第21話 これだから金持ちは

 さて、仕込みは済んだ。

 後は仕掛けるタイミングだけど……


「……まったく、これだから金持ちは」


 心底呆れ果て、嘆息しながら天井を見上げた。


 リーシャの逆転勝利に一頻り湧いた後、始まったのは敗者への罵倒だ。

 分かりやすいというか何というか。

 その大半がクリスティーナの出自に対するもので、正直言って聞くに堪えない。


 これまでの様子を見る限り、彼女がここで受験生の相手をするのも今日が初めてではないだろう。

 相手が受験生ということも含めると、オッズは相当彼女に傾いたものになっていたはずだ。


 勝てば賞賛、負ければ罵倒。

 賭け試合である以上当たり前ではあるけれど、気分が良いかと聞かれれば答えるまでもない。


 どうするべきか。

 今回の作戦にギャラリーは居ても居なくても関係ない。

 無視して進めてもいいんだけど……


「……」


 まあ、そうだよね。

 その縋るような空色の瞳に僕は思わず苦笑する。


 君のその真っ直ぐで純粋な善意が、ただの嘘つきであろうとする僕を許さない。

 大丈夫、分かってるよ。


 軽く微笑んでみせるとリーシャの表情が一気に明るくなる。

 それじゃ、迅速かつシンプルにいこうか。


「ユーリ、ちょっと」


 瞬く間に一変した会場の雰囲気に、ただただ呆気に取られていたユーリの肩を叩きその耳元で2,3言囁く。

 僕の誘導で眼下のリーシャと目を合わせたユーリは、やがてその瞳に強い意思の色を浮かべると深く頷いた。


「ルクル、君は待機だ。不愉快なのは分かるけど、爆発せずにセリアと並んでここにいて」


「は? え、ええ、不愉快ではありますが……って、ちょ、ちょっとお待ちなさい! ロジーには聞きたいことが——」


 ルクルの返事を待たず、先に駆け出したユーリとは逆方向に歩いていく。


 お目当は近くに座っていた生徒の1人。

 クリスティーナに罵声を浴びせるのに夢中になっていた彼は、僕が真隣に並ぶまでこちらに気づかずにいた。


「あ? なんだ?」


 怪訝そうな目。

 その内側に隠しきれない怒りが浮かんでいるのを見ると、クリスティーナの勝ちを確信して大金を賭けていた口だろう。


 マヌケめ。

 負けることがありえるからこそのギャンブルだろうに。

 思わず嘲笑しそうになるのをぐっとこらえ、僕は口を開いた。


「よせよ、僕は敵じゃない。あれ見て」


 目線だけでルクルとセリアを示してやると、彼はギョッとした表情で肩を跳ねさせた。

 その肩に腕を回すと、耳元で小さく囁く。


「グレンドレックのやつ、友達の試験を見にきたフリしてここを探ってたんだ。今は僕たちがボロを出すのを待ってる。探偵まで連れてきて、あれは本気だね」


「おいおいマジかよ、冗談だろ。大金スった挙句生活指導行きじゃねえか、勘弁してくれよ……」


 あわあわと狼狽える男子の背中を強めに叩く。


「落ち着けって、僕だって入学前にこんな場所に出入りしてるのがバレたらマズいんだ。だから、ここから安全に逃げるために協力者を探してる」


「……安全に逃げる? そんなことできんのか?」


「今のところ気づいてるのは僕らだけだ、コソコソ逃げ出したら返って目立つ」


「ダメじゃねえか!」


「いや、2人で逃げ出すから目立つんだ。だったら1つ騒動を起こして、それに乗じて脱出すればいい。グレンドレックが居ると煽って、周囲の観客を出口に殺到させるんだ」


 男子の目に光が宿る。


「なるほど! 俺らでアホどもを煽って回って、そっちにグレンドレックの目がいった隙にトンズラこくわけだな! お前天才か!?」


「そこに気づく君も流石だよ、僕の目に狂いは無かった」


「俺はギリだ、苗字は無え。無事に逃げられたら仲良くやろうぜ!」


「よろしくギリ、というわけで頼んだよ。君は向こう、僕は反対側だ」


 ギリと握手を交わし別れる。

 さて、ユーリの方も上手くやってくれてるといいんだけど。


 ルクルの元に戻った僕はイスに座って周囲の様子を観察する。

 耳元でギャーギャー騒がしいルクルはひとまず無視だ。


 効果が現れたのはユーリが戻ってきてから数分後。

 ボリュームを絞るように喧騒が小さくなるのに加え、ある程度バラけていた観客たちがいくつかの団子を形成し始めた。


 予想通りの展開、後はここに火種があれば――


「お前今押しやがったな!? 僕のパパは役人なんだぞ!? こんなこと許されると思ってるのかっ!」


「はあ!? 俺の親父は魔導具開発の主任だ! お前誰のおかげで便利な暮らしができてると思ってんだ!」


 そんな怒声を皮切りに、あちこちの集団で揉め事が起こり始める。

 それは大きなうねりとなって会場に伝播し、もはや誰一人としてクリスティーナに文句を言う人間はいない。


 思惑通り、完璧だ。

 君ならやってくれると思ったよ、ギリ。


 クリスティーナへの嫉妬と憎悪は、同じ境遇ながら彼女に遠く及ばない羨望の裏返しだ。

 金持ちが憎いくせに何もできない自分に無力感を抱いてる。

 だからこそ、君は誰よりも金持ちの操り方を分かってるだろう。


 そして僕らは、こう思う。


「これだから金持ちは」

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