第12話 イレギュラーな職探し③

 扉をくぐった途端、予想だにしない凄まじい喧騒に思わず耳を塞いでしまった。


 歓声、怒声、奇声、叫声。

 興奮と狂気に支配された非日常の世界に僕は思わず苦笑する。


「ははっ、どうだ。すげえ盛り上がりだろ」


 ガイズは嬉しそうに言う。

 たしかにすごい盛況だ。

 ここまで賑わっていれば胴元の実入りもさぞ良いことだろう。


「そうだね。この音が外に漏れてないのは魔法のおかげ?」


「ああ、だからこうして人通りの多い場所でも営業ができる。よし、こっちだ」


 子供の身長では人垣に阻まれ遠くまで見渡すことができないものの、かなり奥まで続いていそうな気配がある。

 テーブルの周囲に人だかりができていることが多いため、ここでのメインはテーブルゲームらしい。


 ガイズに着いて歩きながら横目で見てみると、胸元を大胆に見せつけるような際どい服装の女性が客にカードのようなものを配っているところだった。


 また分かりやすい方法を使う。

 屈んだ時に谷間を強調し、客の視線を誘導しつつ胸で遮った手元でイカサマを……ほらやった。


「あれ、まずいんじゃない?」


「あ? 何がだ」


「あの巨乳お姉さんのお粗末なイカサマだよ。客は騙せてもギャラリーからは手元が丸見えだ」


 ガイズが目を丸くする。

 ギャラリーも巨乳見たさに客の側へ回るから今までは何とかバレなかったんだろうけど、あの手際の悪さじゃボロを出すのも時間の問題だ。


「……後で言っとく」


 ガシガシと乱雑に頭を撫でられる。

 子ども扱いされるのは納得がいかないけど、この短時間で向こうからボディータッチを引き出せたのは大きな前進だ。


 やがて賭場の最奥。

 またもや2人組のガードマンが守る扉を抜け、事務所のような場所に着いた。

 変な目では見られたものの今度は声をかけられず。ここへ足を踏み入れた時点である程度の信用は保証されているらしい。


 事務所は実に静かだった。

 魔法の防音ってすごい。


「アルベス、ディーラー候補を連れてきた」


 本革のソファにふんぞり返っていた白髪交じりの初老の男が顔を上げる。


 なるほど、この人がベイの言っていた旦那か。

 ガイズほど筋骨隆々なわけでもないのに確かな威圧感がある。


 アルベスと呼ばれた男はくわえていた葉巻を灰皿に置き、開いた手で向かいのソファに座るよう促した。


「煙いだろう、すまないな。そのうち消えるだろうからそれまで我慢してくれ」


「いいえ、お構いなく。紹介に預かりましたロジーです」


 そう言って握手を交わす。

 手のひらの皮は全体的に分厚い。そして拳には古い切り傷、それも相当な数だ。


「ボウズ、お前敬語なんて使えたのか」


 突然口調を変えて話し始めた僕にガイズは意外そうな顔で言った。


「ここに来るまでは自分を評価させるためにああいう態度を取ってただけだよ。今はもう必要ない。アルベスさんに僕を売り込むのはガイズの役目だからね」


「敬語は必要ねえがガイズさんと呼べ。ここで雇われりゃ俺は上司になるんだぞ」


「雇われればね。そこは君の腕の見せ所だ。頼んだよ、ガイズ」


「はっはっは、なるほど」


 僕らのやり取りを見ていたアルベスさんは納得顔で頷いた。


「ガイズ、またとんでもない大物を連れてきたな」


「まったくだ。あんまり大物すぎたもんで、うっかり山へ埋めそうになったよ」


 あの時丸め込むのに失敗してたらそんなことになってたのか。

 一度海に沈められた身としては少々複雑な気分だ。


「ただ俺の見立ては間違ってねえぜ。ここを嗅ぎつけたのはもちろん、ロイの偽装を見抜き、アニーのイカサマを一瞬で暴いた。とてもじゃないが子供の洞察力とは思えん」


 ある意味正解だよガイズ。

 中身は子供じゃないもんで。


「そして私についても色々探っていたように見えたが、どうだロジー。私の手を握って何が見えた?」


 ニッと歯を見せて笑うアルベスさんに全身の産毛が逆立つ。

 見透かされていた。

 首をひねって答えを促してくる彼に、僕は深く呼吸をしてから口を開く。


「あなたは昔……傷の状態から見て20年くらい前かな、拳で戦っていましたね。等間隔に並んだ引っ掻き傷や歯型が主なので、猛獣か何かを相手にしてたのでしょう」


「ふむ、なぜ私は武器を使わなかったのかな? 普通自分より強い相手と戦うには武器が必要だろう」


「いいえ、あなたにとってはそうじゃない。武器よりも拳が強い場合がありますよね。たとえば、『ジョブ』によって拳が武器と決められてる場合とか」


「ほう」


「カシアの街へ来るまでに行商人の話を盗み聞きして知りました。本来人はいくつも才能を持って産まれてくる。ただし、選び取った1つの才能以外を全て捨て去ることで、その才能を顕著に引き出すことができる『ジョブ』というものが存在するとか」


 まるでゲームの中のような世界だ。

 そして、その『ジョブ』を活かして、世のため人のため、時には自分のために戦う者たちがいる。


「あなたは昔、『冒険者』でしたね?」


 しん、と静まり返る事務所。

 こちらを見据えるアルベスさんがふっと顔を綻ばせたかと思えば、突如として拍手の音が鳴り響いた。


「とんでもねえな、手の傷だけでそこまで分かるか普通」


 拍手の主はガイズだった。

 続くようにアルベスさんも手を叩き始める。


「ようこそロジー、ギルド『錆の旅団』は君を歓迎するよ」


 緊張からの解放に、僕はほっと胸を撫で下ろした。

 本当の問題はここからなんだけど。


 今はとりあえず、最終面接合格を喜ぶとしよう。

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