銃は護身用のものしか持ち合わせがない。銃の腕に覚えはあるが、それほど戦闘が得意というわけでもない。奥の座席に飛び込んだのは女たちから、そして警察官から身を遠ざけるため。明日に大仕事を控えている身として、関わってはいけない連中だ。

 とくに女のほうは得体が知れない。とにかくこの状況を打破しなければならない。計六発の銃弾で乗り切れるかどうか。

 扉がけ破られ、割れたガラスを踏み砕く音が店内に響く。その音が、止まる。他の連中は奥へ逃げた。警戒しているのか? とアーサーは座敷扉から顔を少し覗かせて様子を見る。その瞬間、銃声が鳴り響く。しかし、アーサーのいる座席へと銃口は向けられていない。あの腕の立ちそうな二挺拳銃が戻って来たのかとアーサーは思った。ところが、

「撃たないで撃たないで!」

 と走り回り、挙句、奥の座敷、アーサーのいる場所へ男は、例の警察官は飛び込んできた。息を切らして拳銃を手慣れていない動作で構えると、涙目で無理矢理っぽい笑顔を浮かべた。自殺志願者か何かのようにしか見えない無謀っぷりに、ため息交じりにアーサーは訊ねる。

「……どうしてわざわざ戻って来た? しかも袋小路になぜ飛び込んできた」

「いやあ、さすがに警察官として女性一人置いて逃げるのは無理っすよ。かといって打開策があるわけでもないんすけれど」

「……阿呆だろ」

 じりじりと近付いて来る武装した連中に、アーサーは舌打ちをして状況打開策を練る。おそらく正面突破は不可能、奥へ向かえばあの女たちがいるが、この際致し方ない。この警察官を盾にして裏口から逃げるとすればまだ軽傷で済むだろう。そう考えたアーサーが銃を握り締める。そんなアーサーをよそに、虎波生絲と呼ばれていた警察官はのんびりとした口調で言った。

「とりあえず多人数というわけじゃないっすから、二人で正面突破といきましょうか?」

「は?」

「だって、それしかないっすよ。俺、死にたくないんで」

 読まれていたのか、それともまったく別の理由でそう言ったのか、虎波の発言にアーサーは虎波を盾にして逃げる策を躊躇った。

「警察から支給された拳銃って使ったら報告したり始末書書いたり面倒臭いんすけれど、この際仕方ないっす。そっちの拳銃は六発、こっちも六発装填のリボルバー式……まあ十二発あれば……一人一発と考えて、相手は目視確認で八人、充分でしょ。この場を生き残るためにいったん共闘といきましょうよ。そうしましょう」

 勝手に話を進めて、勝手に決めて、虎波生絲はトリガーに指を乗せた。さっきまで見せていた腰抜けっぷりが一転して勇ましく見える。不思議と、この警察官の言葉に逆らえない。任せても大丈夫、そうアーサーは感じていた。

「じゃあ、行くっすよ」

 腹を括ろう。そう決めたアーサーは頷いて――同時に飛び出す。銃口が向けられる。しかし火を吹くより早く、アーサーと虎波の拳銃が先に硝煙を上げた。狭い店内をぶつからない絶妙なタイミングでジグザグに走り、攪乱、そして乱戦。相手の弾切れが続出し、一人、また一人とアーサーたちによって撃ち殺されていく。援護も含めて残弾一発、先に壊れた出入り口から飛び出たアーサーは、振り返る。唯一乱戦の中、生き残っていた男が取り出した短銃を向けられる。だが、次の瞬間、男の背後から転がり出てきた虎波が男の脚を撃ち抜き、すぐさまアーサーが頭部を撃ち抜いた。男の頭が揺れ、鮮血が飛び散る。思わずアーサーは目を閉じ、ゆっくりと目を開ける。

 警察官、あの虎波生絲の策は成功し、どうにか突破することはできた。僅かに腕を弾が掠めたものの、ほぼ無傷。

「はあ……はあ……やるじゃん、お前……」

「いやあ、死ぬかと思った……」

 げっそりした顔をしながらも、彼はニッと笑って立ち上がった。拳銃をホルスターに戻して携帯を取り出す。

「タイムリミット、これから定期報告会議があるんで、俺はこれで失礼するっす」言って、虎波は煤や木屑を手で払いのける。「あんまり一人で無茶したら駄目っすよ?」

 男の言葉に、アーサーは素直に頷いて、驚く。どうしても、この男の言葉には逆らえない。いや、逆らえないという表現は間違っている。嫌な気持ちにならないのだ。初対面で、警察という敵対すべき存在だというのに、安心してしまう。組織の中では感じることのできない安堵感。それをこの男から感じ取ってしまう。

「あんた、誰だ?」

「……誰って言われても、虎波生絲という警察官としか答えようがないっすよ?」

「……そっか。ありがとな、虎波」

「いやー……まさかマフィアのボスにお礼を言われるなんて、灘さんに報告したら怒られそうだ。じゃ」

 まだ顔に煤が付いたまま、虎波は薄暗い路地を通り抜けて消えて行った。ただの警察官、そうなのかもしれない。不思議な感覚はあったが、きっと気のせいだったのかもしれない。

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