休日の映画館、人気が薄れてきた映画は客入りが酷く少ない。老夫婦にカップル、ヤンキー風の三人組、スーツ姿の男性、そして天嵜桐乃。ぽつんぽつんと分散して座っている彼ら彼女らはエンドロールが流れ始めた途端に席を立ち始めた。

 桐乃はこちら側に戻って来てから一本の映画を作成した。映画部員を説得して一時間きっかりの映画を作り上げた。そして、桐乃の初監督作品は一般の人を交えた上映会で大喝采を浴びた。

 これが火を点けたのか、映画研究会は次作に向かって動き始めていた。だが、桐乃はその初監督作品を最後に――映画研究会を辞めた。

 自分は映画を撮りたいのではないことに気付いてしまったのだ。


 黒川一士たちと過ごしたあの三日間は、桐乃の本心を引きずり出した。映画の中のような、非現実的世界に焦れていただけ。作る側ではなく、そこに居る側に立ちたかったのだ。

 自己投影し、自身を映画の中に分身的存在として出演させても、そこはあちら側の世界であり、自分ですらない。映画が好きということは変わりなくとも、これ以上、研究会に所属するわけにはいかなくなってしまった。

 熱意を失った人間ほど、邪魔な存在はないのだ。

 離れ離れになった恋人が奇跡の再会を果たすというベタでありながら、ぶれることなく王道を突き進んだ恋愛映画は、清々しいほどのハッピーエンドで終わった。

 エンドロールの最中に消えていく彼ら彼女を見送り、桐乃は最後までスクリーンに目を向け続けた。自分が映画の中のような世界にいたという事実があっても、未だ実感していないように桐乃は思えていた。本当は夢で、黒川たちとであったことすら夢幻だったのではないだろうかと疑心に包まれる。

 ついさっき会った不和も灘も、あの赤髪の男も、バッグに入っているアーサーとオーガストから送られてきた手紙も――実は夢だった。豪華客船に乗ってすらいない、というオチではないかと考え、口を結んだ。そこで映画の上映が終わった。

 バッグを手に立ち上がり、出入り口へ向かうために階段を下りていく。誰もいない場内を歩いて、出入り口に進む。その先に、一人の男性が先にゲートを抜けて歩いて行く姿が見えた。桐乃はその後ろ姿を見た瞬間、思わず駆け出していた。

 出入り口を抜けて、ゲートをくぐり、息を切らしながら映画館を飛び出しショッピングモールの人混みに目を凝らす。休日の人混みが阻む。掻き分けて進もうとした足を止めた。

「……思いっきり期待してるじゃない、私」

 泣くな、と自分に言い聞かせ、桐乃は人混みに背を向ける。頼むから諦めて、と自分に懇願する。あなたには無理だから、と説得する。どれも虚しいだけで、心を無にしながら、桐乃は帰途に着く。

 居場所無き帰るべき場所に、帰るしかないのだ。


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