第62話 ミスティリア
広間の隅、壁に背中を預けながら慌ただしく駆け回る領主配下の人たちを見ていた。
僕らの仕事はアランの計画を暴くまで。
色々なことがあったけど、終わってみれば気楽なものだ。
「カリーナ様、確認取れました。別館地下の武器と魔導具ですが、王都に事前申告された記録はありませんでした」
「ありがとう。宰相アランを反逆罪の容疑で王都へ移送します、準備を」
「はっ」
カリーナの部下の男が敬礼をして去った直後、入れ替わるように見知った人間が広間に現れた。
「ハーグレイブ卿、この度はご足労いただきありがとうございます」
「堅苦しいのはよせといつも言ってるだろ、カリーナ」
男は深々とお辞儀をするカリーナにひらひらと手を振った。
目の眩むような金髪と深紅の瞳、今回の件の依頼人――レナード・ハーグレイブだ。
向こうもこちらに気づいたのか、人好きする笑顔を向けられる。
「ようロジー、1ヵ月ぶりだな」
こちらに歩み寄ってくるレナードに軽く手を上げて挨拶する。
隣のリーシャが露骨に嫌そうな顔をした。
「もしかして俺、歓迎されてない?」
「初対面からね」
軽くショックを受けているレナードに苦笑する。
「君のおかげで色々苦労したよ」
「だろうな。でも、俺は王都が介入できるだけの情報を集めてくれと言っただけで、解決してくれとまでは頼んでない」
だが、と続け、レナードは大きな手のひらを僕に差し出した。
「本当によくやってくれた」
その手と顔を交互に見る。
レナードがこの領にどんな思い入れを持っていたのかは分からない。
けれど、表情には安堵と郷愁の色が浮かんでいる。
どうやら、単に騎士としての責務から心を砕いていた、というわけでもなさそうだ。
「善意には礼を、労働には対価を――」
「うん?」
きょとんとした顔をするレナードの手を握る。
「お礼は期待させてもらうよ、ハーグレイブ卿?」
「っ、このガキっ……!」
手を振り払い逃げようとするレナードの腕を掴む。
手は握った後だ、逃がしはしない。
「やけに素直に応じたと思ったら、やっぱりそんな算段してやがったか!」
「あれ、カリーナから聞いてない?」
何をだ? と首を捻るレナードに認識を改める。
侍女と言っても、カリーナとの仲はそこまで親しいわけでもないらしい。
そう考えればさっきのよそよそしい挨拶にも説明がつく。
カリーナがレナードを仕留めるのはもう少し先のことになりそうだ。
「ちっ、分かった分かった。ただし、自分が救ったんだからこの領を寄越せとかそういうのは無しだぞ?」
そんな要求をする気はない、僕を何だと思っているんだ。
というより、領の運営なんてめんどくさそうでこっちからお断りだ。
「そんなのじゃないよ。ただ、僕がロメリア魔導学園の特待生として復学できるよう口添えしてほしいんだ」
「は? 復学? お前あそこの生徒だったのか?」
「1年前のちょうど今頃かな、入学のための書類を送る直前に昏睡状態になったから、正しくは途中入学になるのかも」
学園側に記録が残ってるはずだよ、と続けると、何かを察したレナードがやけに深刻そうな顔をする。
「毎年一定数いるんだ、特待生で合格したのに書類を送ってこないやつってのが。もしかして、お前……」
「なるほど、襲われたのは僕だけじゃないってことだね。まあ高額な学費がタダになると思えば、他人を蹴落とす理由としては十分だ」
恐らく裏にはそれをビジネスにしている連中――さっきの〝スコルピオ〟のような組織がいることだろう。
ハンナさんはそいつらの口車に乗って、僕になる前のロジーを襲ったわけだ。
「分かった、何とかしよう。一度は合格してるわけだし、俺の推薦状もあれば恐らく大丈夫なはずだ」
その言葉に頷きつつ、人差し指を1本立ててレナードに向ける。
「おいおい、1つじゃねえってか? そいつはさすがに欲張りすぎ――」
「リーシャの分の学費が欲しい」
「ええっ!?」
レナードは顔色一つ変えずに僕を見る。
この場で一番驚いていたのはリーシャ本人だった。
「はい分かりましたと気軽に出せる額じゃない、お前だって分かってるだろ」
「だからこそ頼んでるんだ。君の言う通り、リーシャにはきちんとした後ろ盾が必要だから」
レナードが膝立ちになり目線を合わせてくる。
真正面から深紅の瞳を見据えると、僕を威圧するように目が細められた。
「この際だからはっきり言うぞ。もし俺が学園の立場なら、銀髪のエルフなんて厄介事の種、絶対に入学を許さない」
リーシャが微かに息を飲んだ。
今すぐこの男の横っ面に拳を捻じ込みたいくらいに不愉快だったけど、奥歯を噛み締めてその衝動を抑える。
「よく挑発に耐えたな」
「……君を殴るのは、僕の役割じゃないからね」
「だったらお前は何をする?」
「学園にいる全員の価値観を変えてみせる」
人々の共通認識を書き換えるのはそう簡単なことじゃない。
けれど、忌避されるというのはそれだけ注目が集まっているという意味でもある。
頭が良くて、魔法が使えて、大人顔負けの戦闘もこなせるんだ。
そんなリーシャを学園に通わせることができたのなら、きっとすごい活躍ができることだろう。
そうしてリーシャを学園のヒーローにすることができれば、銀髪エルフが後ろ指差されるような存在ではないと証明できる。
焼け石に水かもしれないけど、子供のうちに凝り固まった価値観を正すことができれば、世間の銀髪エルフに対する見方も少しは変わっていくかもしれない。
あの帽子屋のおじいさんのように、きっかけはほんの些細なことで構わないんだ。
「……はあ」
がしがしと頭を掻き、レナードは長い溜息を吐いた。
「金の心配はいい。お前は、どうやってこの子を学園側に認めさせるかを考えとけ」
にやりと笑って見せると、レナードも呆れたように笑って僕の肩を小突いた。
「では、その心配も無用にしましょう」
声の方に視線を向けると、2枚の紙を持ったジオラスが優しい顔で立っていた。
「ロジー、そしてリーシャ。あなたたちには、今回の一件で本当に迷惑を掛けましたね」
そう言って頭を下げるジオラス。
こんな時、アランなら「人の上に立つ人間が軽々しく頭を下げるべきではない」なんて言いそうだけど、そんな彼ももういない。
これから何をすべきかは、ジオラス自身が決めていけばいいだろう。
「失礼とは思ったのですが、先の話を少し聞いてしまいまして」
差し出された紙をリーシャと共に受け取る。
ざっと目を通す限り、身分を証明する書類のようだ。
「〝ミスティリア〟に名を連ねる証?」
「ジオラス家の者が代々家名と共に継承するもう一つの名です。私の正式な名前は、エールス・ミスティリア・ジオラスというのですよ。今回のお礼に、それをあなたたちにと思いまして」
「ということは、僕がロジー・ミスティリアで――」
「私が、リーシャ・ミスティリア?」
嬉しそうな顔でジオラスは頷く。
「ジオラス家には大きな恩を受けた相手にこの名を与え、末代に至るまでジオラス家の恩寵を受けさせるという習慣があったようです。もう昔の話ですが、一定の年齢以上の相手にはまだ通じるでしょう。その名前と証明書だけで便宜を図ってもらえるはずです」
つまり、この名前でいる限り僕らは領主の庇護下にあるというわけだ。
微妙な立場にいるリーシャのことを考えれば、この申し出は非常にありがたい。
「……私、これで学校に通えるんですか?」
「ああ、きっとね」
「ロジーと、一緒に?」
「それはもちろん、君が望むなら」
「私、望んでいいんですか? きっと、ロジーにたくさん迷惑を――」
「やりたいことが見つかったら僕がそれを助ける、そう言ったはずだよ」
「……っ、ロジー!」
正面から抱き着いてくるリーシャ。
初めて出会った時にはまるで意識しなかったけど、僕は次第に心惹かれていたのかもしれない。
「私っ! ロジーと一緒に学園に行きたい!」
眩しさから目を背けるレナードと、困ったように笑うジオラス、そしてリーシャの放つ若さの輝きにげんなりしているカリーナ。
そんな彼らに内心で祝福されながら、リーシャはしばらく僕に抱き着いたまま離れないのだった。
◆ ◆ ◆
第1章「少年ロジーの目覚め」
<了>
次章、学園編へ続きます。
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