第17話 厄介事は出会いと共に②

「これからどこへ?」


 意外にも早足で歩くセリアの隣に並ぶ。

 その小柄な背丈のせいか、一歩一歩の歩幅が小さいので早歩きのようになっていた。


「共用魔導具の保管庫、昏倒効果のある魔導具を調べるのだよ。キミの部屋にあった反応と合致するものがあれば持ち出し履歴で解決、無ければ持ち出し中の誰かが犯人というわけだ」


「……そう上手くいくかな」


 そう言うと、セリアはまるでスイッチを切ったロボットのようにその場でピタリと立ち止まる。

 感情の希薄な瞳がじっとこちらを見ていた。


「僕の部屋には偽装工作の跡があった。多分リーシャたちがここを離れた後に忍び込んで、書き置きの可能性がある紙を全て処分したんだ」


 万が一僕が途中で目覚めた場合、状況判断を少しでも遅らせるためだろう。

 それだけ入念な相手が、まさか足のつくような魔導具を使っているとも思えない。

 今回はたまたま鍵のおかげでその可能性に行き着いたわけだけど、そうでなければ状況を理解しないままリーシャの元へ急ぐハメになっていた。


「その根拠は?」


「上着に入れてた紙片がなくなってる。手で破ったものだったから急いで残したメモに見えなくもない。犯人が勘違いして持っていったのかも」


「はあ。キミ、それをもっと早く言いたまえよ」


 いや、君がこっちの話を聞こうとしてなかったからなんだけどね。


 セリアは踵を返しまたもや足早に歩きだした。

 つかつかと歩く小さな背中に、小走りで追いつき横に並ぶ。


「今度はどこへ?」


「試験会場」


「リーシャの?」


「他にどこがあるのだよ」


 まるで会話を拒むかのような必要最低限の返答に、僕は小さく鼻を鳴らす。

 それがお気に召したのか、セリアは前を向いたまま僅かに目を細めた。


「安心、安堵の表情だね。僕が呆れたような反応を見せたから?」


「会話はあくまでも依頼人へのサービスなのだよ。だが、悪態をついてみせれば自然と会話は少なくなるだろう? つまりボクの仕事が減る」


 なるほどね、と苦笑しながら呟く。


 少し話をしてみて分かったことがある。

 セリアは別に、人付き合いが苦手なわけでも、その方法が分かっていないわけでもない。

 意図して相手を不愉快にさせ、自分から遠ざけようとしているんだ。

 その理由は……まあ、予想するのはそれほど難しくないし、ルクルあたりに聞けば分かることだろう。


「……まったく、不愉快な男なのだよ」


 思考を巡らせていると、セリアが一際大きな溜め息と共にぽつりと漏らす。


「ん、何で?」


「頭の中を覗かれて不快に思わない人間がいるとでも?」


 不快さを微塵も感じさせない無表情でセリアが言った。

 それならそうと、もっと嫌そうな顔でもすればいいのに。


 不意に芽生えた悪戯心に、僕は口の端をつりあげた。


「それが分かるということは、君の方こそ僕の頭を覗いてるんじゃないの?」


「ほう、覗きを認めるのかね?」


 肩を竦める。


「君が僕の頭を覗かない限り、僕が君の頭を覗いたとは証明できない。つまり、僕らは加害者であり被害者でもある。ほら、立場は対等でしょ?」


 ちら、とこちらに向けられる視線。

 それはどこか懐かしいものをみるようで、ほんの少しだけ楽しげに見えた。


「……鶏が先か卵が先かというわけか。よく回る舌なのだよ」


「その魔導具が君の商売道具なように、これが僕の商売道具だからね」


 そう言って笑って見せると、セリアは慌てたように視線を正面へ戻す。

 どうかした? とからかおうとして、やめた。


「セリア、ところで試験会場まで行って何を?」


 仕切り直すように咳払いを一つしてから口を開く。

 ようやく真面目に話をする気になったか、とでも言いたげな視線が僕を射抜いた。


「キミに魔導具の痕跡が残っていたように、使用者の手や体にも魔導具由来の魔力が残留している。それを――」


「……待った。まさか疑いのある人間に片っ端からさっきの魔導具を試すつもり?」


「魔導学園に籍を置く者が学外の人間へ魔導具を行使することは重罪なのだよ。犯人を見つけ出すためなら手段を選ぶ必要は無い」


 そういうことか、と顔を歪めながら頭を掻く。

 セリアが他人を遠ざけようとする理由はこれだ。


 そりゃあ正義を成すという視点で見れば間違ってはいないけど、疑われる側からしてみればたまったものじゃない。

 どうせ不信感を抱かれるなら、いっそ最初からというわけか。


 ある意味では究極の自己犠牲だろう。

 自分を鼻つまみ者にしてでも正義を成そうなんて、何だかどこかで聞いたような話だ。


「まったく……!」


 嘆息しながら前を向く。

 ルクルのやつ、厄介事の渦中にもっと厄介なものを投げ込んでくれたものだ。


 普段の3割り増しくらいで頭を回しながら、リーシャのいる試験会場へ歩みを進めていく僕だった。

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