第40話 王都脱出大作戦②

「それで、これから私は何をすればいいんでしょう」


 金髪のポニーテールを揺らしながらスティアさんが言う。

 今回は髪型もきちんと整えたので、背の高さや胸の大きさを気にしなければクリスちゃんと瓜二つだ。


「関所は一度でも通ると外見的特徴が記録されるのだよ。人種、髪や肌、瞳の色、体格、その他の個人を特定し得る情報など、項目はかなり細かい」


「詳しいのですね、セリアさん」


「ボクは探偵なのでな。そういった情報を閲覧したり、利用したりできる権限を与えられているのだよ」


「なるほど。では、私もその記録をもとに身分の確認されるわけですね?」


「そうなるな。だが、入出管理は王都の中心である城から一番遠い場所で行われている。つまり配置されている兵士の練度、士気はさほど高くない。よほど怪しくない限りはせいぜい瞳の色まで見て終わりなのだよ」


 だからこそ買収されやすいのだがな、と続けたセリアさんが呆れた様子で溜息を吐いた。


「では、私たちもお金を使うというのはどうでしょう。こちらを詮索せず、記録にも残さずに通してくれれば報酬を支払うと――」


「それ、ロジーならきっとダメって言いますね」


 遮るように言った私に、スティアさんが理由を尋ねるように首を傾げた。


「あ、えっと……私たち、実は一度お城の地下牢に忍び込んだことがあるんです。ロジーがわざわざ看守の人を眠らせて」


「忍び込んだことはともかく、やり方としてはいい判断ですね。城の人員は皆王の命で動いていますから、さすがのロジーさんでも騙したり脅したりはできなかったと思います」


 スティアさんの言葉に首を振る。


「いいえ、私たちが会いにいったのはあの“パッチワーカー”です。ロジーも私も関係者ですから、私たちの名前を出して事件の話を聞く必要があるとでも説明すれば、そもそも正規の手段で通れたはずなんです」


 なるほど、と頷いたセリアさんとは対照的に、再び首をひねるスティアさん。


「つまりロジーは、私たちが“パッチワーカー”に会った、という記録を残したくなかった。それって今の状況とよく似ていて、看守の人よりももっと上……お城の誰かに報告がいってしまうのを避けたんだと思います」


「理由は分かりました。それなら、余計に私たちの記録を残させないよう関所の兵を買収してしまった方がいいのでは?」


「逆なのだよ。リーシャとクリスティーナの名前で通れば“記録”もされるし“報告”もされるが、関所を通ろうとする無数の馬車――そのうちの一つに紛れ込める。ここからキミを特定するのは困難となり、仮にできたとしても時間がかかるという寸法だ」


「ああ! もしお金を渡した相手が私たちの敵だったら、その場で即報告されてしまうかもしれませんね。それに、買収しようとする者がいれば念入りに素性を確認するよう指示されている可能性もあります」


「その場で止められなくとも、金を受け取りキミたちを通してから上に報告しさらに金をもらう、というずる賢い人間に当たらない可能性も捨てきれない以上、やはり膨大な記録の中に埋もれさせてしまう方が安全なのだよ」


 大丈夫だ。

 今までロジーがやってきたことを思い出して、その意図や理由を汲み取ることができれば、私たちは先に進むことができる。

 セリアさんが「ロジーが守ってくれる」と言った意味が分かった気がした。


「ロジー……」


 明るくなり始めた空を見上げて、少しだけ歩く速度を早める。

 私たちの目的地はまだ行っていない馬車の管理所だ。顔なじみのところは全て断られてしまったので、相手を騙せるかどうか以前に門前払いも覚悟しなきゃいけない。

 そして、少しでも成功率を上げるためにも、移動中も顔が見えづらくなる暗いうちがいい。

 急がなきゃ。そんなに時間は残されてない。


「いいですかスティアさん。これからクリスちゃんになりきってもらうわけですけど、大事なのは自信です」


「自信、ですか?」


「はい、ロジーは嘘をつく時なぜかいつも自信満々なんです。嘘がバレるなんて微塵も考えない――それがさも当たり前みたいな顔で、まるで呼吸するような自然体で適当なことを言います」


「そう聞くととんだクソ野郎だが……まあ、事実だから仕方ないのだよ。……ところで、リーシャ」


 セリアさんの声に後ろを向く。

 と、2人との距離が少し空いてしまっていたことに気づいた。


「焦りすぎなのだよ」


「分かってます。でも……」


「そんな状態ではスティアよりもキミの方が怪しく見える。カシアの街へ向かう理由を問い詰められたらどう答えるつもりなのだよ。まさか、学期の只中に里帰りとは言うまいな」


 セリアさんの鋭い視線を受けて一瞬たじろぐ。

 たしかに、理由の部分については詳しく考えていなかった。

 御者の人ならともかく、関所を通るときに目的を聞かれるのは分かりきっていたことだ。

 もし今この瞬間、王都を出る理由を詳しく答えろと言われたら、私は上手くできただろうか。


「……」


 失敗していた。

 考えるまでもなく、どうすればいいか分からずしどろもどろになる私が目に浮かぶ。

 そして関所に詰めている兵士に怪しまれ、素性を細かく調べられるだろう。

 そうなれば、スティアさんが誤魔化し通せる可能性はかなり低い。

 最悪、ロジーはその時点で――


 ぶんぶんと首を振って悪い想像を頭の中から追い出す。

 そうだ、だからこそ慎重にやらなきゃ。急ぐけど、慎重に。


「……ふう」


「落ち着いたかね」


「あはは、実を言うとそんなに……」


 深呼吸してみたはいいものの、それだけで落ち着けるほど私の心は簡単にできていないようだった。

 動揺してもすぐに立て直しているロジーはやっぱりすごい。


「でも――」


 成功させなきゃ、絶対に。

 朝の冷たい空気を胸いっぱいに吸い込んでから吐き出した。


「王都脱出大作戦、開始です!」

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