第10話 出会うべくして②

 店内の喧騒もそこそこ落ち着いてきた頃。

 今日は早めに切り上げようとラストオーダーを聞いて回ろうとしたタイミングで、2人組の男女がドアベルを鳴らした


 男の方はいかにも冒険者という装い。

 長身で細身、立ち振る舞いから大人っぽい雰囲気を滲ませつつも、どこか頼りなさの残る幼い顔立ちが印象的だ。

 女の方は白いフード付きの外套で顔を隠している。

 隣の男性との比較で小さく見えるものの、平均から見れば背は高い方だろう。


「いらっしゃいませー!」


 リーシャの快活な声で現実に引き戻される。

 いけないな。先日のスティアの一件があったせいで、フードをかぶった人間を見ると警戒するようになってしまった。

 もう夜は随分と冷え込むような季節だ。

 きっと寒さ対策にかぶっていただけだろう。


「2名様ですね。えっと……すみません、そろそろ閉店の時間なので慌ただしくなっちゃうと思いますが、それでもいいですか?」


「えっ……あ、ああいや! そんなに長居はしないよ、軽く飲んだらすぐに出る」


「分かりました! もうほとんどお客さんもいないので、お好きな席にどうぞ!」


 男が受け答えをして、店内を何度か見回してからカウンター席の一番端に座った。

 はあ、と人知れず溜息を吐く。

 寒さ対策だなんて、我ながら希望的観測もいいところだったか。


「お、ここのバーテンは随分と若いんだな」


 本心からの驚きが半分、もう半分は普通の客を装おうという演技だ。

 目線は僕を見ているようで焦点は別の場所、肩に力が入りすぎていて、重心が下がりいつでも腰の剣に手を伸ばせる姿勢、店内にいる全員から隣の女性を隠すような位置に陣取っている。

 一言で言えば、人目を気にして警戒している。

 もはや一目瞭然だ。これなら僕でなくても分かるかもしれない。


 さて、この状況はどうするべきか。

 彼の言う通りただ飲みに来ただけというなら苦労はしない。

 そうであってくれることを願うばかりだけど、一応種は仕込んでおくとしよう。


「はは、よく言われます。僕は代理みたいなものなんですよ。先代がとある事情でここに立てなくなってしまったので」


「その若さでか、すごいな。これは美味い酒が飲めそうだ」 


「お口に合えば僕も嬉しいです。ご注文は?」


 壁のメニューボードを指差すと2人の視線が移る。

 その一瞬、フードの女の横顔がちらりと見えた。

 切れ長の目と高い鼻、固く結ばれた薄い唇。顔立ちを見る限り年齢的には男とそう変わらないくらいだろう。

 そして横を向いたからこそ気づく、ちょうど耳の位置にある不自然な膨らみ。

 ……なるほど、そういうことか。


「そうだな、オススメは何だろう。ここでしか飲めない酒なんかがあるといい」


「でしたら良いものが。少々お待ちを」


 前もって仕込んでおいた琥珀色の液体を鍋に移し、調理用の魔導具の上に乗せ火にかける。

 理屈自体はバーベキューなんかで使われるガスコンロと同じだ。

 当然、これはガスではなく込めた魔力を燃料に使うものだけど。


「いい匂いがしてきた、これはリンゴか?」


 香りづけのスパイスを入れていると、男が鼻を鳴らしてそう言った。

 心なしか先ほどよりも表情が柔らかくなっているように見える。


「ええ、リンゴジュースにお酒とスパイスを混ぜて作ったものです。外は寒かったでしょうから、体が温まりますよ」


「そいつは助かる、楽しみだな」


 と、男が不意にびくりと肩を上げ、申し訳なさそうに女性の方を見る。

 テーブルの下で何があったかは想像に難くない。


「お待たせしました、どうぞ」


 軽く沸騰してきたところでカップに移し、2人の前に差し出す。

 甘い香りと湯気の立ち上る様を見て、終始気を張っていたフードの女性がごくりと喉を鳴らすのが分かった。


「リーシャ、残ってるお客さんにラストオーダー聞いてくれる?」


「あ、はい!」


 男の視線がリーシャの方を向く。

 慣れた様子で注文を取っていくリーシャと、同じく慣れた様子で応対する客を興味深そうに見ていた。


「気になりますか?」


「え、あっ、いやっ! そ、それは――」


「いいんですよ、銀髪エルフがどう見られているかは知っているつもりです」


「……彼女がここで働いているのは、その……店主の意向なのかい?」


 食いついてきたか。


「そうですね。最初はリーシャを見て帰ってしまう人やコソコソ悪口を言う人もいましたけど、今はこの通りです。結局、差別は未知への恐怖が原因で起こるものなんだ――と、聞いています」


 そんな話をしているとリーシャが小走りでこちらにやってくる。


「あの、来ていただいて早々すみません。最後にご注文があれば伺いますね」


「……大丈夫よ、ありがとう」


 と、そこで初めてフードの女が口を開いた。

 そしてゆっくりと手を伸ばし、まるで自分の子供にするような優しい手つきでリーシャの頭を撫でた。

 この人……いや、まさかな。さすがに考えすぎだ。


「あっ、あの……ごめんなさい。お触り? は別料金になっていて……」


「ご、ごほん!」


 遮るように咳払いをすると2人の怪訝そうな目が僕に向けられる。

 違うんだ、聞いてくれ。

 セクハラ対策に教えた言葉のはずが、リーシャが言うとなぜかイリーガルな感じになってしまうんだ。

 クリスティーナが腕を捻りながら言えばちゃんと脅し文句になるんだよ、信じてほしい。


「……リーシャ、ありがとう。注文があれば早いところ厨房に伝えてあげて」


「は、はい! では、失礼しますっ」


 リーシャが頭を下げて厨房へと消える。

 はあ、と溜息を吐くと正面からくすりと忍び笑いが聞こえた。


「これ、いただくわね」


 落ち着いた声色に少しの安らぎを覚えつつ、僕は笑顔を返すのだった。

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