第20話 厄介事は夕立のように①

 レナードとの『エレメント』から1か月後、僕の生活は安定の一途を辿っていた。


 唯一の問題と言えば学費の目途が全く立っていないこと。

 ディーラー業の給料は10歳そこそこの少年にしては破格の額だけど、それでも入学金500万リチアには到底及ばない。


 この際、元いた世界で言う中等部はここでの労働に費やし、高等部からの就学という道も考えた。

 ただ、カジノの常連客に聞いた話によれば、高等部へ進むためには中等部を卒業していることがほぼ必須条件なのだとか。

 それ以外だと、よほどのコネでもない限り高等部からの就学は現実的でないらしい。


 あまり文明が進んでいないせいか、実際の能力よりも家柄や肩書、経歴が重視される世の中だ。

 ロジーは捨て子、実は王族の隠し子なんて都合のいい話でもなければ家柄は実質最底辺。

 ただの未就学児には肩書も無ければ、経歴も違法カジノのディーラーのみ。


 とてもじゃないけど順風満帆な人生を送るにはハードモードに過ぎる。

 今までのように占い師として生きていこうにも文化や社会情勢、一般常識に疎ければそれも難しい。


 やっぱり、何度考えても答えは同じだ。

 それなりの学校に通うのが一番手っ取り早い。


「ロジー、今日もお願いします」


「ん、いいよ」


 変わったことと言えば、リーシャの言葉遣いがだいぶ改善した。

 片言なうえに発音もおかしかったのに、僕が『ラスティソード』に来るまで誰も彼女に言葉を教えていなかったらしい。


 だからこうして、カジノがオープンするまでの少しの時間、僕がリーシャに正しい言葉遣いと文字の読み書きを教えている。

 ノルティア語を使い始めてから1ヵ月かそこらの僕が教えるというのもおかしな話だけど。


 リーシャは元から頭は良いようで、教えたことは基本的にすぐ覚える。

 この辺は元いた世界のエルフのイメージ通りだ。


 今までのおかしな言葉遣いは、教える人がいないのはもちろん、リーシャ自身にも覚える気が無かったからだと思う。

 変わろうとしてるのかもしれない、この子も。


「おいロジー、いるか?」


「ベイ? いるよ、衝立の裏」


 入口のガードマンの一人、ベイが事務所にやってくる。

 普段はあの倉庫から滅多に動かないのに、珍しいこともあったもんだ。


「ここか。おめえに書状だ、ハーグレイブ卿の遣いがわざわざ倉庫まで手渡しにやってきた。封蝋がねえから怪しいっちゃ怪しいが、ここを知ってる国の人間はそう多くねえ。つーわけでとりあえず持ってきた」


「ハーグレイブ卿? ああ、レナードのことか。ありがとう」


 封筒を受け取ると、ベイは一瞬だけリーシャに視線をやってそそくさと事務所を出ていく。

 ベイが踵を返す間際、片方の鼻筋に小さな皺ができていたのを見た。

 ……勘違いだといいけど、あんまりいい表情じゃないね。それ。


 ひとまず見なかったことにして、封筒を開いて中身を取り出してみれば――


「白紙?」


 まっさらな便せんが一枚出てくるだけ。

 あの時1万リチアふんだくられた仕返しのイタズラ? いや、そんな無意味なことをするようなやつとも思えない。


「この手紙、魔法で文字を消しているみたいですね」


 横から便せんを覗き込んできたリーシャが言う。

 肩口から流れた銀髪が僕の手をくすぐった。


「どうやって読むの、これ」


「ちょっと貸してください」


 リーシャが便せんを手に取ると、人差し指で紙面に模様のようなものを描き始める。

 どうやらリーシャには多少なりとも魔法の心得があるらしい。

 今度言葉を教える代わりに習ってみるのもおもしろいかもしれない。


「えっと、合言葉形式の隠蔽魔法ですね。一度でも間違えば手紙は燃えて読めなくなります」


「手渡し、蝋無し、暗号化……厄介事の臭いしかしない」


「どうして分かりますか……あ、えっと、分かるんですか?」


 間違った言葉遣いに自分で気づき言い直した。

 頭を撫でてやるとリーシャはくすぐったそうに身をよじる。


「手渡しは検閲させないため、蝋無しは予期せぬ者の手に渡った時に身バレを防ぐため、暗号化は言わずもがなだよ。いっそ燃やしちゃった方がいいかもね」


「だ、ダメです! 私あの人嫌いですけど、本当に大切な用事だったらどうするんですか!」


 さらっと拒絶されたレナードに少し同情する。


「まあ、読むだけ読んでみようか。それで、僕は合言葉なんて知らないけど、そこにヒントみたいなものはある?」


 合言葉を事前に知らされていなければ、便せん自体に僕とレナードしか分からないような単語についてのヒントがあるはずだ。

 そうでなければこんなものを送ってくる意味が無い。


「はい、ありますね。……えっと、『我らが誇りを賭けて競い合ったものは』だそうです」


「『エレメント』」


 僕が即答した瞬間、便せんが一瞬青白い光を放ったかと思えば、インクが滲むように文字が浮かび上がってきた。

 まるで炙り出しみたいだ、魔法の力ってすごい。


「なんて書いてありましたか?」


「……うーん、想像以上に厄介な話だ」


 生活がようやく落ち着いた矢先のこと。

 今後の人生の岐路に立たされた僕に、その厄介事は夕立のように降り注いだ。

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