第18話 厄介事は出会いと共に③
事前に仕入れていた情報によれば、試験内容は面接と筆記、そして実技の3工程。
実技と言っても指定された魔導具を使って問題を解くようなものと思っていたから、試験会場と聞いて僕が想像したのは空き教室だった。
「意外かね?」
苦い顔をする僕を見てセリアが言う。
当たり前だよ、と返しながら溜息を吐いた。
僕らが訪れたのは渡り廊下を通った先の別館。
前世で言えばちょうど体育館にあたるような施設だ。
扉の前には監督官と思われる男性教師が2人。
中から音が聞こえてこないところを見ると、“ラスティソード”のように魔法的な防音を施しているのかもしれない。
「今は試験中だ、生徒の立ち入りは禁止だよ」
予想通りとも言える反応にセリアへ目配せする。
「失礼」
例のチョーク型の魔導具を抜いたセリアが、2人の教師の手首に滑らせた。
「うおっ!?」
「またお前かノーレント!」
また、と言うからにはよくあることなんだろう。
魔導具を避けようと咄嗟に払った腕をすり抜け、狙った部位をしっかりと捉えているあたりセリアも慣れたものだ。
「失礼と言ったのだよ」
それは謝罪であって免罪符じゃないよ。
忌々しげにセリアを睨む2人の教師に苦笑しながら、一歩前に出て口を開く。
「僕はロジー・ミスティリアといいます。中で試験を受けてるリーシャ・ミスティリアの関係者で、どうなってるか様子を見に来たんですけど……」
「悪いが試験が始まったら誰も入れない決まりだ。関係者ならどうして前もって入っておかなかった?」
怪しいところや嘘をついてる気配は……少なくとも見受けられない。
ただ、この2人が僕を襲った犯人と繋がりが無いとも言いきれないのが現状だ。
とにかく中に入らないことには何も解決しない。
リーシャに何かあるとすれば、まず間違いなくこの試験中だろうしね。
さて、と呟いて観察を始める。
左の男の指には結婚指輪が見えることから、こっちを既婚の男。
身に着けているアクセサリからもう一方をブレスレットの男と呼ぼう。
2人とも学内で教師が着ている共通のローブ姿、ほつれや色あせなどの経年劣化が見て取れることから使い始めて結構長い。
2年か3年、もしかしたらそれ以上。
そして既婚の男の方のポケットに不自然な盛り上がりが見える。
年配の教師の方が豪華なローブであるということを考えると、2人は階級的に下の方だ。
まだ若く見えるし、給料もそこまで高くないだろう。
けれど、既婚の男の指にある結婚指輪や、もう一方の男のブレスレットはかなりの高級品のように見える。
ブレスレットには擦れや傷が無いところを見ると買ったのはつい最近。
ローブを買い換える余裕が無いほどの安月給で、ポンと気楽に買えるようなものとも思えない。
推測。
外見やアクセサリーにお金をかけるような人間が制服を新調しないのは、給料の低さが理由で職務を軽視していて、現状に不満を持っているから。
なのに、なぜか定期的に高価な買い物ができるだけのまとまった臨時収入がある。
それはきっと賞与のような正規の給料ではないだろう。
これらを今の状況と照らし合わせると――
「で、魔導具をあててみた結果は?」
「反応無し。彼らは無関係のようだ」
「うん、まあそうだろうね」
軽く返しつつセリアの腕を肘で小突く。
血のように赤い瞳が僕を見上げた。
「ねえ、金貨持ってない? 2人に見えないようこっそり1枚貸してほしいんだけど」
小声で囁くとセリアの眉間が微かに寄る。
間近で見ればちゃんと表情あるんだ、なんてことを思いながら、後ろ手に差し出された金貨を受け取った。
倍にして返すよ、とウインクをして2人組の教師の前に歩み寄る。
「ところで先生方、これなーんだ」
指で弾いた金貨が宙を舞う。
それはくるくると回転しながら一瞬空中に留まり、やがて重力に引かれ僕の人差し指と中指の間に収まった。
「っ!」
既婚の教師が半ば無意識にポケットを叩く。
チャリ、という結構な量の硬貨が擦れ合う音に、僕は不敵な笑みを浮かべた。
「ずいぶんと盛況なようだね。入場料だけでそんなに取れるなんて」
「なっ!?」
男の露骨な反応に、セリアが感心したように僕を見た。
「そりゃあそうか、銀髪エルフなんてそうそうお目にかかれる機会は無い。それだけでも価値があるのに、それが賭けの対象ともなれば最高のエンターテイメントだ」
「い、いったい何の話だか……」
「とぼけなくてもいいよ。生徒相手に試験官と受験生、どっちが勝つかのギャンブルをやってるんでしょ? ちょっと前の受験シーズンではいい思いしたみたいだね。胴元は試験官? それとももっと上の人かな」
2人の喉が同時に動く。
「あ、そうそう。グレンドレック子爵様の孫娘に取り入った次期入学者の噂は聞いた?」
「え、あ、ああ、それなら知ってるぞ。食堂で腕を組んでたって、確かロジーとかいう名前の……っ!?」
にこやかに手を振って見せる。
「い、いやっ、これは! そ、その……!」
完全に腰が引けている。
今にも逃げ出しそうな2人の間に歩いていくと、その肩に腕をかけた。
「安心してよ、僕は案外話の分かるやつだ」
声のトーンを落とし、2人の目を交互に見つめる。
「な、何が望みだ?」
「最初に言ったはずだよ、僕は中に入りたいだけだ。それと、子爵様にお話しするかどうかは君たちの“お気持ち”次第ってところかな」
既婚の男に手のひらを差し出し、にっこりと微笑む。
すると、ガタガタと小刻みに震える手で一掴みの金貨が乗せられた。
「毎度」
放心したままのブレスレットの男を扉に向かせ背中を押す。
次は君の番だ、と耳元で囁くと、男は裏返った声で返事をした。
それから固く閉ざされていた扉に鍵を差し込み、まるで高級店のドアボーイのような所作で僕らを招く。
「セリア」
駆け足で寄ってきたセリアが隣に並ぶ。
キミもやるじゃないか、とこれまでで一番の笑顔でそう言った。
「そうだ、さっき借りた金貨と依頼料。これで足りる?」
左手で握っていた金貨の山をそのままセリアに渡す。
「……まったく、抜け目ない男なのだよ」
貴重な笑顔がたちまち崩れ去る。
心底呆れ果てたように言って、僕の脇腹を肘で突くセリアだった。
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