15.お姫様のドレス
今日は体調が良い。起床後、久しぶりにキッチンに立って、コーヒーとココアを淹れてみた。
「今日は調子良さそうだな。丁度良かった」
駿君は私の手からコーヒーを受け取り、微笑んだ。
「丁度良かったって、今日何か予定あるの」
「もう少ししたら外商の人が来る。買い物、家の方が楽だろ」
「買い物、って何を買うの」
「ウェディングドレス」
うわああ、いきなりだなあ!
「レンタル、あんまりいいもんなかっただろ」
確かにレンタルのドレスはいま一つな感じのものばかりだったけれど。でも、ほんの一瞬着るだけなのに、いいんだろうかわざわざ買ったりして。
そうこうしているうちにデパートの人が二人、もの凄い量の荷物を抱えてやって来た。
「この度は誠におめでとうございます」
駿君のお父さんの代からの担当者だという年配の男性が、私達に向かって深々と頭を下げた。もう一人は頭を下げた後、てきぱきと衣装を開梱している。
持ってきてもらったドレスは、どれも私が好きそうなものばかりだ。しかも今まで買っていた洋服より一サイズ下。確かに今では、このサイズですらものによってはゆるい。
散々目移りした挙句に決定したドレスは、シンプルで裾のふんわりとしたものだ。デザイン性の高い可愛いものも沢山あったのだが、これが、以前見た夢の中で着ていたドレスに一番近かったから。
私のドレスが決まった後、駿君の衣装は一瞬で決まった。こういう時、男の人って楽というか、つまらないよなあ、などと思う。
他にも小物類をいろいろ決め、ようやく買い物が終わった。家の中とはいえ、さすがに疲れる。
外商員は、ソファでぐったりする私を見て微笑んだ。
「奥様、良かったですね。夢が叶いまして」
彼は昔、何度か私と会っているそうだ。私は小さかったせいか、よく覚えていない。
彼はにこやかに続けた。
「あれは確か、如月様のお母様の宝飾類をお持ちしたときだと思うのですが、まだ小さかった奥様が、如月様の後ろでお買い物の様子をじっとご覧になっていたのですよ。そして『私も大きくなったら、駿君と一緒におじちゃんのお店やさんでお買い物するの』と仰ったのです。私が『お嬢ちゃんの今着ているお洋服は、おじちゃんの店のものですよ』と申しましたところ、そうじゃないと叱られまして。『私は駿君のお嫁さんになって、お母さんみたいにおじちゃんのお店やさんで、駿君に色んなのいっぱい買ってもらうの』と」
「うわぁ、私、どれだけ図々しいんだ。恥ずかしいい! なんかごめん駿君」
「うん。その時はなんで俺が花菜のものを買わなきゃいけないんだ、意味分かんねえ、しかも嫁とかありえねえしって思っていた」
こういう時、駿君は否定しない上に容赦ない。外商員は口を開けて笑った。
「まあそれで私も面白がってしまいまして、『もしお坊ちゃんのお嫁さんになるのでしたら、おじちゃんの店には結婚式で着るドレスやお靴もありますからね』と申したのですよ。そうしますとこう仰いました」
そこで彼は息を一つつき、私に微笑みかけた。
「『じゃあ大きくなったら、おじちゃんのお店やさんで結婚式のドレスを買う。でね、お姫様みたいなドレスを着て、私、駿君のお嫁さんになるの』と」
駿君。
まさか、この思い出の為に……?
「この話を思い出したの、ついこの間なんだ。下手にレンタルで妥協しなくてよかった」
駿君は私の傍らに立ち、腕を組んでいたずらっぽい笑みを浮かべた。
「あ、急なお願いに対応してくれてありがとうございます」
「いえ、とんでもないことでございます。お客様の夢のお手伝いが出来ますことは私どもの何よりの喜びですから」
デパートの人達は丁寧にお辞儀をして帰って行った。
買ったばかりの純白のドレスを抱え、私はソファに沈み込み、動けなくなっていた。
以前、駿君は私に言ってくれた。
「やりたいことをどんどん言え、何でも叶えてやる」と。
その為なのか。
だから、何も分からなかった小さい頃の夢まで叶えてくれたのか。
この私の為に。
「ありがとう……」
うわごとのようにお礼を言う。駿君は少し笑って頷き、ソファに座り、私を引き寄せた。
低い声で囁く。
「凄え似合っていた」
藍色の瞳が間近に迫る。
「早く青空の下で花菜のドレス姿が見たい」
肩を抱く。指先が私の首筋を這う。
唇を重ねる。
熱く甘い唇の感触に、私の体の中のなにかが、怯えたように震える。
第五地区行きの日は、あっという間にやって来た。
その時既に、私は短時間立っているのがやっとで、ほとんど歩けない状態だった。
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