ」

「……あン?」

「早とちりはよくないぜ、パニさんよ」


 いいぞ、いいぞ! 実に自然な物言いだ!

 口角をちょっとだけ上げる辺り、さりげなさがグッドだよ!


「人と違うなんて、何もいいもんじゃねぇよな」


 そう、このセリフ! カッコイイ! 俺今、すごく演技派! 最高!


「全部とは言わねぇけど、分かるよ。パニさんの不安」

「知ったようなこと言うじゃねぇか」

「……知ってるからな」


 俺が言うと、パニの笑みがまた変わった。

 いや、元に戻ったと言うべきか。それは不敵で不遜な、いつものパニだ。


 一方、俺の腹筋はギシギシ軋み始めていた。

 あ、痛い痛い痛い。変な我慢のしかたしてたからギリギリしてめっさ痛い!


「アタシとアムはじゃじゃ馬だぜ。乗りこなせるかい?」

「愚問だぜ、そりゃ。じゃじゃ馬は何も、おまえらだけじゃないっての」


 そう返して、俺もパニと同じく不敵に笑う。

 自然。実に自然。もう、自分で自分に勲章を授与したいレベルだよこれ!


 このまま、このまま終われ会話!

 シリアスな空気を保ったまま、何事もなく終わってェェェェェェ!


「これからは対等に行こうぜ」

「あんたは、それでいいのかよ?」

「いいも何も。仲間ってそういうのじゃないのかなって、俺は思うよ」


 言うと、パニが今まで見たこともない表情を浮かべた。

 きょとんとした、驚いてるのか呆けてるのか、そんな感じの表情だ。


 うん、うん。いいよ、実にいい。ここまで順調だよ!

 見たかよこの俺の演技力。いやいや本音だけど! 全部本音トークだけど!


 さぁ、会話を終わらせるぜ。波も引きつつある。

 ここを乗り切れば、俺はこのシリアスを壊さずに済む。戦犯にならずに済む!


 俺はランの方を振り向いた。


「おーい、ラン! パニさんとアムちゃん、仲間にしたいけど、どうよ?」

「うん? あー、うん。僕は、おまえがいいならいいぞ!」


 とのことだった。

 よし、決定。はい決定。もう決定。これで決定ね!


「ほ、本当ですか……! わ、わ、私達なんかで……」

「遺跡で脱がれたときはびっくりしたけど、でも、あの能力はすごかったし」


 おどおどしているアムに、ランが優しく笑いかけた。


「それに、僕はアムさんともパニさんとも、仲良くなりたいと思ってるから」

「う、は、はい!」


 釣られてか、アムもやっと笑みを浮かべてうなずいた。

 それを見届け、俺はパニの方へと再び視線を戻して、右手を差し出した。


「じゃ、そーゆーことで、これからよろしくな!」

「…………ケッ!」


 毒づきつつも、パニは俺が差し出した手をしっかりと握り返してきた。

 よかった。この人の握力、普通だ! 俺の手が潰れてない!


 そして終わった、終わったんだ。

 ついにシリアスを乗り切るというハードミッションをコンプリートしたんだ!

 やった、俺はやったぞ――――!


「ところでよぉ、グレイの旦那」

「ん?」

「そろそろ笑っていいぜ。我慢すンのも辛ェだろ?」

「気づいてたんかァァァァァァい!」


 俺は絶叫した。

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