第24話 平穏に焦がれる③
やってきた仮面の人間は全部で5人。
そのうちの1人は僕を連れてきた男——イベルだ。
顔を隠していても体格や歩き方、ちょっとした所作ですぐに分かった。
ちょうどいい、彼がいるなら捜査に参加できるかもしれない。
「お前か。こんなところで何をやっている」
「キーラさんの悲鳴を聞きつけてやってきた。良くない気も感じたから、急いでね」
「占い師の勘ってやつか?」
「違うよ、僕は必死で訴えかけてくる魂の声を“気”として感じられるんだ」
イベルは嘲笑するように鼻を鳴らす。
「だったらその魂とやらに聞いてくれよ。犯人はいったい誰なんだ?」
「それは分からない。彼は自分が殺された瞬間を知らないんだから」
「ずいぶんと都合のいい魂だな」
「疑うなら捜査に協力させてよ。教祖様のお役に立って自分の力を証明すると言ったからには、この程度の事件は解決してみせるさ」
「なるほど、“神託の巫女”の真似事をするというわけか」
「彼女は神様なんて不確かなものの声しか聞けないんでしょ? だったら僕の方が確実だ。僕は人間の声を聞くんだから」
「……ふん、勝手にしろ。できるというならやってみるといい」
「そのつもりだよ」
にっと口角を上げて仮面を見上げる。
イベルが唐突に手を叩くと、わらわらと集まり始めていた野次馬を3人の仮面の男たちが下がらせていく。
遺体の前に残ったのは僕とイベル、そして肩まで伸びた黒髪をポニーテールにした女性だ。
「医者の仕事も大変だね。僕にはできそうもない」
「……なぜ私が医者だと?」
「構うな、続けろ」
イベルの言葉に、仮面の女性は釈然としない様子のまま見分に取り掛かる。
まずは皮膚の状態から。
メスのような金属製の器具で焦げた表皮をボロボロと剥がしていく。
これでどのくらい燃えていたかがだいたい分かる。
「どうした、顔色が良くないぞ」
「……っ、そりゃあこんなの見てればね。澄んだ気を取り込んでくるから、悪いけど何か分かったら教えてくれる?」
「ったく、口ほどにもない」
一度遺体から離れ、胸に手をあてて深呼吸をする。
僕もまだまだだ。
自分の体くらい完全に制御できると思っていたのに、手の震えが止まってくれない。
「ふう……」
これについては仕方ない。
人間にはできることとできないことがある。
努力や我慢でどうにかなるものでもなく、根本的な向き不向きの話だ。
そういう意味で、僕に遺体解剖の立ち会いは向いていなかった。
そこは素直に認めて、別の要素で補うとしよう。
「——よし」
混ざり合う雑多な音の中から目的の音だけを聞き分けられるリーシャのような能力は僕には無い。
でも、読唇術と思考処理の合わせ技で似たようなことはできる。
視覚と聴覚の受容に割く意識の比重を高めていく。
集まった群衆の会話に集中。
視覚は視界内数人の口元に注目、聴覚は喧騒全体に範囲を広げる。
口の動きと最も適合する会話を拾い、その他の雑音を排除。
クリアな音声として脳に認識させるんだ。
『誰があんなこと……』
『この村で殺人が起きたのは半年ぶりか? それにしたって酷えことしやがる』
違う。
欲しい情報は感想じゃない。
『死んだのはオル・ロットだって』
『真面目な好青年だったろ。焼き殺すほど恨んでたヤツなんていたか?』
『たしかキーラが気になるとか言ってたよな。振り向いてもらえないから殺したとか?』
ありえなくもないけどこれも違う。
キーラの見せていた必死とも言える感情は間違いなく本物だった。
彼女が殺していたとしたらああはならない。
『噂じゃ村から逃げ出そうとしてたらしい。誰かと逃亡計画を立ててたって話だ』
『教祖様の元を離れようだなんて、粛清されて当然よ。ああやって調べてるけど、実際は“ムスケル”が直接動いたのかもしれないわね』
……見つけた。
恐らくこれが動機の部分だ。
なるほど、許可無く村を抜け出そうとすれば殺されることもあるということか。
そして“ムスケル”という名前——話の流れから察するに、あの仮面の連中の呼び名なのだろう。
「ねえ、彼を殺したのって君たち?」
「あ?」
イベルが顔を上げてこちらを見た。
表情は仮面で覆い隠されているものの、息遣いや全身に起こる微妙な反応である程度の情報は読み取れる。
「理由が無いって顔だね。とすると、オルが村から逃げようとしてたことも知らない?」
「ちょっと待て、いったい何の話だそりゃ」
「気の入れ替えをしてたらオルの声も入ってきたんだ。自分が殺されたのは逃亡を企てたからかもって」
「……ちっ」
舌打ちしながらイベルが頭を掻く。
その人間臭い所作に小さな笑いが漏れた。
「いいや、俺たちは殺っちゃいねえ。見せしめにするにしたって、こんなやり方してたらいつか村人の不満を封じ込めきれなくなるからな」
「へえ、意外にちゃんと考えてるんだね」
「うるせえ。で、他には何か分かったのか」
「今度はそっちで分かったことを教えてよ。情報は魂の記憶を呼び起こす触媒になるんだ」
イベルが仮面の女性の肩を叩く。
「あ、はい」
「今分かってることを教えてやれ」
「……いいのですか?」
「こいつは有益な情報を寄越した。次に繋がる可能性があるならやらせてみようじゃねえか」
「分かりました」
手の煤を払いながら女性が立ち上がる。
足元には大きい桶と小さい桶が1つずつ。証拠品入れだろうか。
「それは?」
「焼け残った木片です。大きいものは仮面で、小さいものは教団のエンブレムのようでした」
「仮面? つまりオルは君たちの仲間?」
「ああ、お前は1回森で話したろ」
……ふむ、なるほど。
あの時よろめいた僕を支えてくれた人か。
「続けますね。燃焼時間はそこまで長くないですが、油がかかっていたためかなり強い火で燃えていたと推測できます」
採取された油が小瓶に詰められていた。
色は薄黄色。
この辺の見立ては僕と同じだ。
「特に上半身の焼け方が酷く顔は判別できません。キーラの証言に加え、私たちの方でも連絡がつかなくなっていることから、彼はオル・ロットで間違いないと判断します」
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