第11話 天才重戦士、白い目で見られる

 全てが終わったとき、テーブルという名の荒野には無が広がっていた。


「相変わらず気持ちのいい食いっぷりだなァ、オイ!」

「いやー、パニさんの料理が美味いからッスよー! あー、幸せー!」


 俺はもう何杯めかになるエールをあおって、空になったジョッキを置く。


「ッハァァァァァァァァァァァァァァ――――!」


 狭い店内に響き渡る、心の底からの俺の歓喜の盛大吐息。

 あー、いい気分。あ~~~~……。

 体の芯が若干の熱を帯び、頭がポワンとするこの感じがたまんねぇ。


 酔ってるってまさにこれだよねー。

 お酒のいいところってまさにこれだわ~。あ~~。


「アムちゃ~ん、エールおかわり~。エヘヘヘヘヘヘヘヘ」

「は、はい、ただいまお持ちしますね……」


 相変わらずおどおどしながら、アムが酒の準備をしに向かう。

 追加のメニューは、あー、いいか。もう俺ってばおなかいっぱいだし。


 フフ、見ろよ。

 俺の周りにある積み上げられた皿を。めっさ食ったなー、俺。


 そういえば、ランは何か頼むだろうか。

 俺も飲み食いに夢中になって、ほとんどあいつの方を見てなかった。


「お~い、ラン。おまえ何か追加――」


 だが言いかけてランの方を見た俺は、口をアングリさせて最後まで言えなかった。


 塔。

 右に二つ、左に二つ。合計四つの塔がランの周りに立っていた。


 全て皿であった。

 積み上げられた皿によって作り上げられた塔が、ランの左右に屹立していたのだ。

 その高さ、俺の積み皿の三倍、四倍、五倍――


「すいませーん。ランバードのタレ串焼き、おかわりでー」


 また一枚皿を空にしたランが、満面の笑みでおかわりを頼んだ。

 バカな! まだ積み上がるだと!?


 何やこいつ。俺は戦慄した。

 どんだけ食うの?

 どんだけ入るの?

 しかも見た目、体型が全然変わってないってどういうことなの?


「オイオイ、あんたの胃は無限なのかいお姉ちゃん!」


 皿の塔を豪快に笑い飛ばしながら、パニが厨房に引っ込んでいく。

 そして周りがザワザワと。

 俺達が店に入ってから一時間程度、店内はすっかり満員だ。

 そして他の客の目が全部こっちに向いてるの! やめて! 視線が突き刺さる!


「あ、あ、あの、ランさん? ちょ~っとさすがに食いすぎなのでは……?」

「……むー?」


 ゴッキュゴッキュとのエールを飲んでいたランが、その手を止めて俺を見た。


 頬がすっかり真っ赤なんですけど?

 しかも目が完全に据わってるんですけど?

 もしかして、お酒の方も俺よりはるかに飲んでいらっしゃる……?


「おまえ――」

「な、何ですか……?」


 相変わらず真っ赤な唇から紡がれたのは、少年かよと思うくらい低い声。

 さっきまで知的な印象があった切れ長の瞳も、ジト目気味だと逆に可愛らしい。

 しかし何でしょうか、この、今からSEKKYOUするぞという空気は。


「グレイ、おまえこれからどうする気だ」

「どうする気て?」

「どうもこうもないだろう!」


 ザク! と、皿の上の焼かれた肉の塊に景気よくフォークを突き刺すラン。

 おまえ、自分から言ってきたことだろうが!?


「僕はいいんだ、僕は! どうせ一人でも戦える。僕は強いからな!」

「お? お? 何スか? 俺に一撃も当てられない系女子が上からッスか?」

「うるさい! 聞け! そもそもおまえは――あ、串焼きー、待ってたー」


 アムが串焼きを持ってきた途端、ランの真顔はすぐにへにゃり笑顔に変わった。

 おまえ、おまえなぁ……。


「ムグムグ、ほぁ~~~~、おいひいよ~~~~」

「おまえ、初めて会ったときのクールなイメージがそろそろ絶滅危惧種だよ」

「何だよー、そっちが勝手に持ったイメージだろー」


 俺が言うと、ランは頬をムグムグさせながら器用に唇を尖らせる。

 食べるかしゃべるかどっちかにしなさい!


「ン、ごっくん。でもさー、グレイ、これからどうするのー」

「だから何がよ?」

「僕達、二人で活動するのー? それともパーティー組むのー?」

「あー……」


 言われてみれば確かに、先を見るならそこは決める必要がある。

 だがクソ、こんな露骨にへべれけってる小娘にそれを指摘されるとは……!


「でもラン、パーティー組めるの?」

「うん」


 こいつ、即答かよ。

 暴走付きのスキルのおかげで、仲間を傷つけるのが怖いんじゃなかったっけ。


「おまえがいれば、多分大丈夫だぞ」

「そなの?」

「僕な、暴走したときにも少しだけ意識残ってるんだけど」

「おう」

「暴走してるときにおまえ見ると、あ、こいつ欲しいって思っちゃうんだよな」


 頬赤くしながら言うコトかな、それ?

 しょーじき、俺ってば今、心臓が高鳴る前に止まりそーになったよ?

 だって絶叫する暴走ドラゴン女に狙われ続けるって意味よ?


「だから大丈夫だ。安心しろ。僕が暴走しても襲うのはおまえだけだ!」

「その言葉のどっかに俺が安心できる部分あった? ねぇ?」

「え? 他の仲間を襲わないってコトだぞ。安心できるだろ?」

「そーだね! マジ返答されると思ってなかったね! きょとんとしやがって!」

「???」


 しかも目を丸くしてる表情とか仕草がまた可愛いっちゅーねん!

 ムカつくなー、こいつ!


「はぁ、まぁいいけどー」


 俺はエールをあおった。

 それに合わせるようにランもまたエールを飲んでおかわりを注文する。

 話してる間にも、こいつは飲んで食ってを続けていた。どんだけだよ、おまえ。


「あー、そうだなー。……でもパーティー組まなきゃ話になんねーんだよな」


 もはやランの食いっぷりは考えないことにして、俺は話の筋を戻した。


「そう思うか?」

「ああ。俺ら二人だけじゃダンジョン探索できねーしなー」


 確かに、ランは強い。単純な戦力として見たらAランクの枠すら超えてそうだ。

 だが、それだけじゃ“英雄位”にはなれそうもない。


「Sランクダンジョン、クリアしなきゃだしな」


 そこなのだった。

 俺達二人が“英雄位”に上り詰めるためには、ダンジョンを攻略する必要がある。


 片や、最強の戦力。

 片や、完全無敵の天才重戦士たる俺。


 戦闘では申し分ないが、じゃあ、それ以外は?

 例えば、魔法の知識。ダンジョンを攻略するなら絶対必要だ。

 例えば、罠の見分け方。これも言うまでもなく必須技能である。


 結局、俺達は戦闘に突出しすぎていて、それ以外の部分がからっきしなのだ。

 だからそこをカバーできる人間を仲間にしなければならない。


「最低でももう一人、魔法の知識が豊富なヤツがいなきゃだめだと思うぞ」


 できれば回復魔法使えるヤツ。

 俺が疲れてもそれを回復させてくれる人間がいたらいいなーって。

 毎度毎度、ポーション沢山持ってくのかさばるんだよ! 液体だから重いし!


「回復魔法かー。うーん。ムグムグ」


 考え込みながら、ランは串焼きを頬張った。頬パンパンだ。リスかおまえ。


「ランの方にそういうツテはねーのか?」

「んー、ない!」

「マジで? 前のパーティーの仲間とか……」

「う……」


 おっふ。

 俺がそれを尋ねた途端、ランは動きを止めてその目を涙ぐませた。

 そこまでトラウマだったんですか――!?


「悪かった! 思い出させて悪かった! 謝るから!」

「蜂蜜酒……」

「アムちゃん! アムちゃ――ん! 蜂蜜酒、ジョッキで! 大至急――――!」


 そして助けて! ジッと俺を見つめて離さないこの涙目から俺を助けて!


「と、とにかく! まずは魔術師を仲間にする! これでいいな!」

「…………うん」


 運ばれてきた蜂蜜酒をチビチビ飲みながら、ランは小さくうなずいた。

 な、泣きだすようなことはなかったか。よかった。


 しかし、魔術師か……。

 俺の脳裏に浮かんだのは、チビロリクソ賢者の顔だった。


 そういえばあいつも冒険者なんだよなー。

 んー? どうなんだろう? あいつ、今も現役冒険者なのかな?


 誘う? 誘っちゃう?

 ウルラシオン最高の大賢者を、俺達のパーティーに誘っちゃう?


「あのな……」

「ん?」


 俺が考えごとをしていると、蜂蜜酒を飲み続けていたランが話しかけてくる。


「僕はな、ずっと一人だったんだ」

「お、おう……」


 急にどしたの?


「僕はな、ずっとずっと一人だったんだ」

「ああ、そうなのね……」

「そうだぞ。ダンジョンクラッシャーって言われて、色んな街を転々として……」


 んん? 目がさっきより据わってる? しかもなんか声もさらに低くなってる?


「東の果てのこのウルラシオンにやって来て、やっと、やっと僕は……」

「おまえは?」

「僕はおまえに会えたっていうのに!」


 ドンッ!

 叫んで、ランが空になったジョッキを叩きつけるようにテーブルに置いた。


 おま、あの、周りの視線……。

 あのさ、視線がさ、他の客からの視線が全方位から突き刺さってくるんですよ……!

 ああああああ、聞こえる。ザワザワって音が周りから!


「――あの二人」

「――痴話ゲンカか?」

「――あれ、もしかしてグレイじゃね?」

「――女の子の方が泣きそうじゃない。可哀想」


 うわあああああああああ! 店の空気が、一色に染まっていくゥゥゥゥゥゥ!


「アムちゃん! アムちゃぁぁぁん! お酒と甘いモノ! 大至急――――!」


 女の子は甘いモノでキゲンを取れ。

 かつてクゥナから教わった秘訣だが、まさか実践する日が来ようとは!


「あの、女の人にそういうこと、よ、よくないと思います……」

「そういうことってどういうことよ! 勘違いしてないで早く持ってきてよ!」

「は、はいぃぃぃぃぃぃ~~……!」

「ゲラゲラゲラゲラ!」


 慌てて店の奥に向かうアムと、そして大笑いしながらジョッキに酒を注ぐパニ。

 何か言えよ! 止めてよ! ここあんたのお店だろォォォォォォ!


「やっと僕はおまえに会えたのに……、それなのに……」


 うぐ。ランがまだブツブツ何かを言っている。

 会話だ。そうだ。

 会話をしてこいつの気分を盛り上げれば、事態は快方に向かうはず!


「あー、俺もおまえと会えてよかったと思ってるぜ?」


 俺は顔に作り笑いを浮かべて、ランへと告げた。

 自分でも言いわけのように思えるが、言葉自体はいたって本気である。

 しかし何故か、ランはジト目でこっちを睨みつけてきた。


「だったら……」

「だったら?」

「だったら何で触ってくれなかったんだ!」

「何を!?」

「僕の胸に決まってるだろッッッッ!!!!」

「はァァァァァァァァァァァァァァ――――!!!???」


 何言ってんだこの黒ドラゴン女ッッ!!?


「やっと出会えた仲間に嫌われたくないから、僕は必死だったんだぞ!」

「ウソつけェ! おまえあのとき明らかに面白がってただろうが!」

「ウーソーじゃーなーい! 演技でもしてなきゃ、恥ずかしかったんだよ!」

「そこまで恥ずかしかったならしなきゃよかったじゃんかよー!」

「だ、だって、男の人って、そういうの好きなんでしょ……?」


 ランは頬を別の意味で赤くして、目線をそらしながら言った。


「ウブかおまえわ」

「処女だよ! 何か文句あんのかよ!」

「そういうコトをこういう場所で言うんじゃありません!?」


 ひそひそ、ひそひそ……。

 ザワザワ、ザワザワ……。


 ああ、感じる。

 店にいる全ての人間の心が今、一つになっていく。


 ――あの男、女の方にどんなプレイさせてるの?


 違うよ! そういうんじゃないよ! そういうんじゃないはずだよ!?


「ギャハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!」

「パニさんも爆笑しながら焼いてる串ひっくり返してんじゃねーぞ!!?」


 器用か!


「グレイ、グレ――イ!」

「ハイハイ、何ですかこのブラックアマ!」

「おまえ、触りたい?」

「へ?」

「……僕の胸、触りたい?」


 何で急にそんなこと言うの?

 何で急に気恥ずかしげに目をそらしてるの?

 何で急にそのクセお胸の凶器を腕で抱いて寄せてるの?


「え、あ、あの……?」

「僕はそんなに魅力はないか? おまえにとっては取るに足らないか?」

「そんなこたぁ、ねぇけどよ……」


 テーブルに身を乗り出して、ランが俺との距離を詰めてくる。

 そうなると必然、お胸の凶器は俺の前へと突き出されてしまうワケで――


「ぐぎぎ……」


 俺は必死に耐える。

 耐えるけど、え、いいの? これ触っていいの?

 グレイ君も男の子なんですよ? 二十歳前の漲るパトスの持ち主ですよ?


「おまえなら触ってもいいから」

「いや、あのな……」

「だから、僕を一人にしないでくれ」


 あ――――


「はぁ……」


 俺は、小さく息をついて手を伸ばした。

 ランが涙目のままビクっと身を震わせたが、別にお胸なんか触らんて。

 伸ばした手を手刀にして、俺はランのひたいを軽く叩く。


「バカか、おまえ。そんなこと気にしてんじゃねぇよ」

「え……」

「俺だっておまえがいなきゃ冒険できねぇんだぞ、そこはおまえと一緒だ」

「でも……」

「いいから落ち着け。それと周りを見ろ」

「周り? 周りに何が……?」


 言われて、ランは店内を見渡した。

 そして聞こえてくる声を今さらながらに聞いて、顔が一気に真っ赤になった。


「な、な、な!? ち、違う! 僕とこいつはそういうのじゃない!」

「リアクションおっせぇぇぇぇ……。どんだけ余裕なかったんだよ、おまえ」

「あぅぅぅぅ、恥ずかしい。死にたい……。お願い殺して……」

「やだよ。討伐依頼受けられなくなるだろうが」


 顔を両手で覆ってテーブルに突っ伏すランを、俺は冷たく突き放す。

 まぁ、このヨッパライもやっとこさ落ち着いてくれたようで何よりである。


 ……別に、触れなくて残念とか思ってないヨ? ホントだヨ?


 ただ、こいつの気持ちも分からなくはない。

 俺が『エインフェル』から受けたような仕打ちを、ランはこれまで何回もされてきたのだろう。

 たった一回で俺は心底死にたくなった。そんなことを何回も、か。


 よく心が折れなかったモンだ。

 それだけ強い気持ちで、ランは冒険者を続けてきたってコトか。


 正直、尊敬に値する。

 だからって、俺を繋ぎとめるために自分のお胸を使うのはどうかと思うけどさ。


「クックック、お泊りでしたら二階にお部屋を用意しますが?」

「そーゆーんじゃねーっつってんだろ!」


 パニが俺達のテーブルへ近づいてくる。

 おい、笑いが押し殺し切れてねぇぞ、ちっこいの。


「いやー、面白かったぜおまえら。今日は盛り上がったわ! 感謝感謝!」

「客をダシにして店盛り上げてんじゃねぇ!?」

「まぁ、いいじゃねーか。なぁ。あ、ところで本日のお代だがよ」

「あー、はいはい。おいくら?」


 俺は報酬が入った皮袋を出そうとして――


「こんだけ」


 パニが言ってきた金額に、皮袋を持った手が止まった。


「……え? マジ?」

「マジもマジ。大マジ。おめーら、今日どんだけ飲み食いしたと思ってんでぃ!」


 いや、そりゃそーっすけど。

 あのでも、その金額、今日の報酬のほぼ全額、なんですが……。


「ツ、ツケとかは……」

「ん?」


 パニはにこやかな笑顔で小首をかしげた。

 あ、これアカンヤツですね。


「はい、じゃあ……」

「毎度ありー♪ おい、アム! みやげ包みな!」

「う、あ、はい。パニちゃん。……グレイさん、ありがとうございました」

「はい」


 自分が出した声ながら、その声は死んでいた。

 ああ、宿。宿代どうしよう。

 俺、これからどこに住めばいいのかな。


 チラリと見やると、ランが申し訳なさそうな顔をしてこっちを見ていた。

 大丈夫。大丈夫だからね。

 これから数日間、たっぷりネチネチいびってあげるから。


「ところでよー、あんたら」

「ヘイヘイ、何ですか。近日中に路頭に迷う哀れな天才重戦士に何か御用で?」

「知らねぇよ、ンなこたァ。それよりも、あんたら仲間探してんのか」


 あー、聞かれてたか。

 そりゃあんだけ大声で話してれば、狭い店内だ。バッチリ聞かれるわな。


「うん、まぁ、そうッスけど」

「それならよ――」


 それなら?

 何だ、パニに冒険者のつてがあるのか?

 いや待て、小さいとはいえ冒険者もよく来る酒場の店主だもんな。

 魔術師の知り合いくらいいて当然か。これは思わぬ幸運か。なんて思っていると、


「アタシ達が入ってやろうか? あんたらのパーティー」


 ………………は?

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