タキシード、ドレス、着物、スーツ。華やかさにどこかダークさが入り交じる船上は、豪華絢爛もちろんのこと、濃密な装飾や豪奢なディナー、煌びやかなライトアップで彩られる船は、心憎いまでのサービスが充実した豪華客船として、船着き場で穏やかな波に揺られながら、出航を今か今かと待ち望んでいる。

「ようこそエイブリー号へ」

 にこやかに出迎えた船員にチケットを見せ「最高のクルーズを」と言われて愛想笑いを浮かべた灘はバラバラで乗り込んだ虎波生絲と通路で合流する。

「手筈通り、お前はオークション会場、俺は船内を回る。何かあればすぐに連絡しろ」

「了解っす」

 虎波が人の波に逆らわずに進む、その後ろ姿に抱えていた不安が一気に押し上がってきた。虎波の異変とでも言うべきか、様子がおかしいまま今日を迎えてしまった。無理をしているような、何かを隠しているかのような、虎波生絲の姿を見るのがこれで最後なのではないだろうかとさえ灘は感じていた。募った不安を振り払おうと、指定された順路から逸れ、物陰に隠れた灘は呼吸を整える。

「何があっても戻ってこい、虎波」

 ホルスターから拳銃を取り出し、弾の確認等を済ませて元に戻す。果たして黒川一士は現れるのか。何を狙い、何を奪い返そうとしているのか。姿を現した時、それが貴様の年貢の納め時だ、と言わんばかりに灘は鼻息荒く歩き出した。

 闊歩し、しばらくすると船の汽笛がびりびりと伝わってくるほどに大きく響いた。船が動き出し、灘も動き出す。船が岸から離れて行き、ついに退路は断たれた。腕時計を見て、眉間にしわを寄せる。午後四時半、予定時刻よりも早い出港を灘は怪しんだが、招待客全員の乗船を確認したから、という理由も考えられ、深く考えることをやめた。

 甲板近くまでの外通路を歩いていると、遠くに二台、三台とヘリコプターのライトを見付ける。さらに海上にも十数艇の小型船が薄ら見える。警察、ではない。

「敵か味方か……」

 どちらにせよ、何にせよ、標的は黒川一士。周りが何をしでかそうとも関係ないのだ。

 銃のグリップを握り締め、薄暗い通路、息を潜めながら突き進む。

「黒川、お前はもうこの船にいるのか……?」



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