第9話 天才重戦士、相棒を得る

「オイ、そこの御者!」


 ランが御者へと叫んだ。


「は、はい!?」


 呼ばれた御者のオッサンは哀れ、柱みたいにピシッと背筋を正す。

 これ、絶対ランが怖いからだよな。俺も怖いわ。


「馬は無事か!」

「はい、無事です! はい!」

「ならば今すぐ乗ってウルラシオンに戻れ!」

「え、でも……」

「ギルドに依頼は達成したと伝えてこい!」


 おおい!?

 何かスゲーコト言い出したぞこの女!


「あ、あの、依頼達成って……」

「標的と遭遇した。それで依頼の完遂は約束されたということだ」

「いや、しかし……」

「いいから早く馬に乗って戻れ! ワイバーンの餌になりたいのか!」

「ひっ! わ、分かりました!」


 強い調子で脅されて、御者は馬にまたがるとすぐに来た道を戻っていった。

 遠ざかるひづめの音を聞きながら、俺はランに問う。


「どういうつもりだ、コラ」

「何がだ?」

「依頼達成って何だってきいてんの!」

「ああ、それならば本当のことだぞ」

「あぁ~?」


 俺は空を見る。

 完全に俺達を獲物として認識しているワイバーンが、ゆっくり空を旋回していた。


「いるじゃん。ワイバーン」

「ああ、いるな」

「結構高く飛んでるみたいなんスけど」

「ああ、飛んでいるな」

「依頼達成してねーじゃん!」

「これからするさ」


 ランの口ぶりは余裕そのものだった。

 何なんだ、こいつ。このものスゲー余裕は一体どっから来るんだよ。


「ただな、先に謝っておくぞ。グレイ」

「何さ、いきなり」

「この後、もしかしたらおまえに迷惑をかけるかもしれない」


 ンンンン?

 言っている意味がよく分からないが、しかしどうやら話せるのもそこまでだった。


 ――ケェェェェェェェェェェェエエエエエエエ!


 ひときわやかましくワイバーンが鳴いた。

 さっきのランの雄たけびに対抗するかのようだ。あっちもやる気は十分らしい。


「全く、とんだ蛮勇だな。誰にケンカを売ったのかも分かっていないと見える」


 ランは呟くと、刃をスラリと抜き放って黒鞘を近くに放り投げた。ドスン!


 ……ドスン?


 何かな、今の音?

 黒鞘が落ちたときに響いたような――、って黒鞘が地面にめり込んでるゥ!!?


「はぁ……?」


 え、何それ怖い。鞘だけでどんだけの重さあるの、え? え??


「亜種でしかないおまえらは、私が刃を交える価値もない」


 ランの声が聞こえ、俺は彼女の方を向いた。

 膝を曲げてランはワイバーンを睨みつけていた。何をしようとしているのか。


「……オイまさか、ウソだろ?」


 ランがしようとしていることに気づいて俺は目を見開く。

 直後、彼女は俺の想像通りの行動に出た。地面を思い切り蹴って、跳躍したのだ。

 そしてランは見えなくなった。


「ウソぉん……」


 すでに次の展開は予測できていたので、空を見る。

 ランはやっぱりそこにいた。ワイバーンよりさらに高いところにまで跳んでいた。

 パワー自体もそうだけど、黒鞘といい、何ごとだよあいつのフィジカル。


「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオゥ!」


 それは、辺り一帯全てを揺るがすかのような叫びだった。

 ワイバーンのものではない。ランの咆哮だ。俺は見上げたまま身をすくませた。


 そしてグチャ、という生々しくも鈍い音が響いた。

 重力落下を利用したランの振り下ろしがワイバーンの頭を粉みじんにしたのだ。


 まるっきり馬車と同じ末路。

 頭を失った飛竜の身体が空中で大きく傾いで地面に落下する。


 その死体から散った大量の血が辺りに雨のように降った。

 俺は、それを目で追うこともできずにただただ空で起きた一場面に震えるのみ。


 ランが見せた力は間違いなく、俺が今まで見てきた中で最大最強の暴力だった。

 “ものすごいドラゴン”とかクソふざけたネーミングなのになぁ……。


 続けて二度ほど、地面が軽く揺れた。

 ワイバーンの死体とランがそれぞれ墜落と着地をしたのだ。


「スゲェな、おまえ……」


 震えそうになるのを何とかこらえて、俺はランに声をかけた。

 こいつ、これだけの強さがあるのに俺と組む必要なんてあるのだろうか。

 ふと、そんな疑問が湧いた。


 ランの実力は本物だ。

 彼女自体の才能なのか。それとも加護の影響か。

 どちらであれ、ランならば仲間を揃えれば“英雄位”にだって挑めると思う。


 同じ外位級。同じXランクであっても、一人では戦えない俺なんかとは全然違う。

 若干の悔しさも感じてしまう。だが今は置いておこう。

 とにかく、予定より全然早く依頼は終わった。さっさとウルラシオンに――


「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」

「ぎゃあ!?」


 突然の叫びに俺は驚いた。

 何だ、今の何だ? まさかワイバーンが他にいたりするのか?

 相手は一匹だってメルたんも言ってたじゃん。違うの? いるの? 増えたの?


 クッ、やはりロクさん案件。

 裏がないワケないと思ったけど敵の数が違うとかそういうのはズルいぞ!


 などと思いながら俺は周りを見る。空も見る。

 あれ、別にどこにも何にもいないけど……? じゃあ今の声は……?


「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ――――ッッ!」


 え……? ラン……?

 今叫んでたのは、ランなのか?


 気づいたところで、俺はランから言われたさっきの言葉を思い出した。

 俺に迷惑をかけるって、まさか、もしかして――


「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオウ!」

「来たァァァァァァァァァァァァァァ!!?」


 思いっきり剣構えてこっちに突進してきた――――!

 俺は驚きながらも、反射的に左手に愛用の小型盾を構えていた。


 その間に、獣の如き形相のランがあっというまに距離を詰めてくる。

 うっお! 速ェェェェェェェ!?


「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」


 全力の振り下ろしから勢いを利用しての胴回し回転蹴りってオオイ!!?

 間一髪かわしたけど、これかわせなきゃ俺の身体が消し飛んでたぞ!


 さらに今度は踏み込んでの右からの胴薙ぎ。

 しかも踏み込みも挙動も最小限で、やたら見極めにくいなこいつの攻撃!

 ってそれかわしたら勢いつけてからのバックハンドブローが俺の眼前ンンン!?


 怖い! 怖い怖い怖い! 怖いて!

 馬車とかワイバーンの末路見ちゃってるだけにさぁぁぁぁぁぁぁ!


 あ、めっちゃ鮮明に想像できた。俺の体がキレイにはじけ飛ぶところ。

 うおおおおお、こんなときだけ豊かになるんじゃねぇ、俺の想像力――――!


 なんて考えている間にも、ランは俺を狙って攻撃を重ね続ける。

 地面が揺れる。大気が焦げる。土が抉れて地形が変わる。どんだけェェェ!?


「暴れすぎだろおまえェェェェェェ!」

「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオゥ!」


 ダメだよまるで聞こえちゃいないよ!

 しかも、こいつ、だた暴れてるだけじゃねぇのが厄介すぎんだよなァァァァァ!


 さっきから攻撃が全然力任せじゃない。

 最初の振り下ろしからの回転蹴りだってそうだ。明らかに技術を駆使している。

 最小の動きで最大の効果を発揮する動き。それを完全に使いこなしていた。


 ――こいつ、戦士としての技量も飛びぬけてんぞ!?


 強いだけじゃない。すこぶる巧い。

 ほぼノーモーションで攻撃を繰り出してくるから、捉えにくいことこの上ない。

 しかもその攻撃の全てが急所狙いと来たモンだ。


 俺の喉元を狙う鋭い突き。

 それを二歩引いてかわすと、刃は押し出されたのと同じ速度で引き戻される。

 力に任せてないから振りも動きもコンパクトで鋭い。


「ケッ! ハァ、ハァ……、けど残念だったな! おまえの相手は、グハ、ハァ、ゼェ……、この俺……、天才、重戦士……、ハァ、ひぃ……」


 痛い! そろそろわき腹痛いよ! 体も重いよ! 疲れた! ちょっとタンマ!


「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオゥゥゥ!」

「タンマ! タンマ言うてるでしょ! ターンーマー!」


 追い詰められた俺が叫ぶと、刃を振り上げたところでランの動きが止まった。

 お、やっとタンマしてくれたのかな……?


「…………」


 そしてランは剣を持ちあげた体勢のまま固まって、


「申し訳ないッッッッ!」


 かーらーの、ダイナミックダイビング土下座った――――!?


「すまない! やっぱりやらかしてしまった! 本当に申し訳ない!」

「え、あ、あ、えぇぇぇぇぇぇぇぇぇ~?」


 そしてこの謝り倒しである。

 急展開だよ。急展開過ぎて超展開だよ! 何だってのサ!


「あー……」


 でもそれをとがめるだけの気力もなく、俺はふにゃりとその場に腰を下ろした。

 つ、疲れた……。


 多分、時間にすれば一分も経っちゃいない。

 精々が三十秒ってところだろうが、とにかく疲れた。全身汗まみれだぜぇ……。


「すまない、本当に!」


 ランは、まだ土下座をし続けていた。

 ロクさんのそれに比べると、こいつの方がはるかに必死な感じに見える。

 実際、必死だからだろう。本気で謝っているからだろう。


「顔、あげてくれよ」


 座り込んだまま、俺は言う。

 少しの間を置いてから、そろりそろりとランが顔を上げた。

 おまえ、顔色真っ青じゃねぇか……。


「そういう加護なんだろ」


 俺は言った。そうとしか考えられなかった。

 体力は尽きかけちゃいるが、しかしランに対して怒りは別に感じていない。


 むしろ俺は納得していた。

 この実力でどうしてXランク冒険者なんてやってるのか。


「そうだ。僕のスキルは“ものすごくいきり立つ”。ドラゴンをもたやすく屠る力を自分のものとして使える反面、一定確率で暴走してしまうリスクがあるんだ」

「――“ものすごくいきり立つ”」

「ああ」

「中身スゲェ強そうなのにスキル名が残念過ぎね?」

「言うな。……言うな」


 あ、気にしてはいたのね。

 まぁ、俺のスキルも“はぐれの恵み”だしあんま変わらんけどさ!


「とりあえず、土下座やめようぜ。なぁ?」

「……ああ。分かったよ」


 ランは俺の言葉に大人しく従って、その場に座り直した。

 しばし、俺と彼女の間に静寂が流れる。だがランは険しい顔でうつむいていた。


「おまえ、レベル幾つだ?」


 俺はランに問う。


「……39」


 オイオイ、めちゃめちゃ高ェじゃねぇか……。

 レベル39っつったらAランク寸前。Bランクでもトップランカーだぞ?


 ただ冒険者してただけじゃそんなレベルには到底なれない。

 え? 『エインフェル』? あれは例外。あいつらの成長速度がおかしいだけ。


「もしかして、ランも“英雄位”を目指してるのか」

「ああ」


 どこか誇らしげに、ランはうなずく。

 やっぱりそうなんだな。俺と同じで、こいつも“英雄位”になりたいのか。


 でなきゃレベル39なんて到底無理だ。

 ここでようやく、俺はランに対して多少の同族意識を持てたかもしれない。


 だがランは、自嘲めいた笑みを浮かべた。


「でも、僕にそれを目指す資格なんてないけどね」

「どういうことだよ、そりゃ」

「“三都のダンジョンクラッシャー”って知ってるか?」


 “三都のダンジョンクラッシャー”。

 その名前は有名だ。こんな辺境都市の冒険者である俺でも知っている。


 二年くらい前、王都近隣のダンジョンが崩壊した。

 一年くらい前、北の大都市近隣のダンジョンが崩壊した。

 半年くらい前、南の大都市近隣のダンジョンが崩壊した。


 これら三つのダンジョンを叩き壊したのが一人の冒険者であるという噂がある。

 真偽も不明だし、大抵のヤツは都市伝説としか思っちゃいないだろうけど。

 まぁ、それが“三都のダンジョンクラッシャー”の概要なんだが、


 ――まさか。


「それ、僕なんだよ」

「うっそだー……」

「マジだ」

「マジか……」


 ランのやたら低い声に、俺はひきつり笑顔になってしまう。

 今日ちょっとビックリ要素満載過ぎない? さすがにおなかいっぱいですよ?


「本気を出して戦うと、どうしても耐えきれないんだ。暴走を」

「よく元のおまえに戻れたな」

「暴走は、長くても一分くらいで収まるから……」


 待って。

 それって一分未満でダンジョンブッ壊したってこと? 三つも?


「“ものすごくいきり立つ”の力はそれだけ凄まじいんだ」

「あー……」


 周りを見て、俺はランの言葉に納得した。

 丘はえぐれ道は断たれ、地面にはデカイクレーターが幾つもできている。

 もし仮に、これが本気でないとしたら――ウン、ダンジョンでも耐えれんワケだ。


「その三回だけじゃない。僕は他に何回も、やらかしてるんだ……」


 座ったまま、ランが立てた自分の膝に自分の顔をうずめた。

 俺の方から見て、かすかにのぞいている頬は小さく、しかし確かに震えている。


「そのたびに所属してたパーティーも追放されて、さ。ハハハ……」

「殺したりは――」

「してない。でもけがはさせた。死人が出てないのも、ただ運がよかったからだ」


 ひでぇな。それが本当なら孤立だってするわ。


「それでも“英雄位”になりたいのか?」

「……なりたいさ。そのために今も冒険者を続けてるんだ」


 かすれた声で告げられた。それは心の底からの言葉のように思えた。


「でも僕には戦うことしかできない。一人じゃできないことの方が多かったよ」

「…………」


 俺は今、こいつにかつての俺を重ねようとしている。

 高みを目指し前を向いて進もうとしているのに、それができないでいるこいつに。


「でもおまえだったら、大丈夫だと思ったんだ」

「え?」


 何のことだろうか。

 ランにとって、俺の何が大丈夫なんだろうか。


「おまえの加護のことは聞いてた。だからおまえならば、僕が暴走しても無傷でいてくれるんじゃないか。大丈夫なんじゃないか、って――」

「勝手なこと言ってくれんなぁ……」

「そうだな。僕の勝手なワガママさ。自分のことしか考えてない」


 呆れた調子で言う俺に、ランはやはり自虐的につぶやくのみだった。

 こいつ、すっかり落ち込んでやがる。


「…………っはァァァァァ~~~~~~」


 はっきりとランに聞こえるようにため息をついて、俺は立ち上がった。

 それを聞いたからか、ランがビクリと震えるのが見えた。

 しょうがねぇなー、もー。


「ほら」


 俺はランの前に立って、右手を差し伸べた。

 するとランは顔をやっと顔を上げて俺の方を見返してきた。


 あ~ぁ、何だよ、そんな泣きそう顔してんじゃねぇよ……。


「掴まれよ。立たないと帰れないだろ」

「あの……」

「あー、依頼終わったはいいけど、あのワイバーンの死体どうするかなー」

「おい、グレイ……?」

「あれだけデカけりゃ素材もそれなりに採れるか? メルたんに報告するか」

「…………」

「何してんだよ、立てってば」


 さらに手を突き出すと、ランはやっとそれを掴んできた。

 引っ張ってランを立たせる。すると彼女は眉根を寄せて怪訝そうな顔をした。


「ウルラシオンまで歩きになっちまうけど、帰ろうぜ」

「でも……」

「俺、かーなり疲れてるんで、限界来たらおぶってくれると助かるッスわ」

「ごめんな、疲れさせたのは僕だ……」

「そういうのはいいから、ホント」

「そういうの、って……」

「おまえがいようといなかろうと、結局俺は疲れちまうんだよ」


 そう、残念なことに、これは俺が思い知った事実。どうしようもない現実で、


「今回のワイバーン退治だって、俺一人だったら前のミノタウロスと同じ結果になってたぜ、避けて、怖がって、疲れ果てて、万事休すってな。……おまえがいたから、依頼を完遂できたんだろ」

「でも僕は、おまえに襲いかかって……」

「当たってないから無問題。ま、俺は天才重戦士なんで? 当然ですけど?」

「いや、でも……」

「しつこいぜ、ラン・ドラグ」

「――――!」

「おまえは戦うことしかできねぇんだろ? だったら戦えよ。俺の分まで。俺は守ることしかできねぇから、おまえのことを守ってやるよ」


 唖然としてしまったランの手を、俺は強く強く握り直した。


「帰ろうぜ、相棒」

「……うん。ありがとう。相棒」


 そしてランも手にグッと力を込めて、メキャボキャゴキメキ。


「あぎゃあああああああああァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!?」

「ああああああああ! ごめんな、グレイ――――!」


 手が! 俺の手がァァァァァァァァァァァ!!?

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