第14話 天才重戦士、魔の頂点を知る

 ――マジで地下四階が最奥でやんの。


「おまえコレ本ッ気でマジかよ……」

「マジもマジ。本気と書いてマジと読むレベルでマジだぜ」


 唖然とする俺の隣で、パニがクッソムカつくドヤ顔で笑ってやがる。

 現在、小遺跡最深部。つまりは地下四階だ。


 俺達がこの遺跡に侵入して三十分。

 すでにあらかた調べ尽くして、俺達四人はここに到着していた。


 三十分。

 たった三十分だ。

 いくら小遺跡だっつったって、そのほぼ全てを三十分で調べ終える。


 いやー、アホッスわ。

 普通に考えればありえん。ありえんよね。三十分て。


 だってさ? 発見されたばっかのダンジョンの探索っすよ?


 分かるかなー。

 一般的な冒険者なら、これ、普通に半日はかかる大仕事なんスよ?

 混沌化のない地下四階程度の小遺跡でも、そのくらいの時間は必要なワケ。


 だって、遺跡にはまず確実に罠が仕掛けてある。

 それを盗賊が解除するのに手間と時間がかかるし?


 しかも大体、どこでも隠し通路とか隠し部屋ってのはつきもの。

 それを盗賊か、もしくは兼任のマッパーが見つけて記録しなきゃだし?


 モンスターだって住み着いたり、セキュリティ用に飼われてたりもする。

 当然、モンスターとの戦闘になればそれだけ時間も浪費するし?


 兎にも角にも手間がかかる。それが本来のダンジョン探索だ。

 ほら、俺達をここに運んできたギルドの職員だって、一日くれてたじゃん?


 元々、この遺跡は規模も小さいだろうと目されていた。

 それでもギルドは諸々合わせて一日はかかると判断してたワケだ。


 だがその判断は誤りだった!

 だって実際は三十分で終わっちゃったモン!


「ギャッハッハッハ! ウチのアムはすンげーだろッ!」


 そしてパニのドヤ顔である。

 別におまえの実力じゃねーだろーが。とは思うのだが、


「まぁなぁ……。なんつーかなー……」


 俺はランタンを軽く掲げて、床に広げられたそれを見た。

 四枚ばっかの重ねられた魔法紙は、この遺跡のほぼ全てが網羅された地図だった。


「探索始める前にこれ描かれちゃったらなー……」


 俺はしみじみと呟く。

 地図を描いたのは、もちろんアムだ。

 彼女はダンジョンとの逢瀬(?)を終えた後に、急激な勢いでこれを描き始めた。


 時間にすれば五分くらい。

 そんな短い時間で、この意味不明なレベルで詳細な地図が描かれたワケだ。


 そのあとで遺跡の探索始めて、地図の正確さに俺もランもビックリしたわ。

 いや、探索じゃねーな、もう。ただの確認作業でしかなかったよね、ここまで。


 罠の場所も、罠の内容も、行ける場所も行けない場所も。

 どれもこれもが全部こと細かに描かれててどこも間違ってなかったっていうね。


「何なんだろうな、これ。盗賊もマッパーもいらねーじゃん……」

「見たかい。これがアムが授かった“奥地の恋人”の加護の力ってヤツよ!」

「相変わらず名前ひっでーわ」


 外位級の“力あるもの”はイロモノしかいないんか! いないか! そうか!

 そろそろ諦めもついてきたわ……。


「で、これで分かったろ、グレイよ」

「何がよ、パニさん」

「このパーティーにゃ盗賊はいらねぇ。アムがいれば十分だってコト」


 言われて、俺はそれに同意しかけた。

 確かに、とは思ったのだ。

 アムの力があれば今後のダンジョン探索依頼はかなりはかどる。


 ああ、それは確かだ。確かなんだろうが――

 俺はチラリとアムの方を見た。


「あはァ、もう、そんなに急かさないで……。もうすぐ。もうすぐ、だ・か・ら」


 まだ素っ裸であんな感じなんですよ。

 ちなみにランにはアムの護衛を頼んである。そんなランの近況をご覧ください。


「グレイ、グレーイ! まだ行かないの!? 早く行こうよ僕もう限界だよー!」


 見てください、あのはしゃぎっぷりを。

 ウブい娘がほぼ全裸のサキュバスの隣にいるとあんなに元気になるんですね。

 いやー、ほほえましい(棒読み)。


「あんたもあんまりいじめてやんなよ、可哀想だぜ、さすがに」

「前に俺をからかい倒した罰ってヤツですよ、こいつァ」


 よし、あとでランをいじるネタはできたし先に進むとしよう。

 で、何で俺らがこの地下四階で少し動きを止めてたっかつーと、最奥の部屋がね。

 ここだけ、地図上ではまだ空白なんだよなー。


「多分この遺跡ちゃんのボスがいるお部屋ねェン。フフ、可愛いわ♪」


 アムさんが解説してくれました。

 遺跡ちゃんとは何なのか。一体何が可愛いのか。俺は何も考えない。考えない!


「よし、行くか! このポーション飲んだら!」

「ずっと休憩してたもんな、あんた」


 パニが何が言ってくるが、ここで立ち止まったのは作戦タイムだからである。

 俺が歩き疲れてちょっと休憩してたからではない。断じてない。


「永遠に上がらないレベル3ってヤツァ、大変だな」

「永遠にじゃねーし! まだ半年だし! 大体、おまえらレベル幾つだよ!」


 俺が叫ぶと、パニが答えた。

「33」


 次に、アムが答えた。

「31」


 このレベル富豪共がァァァァァァァ……!

 こいつらには分からない……、俺の気持ち……、持たざる者の苦しみなど……!


 一年間冒険……、だが半年以上据え置きのレベル……!

 あってはならない……、何故こんなことに……! 格差……、圧倒的格差……!


 あああ、ああああああああああああああ~~~~~~……!


「グレイ! ぐにゃ~ってなってないで早く行こうってばー!」


 だがここで、四人の中で最もレベルが高いランが俺を頼ってきた。

 フフ、そーかそーか。レベルが40になっても俺に頼っちゃうのかおまえはー。


 そっかー、なら仕方がないなー!

 頼られちゃったもんなー!

 仕方がないなー! 頼られてやるかー!


「あんた、人間ちっちゃすぎないかい?」

「うるせーな! 人の本質を的確に見抜くのやめろよ!」


 いたたまれなくなっちゃうだろ、俺が!


「もー! ボスモンスターなんて僕がドカーンってやっちゃうからさー!」


 っと、ランもそろそろ我慢の限界か。

 なら行くか。どうせボスモンスターなんて楽勝だろうし。

 何てったってこっちには最終鬼畜暴力装置ドラゴン女のランさんがいるしな!


「おまえ、またなんか変なこと考えてないか、グレイ」

「気のせい気のせい。そんなことより、やっちまってくださいよ、先生!」

「ンフ、頼もしいわねェン。ボスはゴーストだけど、ランちゃんなら楽勝ね」


 何だゴーストかよ。

 ボスモンスターっつーからトンデモ系モンスターかと思ったらそんなモンか。


 あ~ぁ、もう勝ったも同然だな、こりゃ。

 だってこっちにゃ最終鬼畜暴力装置ドラゴン女先生がついてるんだぜ?


「…………」

「お? どうした、ラン。行こうぜ」

「……おばけ怖い」


 ブボッ。


 ランがこぼしたつぶやきに、俺は思わず噴き出していた。

 今、何つったコイツ?

 え? この最終鬼畜暴力装置ドラゴン女、何て言った?


「ア、アムさん、本当に? 本当におばけ?」

「そうよぉ? 遺跡ちゃんが教えてくれたわ。とっても立派な悪霊ですって」

「いやいや、勘違いの可能性もあるよね? 実はオーガとか! ゴーレムとか!」

「ン、おばけが怖いランちゃんったら、可愛いわァ。でもね、ゴーストなの」

「……かーらーの?」

「あきらめろ、ラン。ボスはゴーストだ」

「いやだァァァァァァァァ! おばけイヤァァァァァァァァァ!」


 おまえ、おまえ……!

 こんなところでそういういらんキャラ立てしないでいいからさァ!?


「ギャハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!」


 ほらみろ! ちびっ子サキュバス大爆笑じゃねぇか!


「しゃーねーなー。ここはアタシの出番かぁ?」


 そう言って、パニが首をコキリと鳴らした。

 おお、何だよ、随分と強キャラムーブしてくれるじゃんか。


「そういえばパニさん、魔術師つってここまで何にもしてなかったもんな」


 俺が疲れても相変わらずポーションだったもんな!

 回復魔法とか全然してくれなかったもんな!

 恨んでないよ、別に恨んでないよ? 全然そんなことないよ?


「ギャッハッハ、だってアタシ、回復魔法とか使えねーしな」

「……ん?」

「っつーか? 使える魔法なんて一つだけだし? 攻撃魔法じゃねーぞ?」

「…………んん?」

「ンじゃ、はりきってボスバトルいってみっかー!」


 と言って、パニはアムを伴って歩き始めてしまった。

 俺とランは互いに顔を見合わせて、


「「大丈夫だと思う?」」


 完全同時異口同音。


「俺にきかないでよ!?」

「僕にきかないでよ!?」

「オラ、何してやがんでィ! さっさとついてきな、ガキ共!」


 少し奥からパニの怒声が飛んでくる。

 待てや、パーティーのリーダーはこっちッスよねぇ? ねぇ!?


 俺とランは慌てて二人のあとを追いかけて、そして間もなく、ボスがいる部屋。

 扉はなくて開けっ放し。ランタンを突き出すと部屋の中が少しだけ見えた。


〈ウォォォォォォォォォン、恨めしやァァァァァァァァ~~~~…………〉


 見るからにおどろおどろしい空気と、部屋の中を舞う無数の火の玉。

 ランタンの明かりを受けて、半分透き通った白っぽい影が淡く浮かび上がる。


「ひぁぁぁぁぁぁぁぁ! おばけ! おばけぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」


 ブルったランが悲鳴をあげて、俺の後ろに緊急退避した。

 信じられるかい? このビビリ女、ワイバーンを一撃粉砕するんだぜ?


「ったくしょうがねーなー、おま……」


 言いかけて、俺はそこで言葉を切った。


「何? 何だよ、何言いかけたの? グレイ、ねぇ! 途中で黙るなよ~~!」


 恐怖に震えていたランが俺に抗議してくるが、頼む、今は静かにしてくれ。

 とても大事な場面なんだ。

 この瞬間、この刹那、俺には何より優先しなければならないことがある。


「ランのお嬢。そこのガキ、あんたのおっぱいの感触を背中で堪能してるぜ?」

「え……? あ、きゃあッ! も、バ、バカァ!」


 パニに指摘を受けたランが俺から距離を取った。

 ああ、離れていく!

 背中に押し付けられていたお胸のやわらか桃源郷が!


「パニさん、あんた何てことを! 俺の味方じゃなかったのかよ!」

「バッキャロウ! アタシは女の敵の敵でぃ!」

〈ウォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ~~~~ン〉


 俺達の言い合いに気づいたか、ゴーストがひと際大きな声を出してきた。


「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…………」


 ランは完全にブルっていた。こりゃあかんわ、役に立たんわ。

 そうすると、俺は愛用の盾を構えながら、パニとアムの方を見た。

 アムは、うん、下着ですね。裸ですね。


「いいかげんローブ着たらどうなんスかねェ……?」

「そんな野暮なこと言っちゃダァメ。これがここでの私の正装なんだから」

「未開の部族のドレスコードかな?」

「フフ、いいの。それよりも、ほら、パニちゃんの活躍を一緒に見ましょう?」


 そう言って、アムは可愛らしくウィンクをする。

 だが今の彼女の場合はその何気ない仕草すらもしっとりとした色気を帯びて、


「……わぁったよ」


 何か、気圧される俺だった。

 普段はびくびくおどおどなよなよしてるのっぽちゃんのクセに……!


〈オオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォォォ…………ッ!〉


 …………ッ!


 ゴーストがまた哭いた。

 そして放たれる強烈な威圧感。こいつは、ちょっとナメてたかもしれねぇか?


 実はゴーストというのはなかなか特殊なモンスターだ。

 ランクだけでいえばEランクと、決して強いモンスターではないのだが、しかしそこに内包する恨みや怒り、憎しみ、未練の深さがそのまま強さに直結する。

 中には、Aランクモンスターに優るとも劣らないゴーストだっているほどだ。


 そして、この遺跡のボスゴースト、或いはBランクを超えるかもしれないぞ。

 つまりはランが倒したあの巨大ワイバーンと同等か、それ以上?


「なかなか生きのいいゴーストじゃねぇか。あ、死んでたか。ギャハハハハ!」


 だが、強い殺意をまき散らしてくるゴーストを、パニは豪快に笑い飛ばす。

 大丈夫なのだろうか。

 少しばかり、パニのことが心配になった。


「大丈夫よ」


 アムが断言する。


「パニちゃんはね、強いのよ? 私なんかより、ずっとずっと」

「そうなのか……」

「ええ、見ていれば分かるわよォ♪」


 その声に強い確信を宿らせて、彼女は軽く言い切った。

 かなりの信頼を寄せているようだが、さすがにまだ俺はそこまで信じきれない。


「なぁ、グレイよ」


 そんな俺へ、パニが言葉を投げてきた。


「あんた、“魔の頂点”ってのがどんなのが分かるかい?」

「急に何だよ、それ……?」

「魔術師、魔物、魔法使い、魔王、魔剣士、魔道具使い。他にもまぁ色々いるが、どれが最強か分かるかい? 究極の魔、魔の最高峰ってヤツさ」


 いきなり何を言ってくるんだ、このチビバス……?


「魔王なんじゃねーの?」


 彼女の意図が読めないまま、俺は思ったことをそのまま答えた。

 すると、返ってきた反応は静かな否定。パニはゆるりとかぶりを振って、


「もっともらしい答えだが、違う。違うんだよなァ、そいつは」

〈オアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァァァァッッ!〉

「って、来たぞ、オイ!?」


 話している間に、ゴーストがパニめがけて襲い掛かってきた。

 火の玉を侍らせて、白い影が上から彼女を狙う。思っていたよりも動きが鋭い!


「教えてやるよ、グレイ」


 だがパニは平然と右手に持ったロッドを掲げて、俺へと言葉を続けてくる。


「この世界の魔の頂点。魔王すらも超える真なる魔の申し子。それは――」


 ポン。

 そんな軽快な音と共に、ロッドの先端にピンクのハートが生えた。


「――“魔法少女”だ!」


 …………。

 ……………………は?


「マジカルシュラバルツツモタセ! ラブリーアッシーミツグクン!」


 …………。

 ……………………え?


 俺とランが見ている前で、パニはハートのロッドをブンブンと振り回し始める。

 するとどうだ。

 彼女の姿が目にも痛々しい蛍光ピンクのキラキラに包まれて――


「慕情・純情・愛情・訴状! 無情に炎上・下剋上――!」


 やがて現れたのは。全身からピンクのハートをまき散らす、ピンクでピンクなフリフリドレスとドデカリボンのキラキラハートマジカル女――


「魔法少女ハニートラップ、見るも無残にここに見参! キラリン♪」


 そしてパニはポーズをキメた。

 満点笑顔で、右目ウィンク。横向きピースを隣に添えて。


 そうだね見るも無残だね!

 何だよ、俺達の目の前で一体何が起きてるんだよォォォォォォ!?


「フフフ、出たわね、魔法少女ハニートラップ……。相変わらず、すさまじいわ」

「うんうん、脳が一切の理解を拒むレベルですさまじいな」


 隣で頬を伝う汗をぬぐっているダンジョン痴女に向けて、俺は平たい声で言った。

 何だこれわぁ、俺は遺跡探索をしてたんじゃないのかぁ?


〈オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!〉

「コーラッ! 悪いおばけさん、ダメなんだぞぉ!」


 パニの口調が変わっていた。

 パニの声質が変わっていた。

 この脳みそにキンキン響く、高いクセに甘ったるくとろけるような声ときたら!


「そんな簡単に人を呪ったり殺したりしたら、おばけさんに返ってくるんだぞ!」

〈オオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォ…………!〉


 猛り狂うゴーストを前に、ピンクのパニ――もとい、魔法少女ハニートラップは腰に手を当ててプンスカ怒っている。


 違うよね?

 おまえそんなキャラじゃないよね?

 チャッキチャキの豪放磊落姐御系だよね?


「悪いおばけさんは、ハニートラップの愛憎と欲望の魔法で退治しちゃうから!」


 言っていることが微妙に生々しい。

 と、ハニートラップが俺達の方をチラリと見た。


「待っててね、おにいちゃん、おねえちゃん。すぐに終わるからね!」


 おまえが最年長だよ、二十三歳。


「YES! ハートキャッチセールス、ハニートラップ!」


 掛け声? 呪文? ただの戯言?

 意味が分からん叫びをあげて、ハニートラップがロッドを高く突き上げた。


 すると、ただでさえキラキラしてた全身からピンクの輝きが迸る。

 うおおおおおおお、これはあかんて! 目がー! 目が―!


「うわわわ! 目がー! 目がー!」


 隣でランが手で目を押さえて転げ回っていた。おまえもかい。


「そーれ、滅殺・お花畑の魔法ー!」


 物騒に見えてそうじゃない辺りが逆に物騒って感じの名前ですね!

 絶対物騒な魔法だよコレ!


 だが俺の不安とは裏腹に、遺跡最奥の部屋に鮮やかな花畑が出現した。

 まるで春を告げる薫風のように、爽やかな空気が部屋を隈なく満たしていく。


「な……」


 俺は絶句した。

 召喚魔法? 空間転移? どこかの花畑をここに丸ごと転移させてきたのか?


 花は幻影ではなく本物に見えた。

 地下の重苦しさなど花の芳香の前にあっさりと消し飛んで、場の空気が変わる。


〈オオ……、オオオオオォォォォォォォォォ……〉


 殺意に満ちていたゴーストの動きが乱れた。

 これは、花の香りに惑っているのか。それとも、生前の記憶を呼び起こされて?


「それじゃあみんな――」


 ハニートラップがハートのロッドをゴーストに向けて、微笑みながら言った。


「食らい尽くせェェェェェェェェェェェェェェェェ!」


 …………。

 ……………………ヘ?


 呆ける俺の前で、花畑全体がズズと鳴動する。

 次の瞬間、地面から根や蔓が触手のように伸びてゴーストへと襲いかかった。

 それらは全て実体がないはずのゴーストへと絡みついて、


〈オオ……、ォォ……、ォォォ……〉


 ゴーストの姿が徐々に薄まり、そして恨みの声も小さくなっていく。

 そしてそれとは反対に、花の香りがどんどんを強く、濃くなっていった。


「ゴーストを、喰ってる……?」

「うん! ここのお花さん達はね、ぜーんぶ魂喰らいの食魂植物なんだよ!」


 おぞましいにも程があるだろ!!?


〈ォォ、ォ……、ォ……〉


 そしてゴーストは完全に消滅した。

 何故こんなところにいたのか。それも分からないまま、お花畑に食い尽くされて。


 蹂躙。

 それはあなりにも圧倒的で一方的な蹂躙だった。


「…………」

「…………」


 棒立ちになっている俺とランの方へ、ハニートラップがやってくる。

 その手には一輪の花。花畑から摘んできたようだ。


「はい、グレイおにーちゃん!」


 ハニートラップが言って花を俺の前に差し出してくる。

 リボンを揺らして笑うその顔は可憐で、溌溂としていて、だがこいつは最年長だ。


「このお花の花びらはね、食べるとすごく、すっごく元気になるんだよ!」

「…………食えと?」


 ゴーストを捕食するようなおぞまし植物の花びらを、俺に食えと???


「うんッ!」


 ドンビキする俺に、ハニートラップは弾ける笑顔のままうなずきやがった。


「……ヤダ」

「え~、何で~? どうして~? さっきのおばけさんの魂がぎっしり詰め込まれた栄養満点・滋養強壮・体力充填・精力絶倫間違いなしの魔法の花びらなんだよ~? ビンビンのギンギンだよ~? これを食べたらもう普通のポーションなんて飲んでいられなくなっちゃう、なめらかな舌触りと深いコク、体の芯まで融かしちゃうような甘味がやみつきになって止まらない、体が求めてやまなくなる、それはそれは中毒性の高いただの花びらなのに~」

「『ただの』の前に今何文字費やしたァ!!?」

「やだやだ~。食べてくれないとやだ~! おにーちゃんのために摘んだの~!」

「うるさいよ! そんなの俺は食わな――」

「隙ありィ!」

「むぐごはぁ!?」


 叫びかけた俺の口に、ハニートラップが花そのものを押し込んできた。

 おま……! お、ま……。……。…………。


「あ、あんまぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ~~~~~~~~い……」


 何だこれは。

 何なんだこれは――!?


 ひとたび舌の上に乗せただけで、口の中いっぱいににじみ出る至上の甘味。

 この甘みを正しく形容する言葉を、俺は知らない。

 ただただ、口の中に天国が広がっていた。

 ああ、まさかこんな、こんな甘露がこの世に存在していたなんて……!


 甘い。

 甘い。甘い。甘い。甘い。甘い。甘い。甘い。甘い。甘い。甘い!


「ほ、ほぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ~~~~…………」


 押し寄せるとてつもない幸福感に、俺はただただ酔いしれた。

 そこへ、ランが俺を呼ぶ。


「グレイ」

「はぇ~……?」

「キモい」


 知ってるよ!!!!!!

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