第40話 追想④
エルザは語った。
夫カイルと出会い、交流を重ねて交際に至り、そして結婚するまでの様々な出来事を。
声を震わせ、時折目頭をおさえ、涙をこらえるように天井を見上げながら。
けれど、楽しかった思い出を話す時の、懐かしさで綻んだ顔は心の底から幸せそうに見えた。
「……特別なことなんて、何一つ無い」
「え?」
ふと口をついた言葉に、エルザが驚いたように僕を見た。
「いえ、決して悪い意味ではありませんよ。劇的な出来事があったわけでも、特別な体験があったわけでもない。それでも、カイルさんにとっては幸せな人生だったんだなって思っただけです」
すんなりと動いた自分の口に少しだけ驚く。
相手を上機嫌にさせて情報を引き出しやすくしようという意図があったわけじゃない。
紛れもなく、僕の本心から出た言葉だった。
「ありがとう、そう言ってもらえると嬉しいわ」
はにかんだように笑うエルザを見て、これから自分がやろうとしていることに嫌悪する。
そして、こんな状況でさえこれっぽっちも痛まない自分の心根を軽蔑する。
けれど、それでいい。
断言しよう。僕は悪だ。
行動を正当化することで罪悪感を薄め、自分を誤魔化しながら生きる善人になりたくはない。
ふう、と1つ嘆息しながら目を閉じた。
シミュレーションは十分――顔も知らないあなたの声を借りますよ、カイルさん。
「シッ、少し静かに」
虚空を睨みながら口元に指をあてた。
聞こえるはずもないその声に意識を集中させるように、僕は体の動きを止めて耳をそばだてる。
そして、弾かれるように顔を向けたその先に、それはあった。
「カイルさんがこれを指差して何か言っています」
リーシャとセリア、そしてエルザが僕の視線を追いかける。
そこにあったのは木でできたアクセサリケースだ。
金色のピアスが2つ細い木の棒に吊るされ保管されている。
「エルザさん……じゃない、もっと昔から繋がりのある親密な誰かからの贈り物だ。そう、家族とか」
「ええ、森を出る時に父からもらったものだと言っていたわ」
「手に取ってみてもいいですか?」
「もちろん、カイルの声を聞かせて!」
形状はリング、耳に穴を空けてそこに通すタイプだ。
表面には見たことの無い模様が掘られていた。
念を込めるように目を閉じ、ピアスを撫でる。
しばらく集中する素振りを見せ、勿体ぶるように何度か口を開け閉めした。
「……あり、がとう? お礼を言っています、あなたに」
「お礼? どうしてかしら、お礼を言われることなんて……」
しばらく考えてからはっと息を飲むエルザ。
心当たりがあったのだろう。
つまり、僕の読みが当たっていたという意味でもある。
「聞かせてください。なぜカイルさんはあなたにお礼を?」
こくりと頷くエルザ。
何拍か間を置いて、震える声で話し始める。
「カイルはある事件に巻き込まれて殺されたの。皆くらいの歳なら知らないかも――」
「“パッチワーカー”」
憎しみの籠った声で言ったのはセリアだった。
「よ、よく知ってるわね、セリアちゃん。その通りよ」
「当然なのだよ。ボクは、当時“パッチワーカー”として処刑されたアレク・ノーレントの娘なのだから」
エルザのブルーの瞳が限界まで見開かれる。
リーシャに一瞬だけアイコンタクトを取ると、全てを察したように軽く頷いてくれた。
「聞いてください、エルザさん。僕は、僕たちの出会いは偶然なんかじゃなかったと感じています。“パッチワーカー”の被害者であるカイルさん、そして“パッチワーカー”の娘であるセリア――この2人が今この場にいる意味、きっと何かがあるはずだと」
「……意味? 意味なんて」
「正直に言いましょう。先程はセリアを助手と紹介しましたが、本当は7年前の真相を暴いてほしいと僕に依頼してきた依頼主なんです」
「真相も何も、あれは――」
「でも、セリアはそう思っていません。自分の父親がそんなことをする理由が無いと信じています。その調査をするべく街を歩いていたところ、僕とカイルさんは出会いました。果たしてこれは偶然でしょうか」
問いを投げかけると、エルザはよろよろと覚束ない足取りで立ち上がった。
と、セリアとエルザの間にリーシャが割って立つ。
「エルザさん、お願いです。座って話を聞いてください」
「……どいてくれないかしら、リーシャちゃん。あの子が“パッチワーカー”の娘だというなら、私には復讐する権利があるはずだもの。ああ、カイルが私たちを引き合わせてくれたのね、きっとそうよ。これがあなたたちとカイルが出会った意味だわ」
豹変するエルザを前に、僕はやっぱりこうなるかと溜息を吐いた。
話せば想いはきっと通じるはず、なんてのは甘い考えだ。
僕は復讐を否定しない。
意味なんて無かろうと、やり場のない憤りには捌け口を求めるのが人間だ。
そして、誰もがそれを正当化したい。
自分にはその権利があるはずだと、直接的には無関係な相手であってもその手の鉄槌を振るいたいんだ。
「仕方ない、次に行こう」
逃げるよ、と続けようとした。
帽子を取ったリーシャの姿を見るまでは。
「あ、あなた……その髪、エルフで、銀色の……」
しどろもどろになっているエルザをリーシャが真正面から見据える。
「カイルさんがエルフの森から出てきたのなら、聞いたことがあるんじゃないですか? エルフの森で産まれた、銀髪のエルフのこと」
「リーシャ、何を――」
リーシャが肩越しにこちらを見ていた。
その優しげな笑みに、僕は二の句を告げなくなる。
「そして、その子が森でどんな目に遭っていたかも聞いたはずです。そうですね?」
「……カイルから聞いたわ。子供の、それも女の子に対する仕打ちじゃなかったって」
無意識のうちに握りしめようとしていた拳の中に、金色のピアスがあることに気づいた。
「だったら、私にだってエルザさんに復讐する権利がありますよね」
抱えた帽子を足元に置いて、リーシャが構える。
エルザは腰が引けたように何歩か後ずさると、何かに足を引っかけたのかそのまま尻もちをついた。
「そんな、私は何も……」
あ、と蚊の鳴くような声を漏らしたエルザを見て、リーシャが息を吐きながら構えを解く。
そしてエルザに歩み寄り膝をつくと、怯える彼女を正面から抱き寄せた。
「そうです、私に起きた出来事にエルザさんが関係無いように、カイルさんに起きた出来事にセリアさんは関係ありません。だから、まずはお話ししてみましょう。復讐を考えるのは、きっとそれからでも遅くないはずですよ」
はあ、と気の抜けた溜息が出る。
まずはお話ししてみましょう、か。
リーシャに合図したのは、いざという時に僕らを守れ、くらいの意味だったんだけどな。
何だかリーシャが少しだけ遠い存在に見えて、僕の心に木枯らしのような寂しさが渦を巻いた。
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