動き出す
灘源一郎
分厚い書類がテーブルに並ぶ中、長テーブルを囲う面々を一人ずつ
灘が徹夜して仕上げた捜査報告書を丁寧に眺め、怪しげな笑みを浮かべて灘のほうへ身体を向けると、不和は軽く手を叩いた。その音に眠気が覚まされ、全員の目が開く。咳払いをして、灘が口を開く。
「えー……黒川一士、世界共通でそう呼ばれている怪盗が日本に入って来たのは三日前のことになります。例の支援者たちの手によって違法な手段で入国したと考えられます」
黒川一士。国際指名手配犯としては異例中の異例、民衆に支持を受ける犯罪者だ。彼が姿を現してから各国で捜査本部が立ち上げられたものの、実績は皆無、いつしか転属願を出す者が増え始め、今では彼の母国と思しき、ここ日本の捜査本部には灘ともう一名の捜査官だけとなってしまった。尻尾すら掴めず、彼の存在が明るみになって十年が経とうとしている。しかしながら、警察への不信感はまるで募ることはなかった。むしろ、逆だった。
「彼の足取りはすぐに途絶えました。空港の監視カメラも遠隔操作による削除が行われており、確実に支援者は日に日に増えていっているとわたくしは思っております。それは即ち、彼の犯罪行為が増えていると考えるべきでしょう。そして彼は本日正午過ぎ、一人の少女を人質に逃走、またしても行方を眩ませ……えー……はい、逃げられました」
歯切れ悪く言って、書類を手に立ち上がる。
「街中の監視カメラを隈なく確認致しましたが、逃走に使用された盗難車両の影すら見当たらず、やはり支援者の中にかなりの腕を持ったハッカー、もしくは技術者が存在すると考えて間違いありません。支援者についての捜査も同時並行で行ってはおりますが……なにぶん人手不足でして」
「言い訳は結構だ」今まで眠っていた上司が偉そうにふんぞり返る。「今は犯罪が特殊化してどこもかしこも人手不足だ。人員を割けないのは当然だ。五日前には大物のロシアンマフィアやギャング、武器商人や犯罪組織の連中が日本に入って来たという情報がきて忙しいことこの上ない事態なんだよ。それなのに今日は警官やパトカーを勝手に動かしおって」
「黒川出没のタレこみがあった以上、我々二名だけでは取り逃がすと思っての行動であります」と反論するも、自滅だった。
「取り逃がすと思っての行動だと? そんな弱腰で捜査に当たっているのかね?」
鼻で笑われ、しかし言い返せず灘は席に着いた。
「何にせよ、マフィアやギャングといった裏社会の人間が集まる異常事態に、まるでタイミングを見計らったかのような黒川一士の出没、関係ないとは思えない案件であります。組織犯罪対策第二課との情報共有、全国の警察署との連携強化をするべきかと考えます」
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