楽園に猫一人⑥

 俺が火口に着いた時、そいつはただその場いた、そこに立ちすくしていた。

 

 俺がこの世界に来たとき瞑想してたみたいに、そいつもただ普通にそこにいた。


 だからこそ、コイツが親玉だってすぐにわかった。


 セルリアンのはずのコイツが意思をもって動いているのもすぐにわかった。




「奪い返してみろだと?ふざけるな、すぐに返せば楽に死なせてやる、彼女はどこだ」


「知りたイなラ、吐かセテみてはドウだ?」


「そうかい…ッ!」


 挑発合戦なんて意味のないことだ、俺は一気に間合いを詰めた。


 足にサンドスターを集中してドンッと踏み込んだ、いきなり俺が目の前に来たものだからアイツが無表情ながらに面食らってるのがよくわかった。


 それからすぐに首根っこ掴んで俺は言った。


「彼女を返せ!さっさと居場所を吐け!勿論無事なんだろうな?お前を殺す方法なんていくらでもあるんだぞッ!」


 掴んだままやつをグッと上げ、右手から音速で繰り出す光の拳を何発もヤツの顔面に叩き込んだ。


 ババババババ!なんてまるでマシンガンみたいな音が鳴り響き、言葉にならないうめき声のようなものがヤツの口から漏れた、それでも流石セルリアンは無表情のままだ。


 実際痛みなんてないんだろう、まるで堪えてませんって感じでアイツは言った。


「随分御執心じゃナイカ?」


「うるさい!いいから居場所を言え!まだくらいたいか!」


「そんナに慌テルな?さっキかラ目の前ニいるダロウ?」


「何…! ッッッ!?」


 今度はこっちが面食らった、それはアイツの腹の辺りだった。


 彼女が上半身だけをヌッと外に出していたんだ、どういう物理法則でヤツの中に入ってるか知らないがとにかく彼女はヤツの体内に囚われてるとこの時わかった。


「お前…!!!」


「どウシた?ワタシを殺さナイのカ?」


「すぐに離せッ!」


「言わレテすぐニ離す様に見えルカ?」


 クゥッッッ… コイツッ!!!


 よく考えたら当たり前のことだ、彼女は人質なんだから。


 ヤツは彼女を補食していながらわざと消化しきらずにこうして俺に見せつけてきたんだ、なんでって理由はこの時考えようともしなかった。


 頭に血が昇った俺はこの時コイツの真の目的に気付こうともしなかった。


「今度はコチラかラ行くゾ?」


 それから手が出せず俺は防戦一方、真・野生解放状態なのでかわすことも受け止めることも容易いがこれではイタズラにサンドスターを消費するばかり、一気に劣勢となった。


「どウシタ?殺す方法ハいくラでもアルのダロウ?」


「くぅ、この!」


 こうして煽られながら俺はもどかしい怒りを溜め続け考えた。


 迂闊に攻撃すれば彼女を盾にされる、かといって放っておけば消火されてしまうかもしれない。


 何かアイツから彼女を引っ張り出す方法は無いのか?あるいは、アイツだけを倒して彼女を無傷で取り返す方法は…?




 その時、俺の体内で何か燃えるような感覚を感じ取った。



 アイツだけを始末する…。


 そうだ、彼女を助けてアイツだけをその場から消し去るには…!


 アイツだけを“燃やし尽くす”ことができればッ!!!



「ガァァァァァアアッッッ!!!!!」


 ブゥォオウッ!とその時何かが外れたように俺の全身から炎が吹き出した。


 この時俺は願ったのだ、“浄化の業火”が必要だ… ヤツを消す為にはその力が必要だと。




“ よいか?我が浄化の業火が本当に必要になった時、お前の中の炎もそれに応え力を貸してくれることじゃろう… ”




 スザク様の言葉、その時俺はそれを思い出していた。


 きっと炎もコイツのことが嫌いなんだろうな。




「なンダ?ソレは?」


「お前だけを焼き殺す為の炎だ、懺悔してる暇なんてないからな?このままチリ一つ残さず焼き尽くしてやるッ!!!」


 もう一度ヤツの首を掴んで俺は敵意を全開にヤツに炎を浴びせた。


 浄化の業火は敵と認識したものだけを際限なく焼き尽くす、つまり彼女は無傷のままヤツだけを消し去ることができる。



 はずだった。



「ククク… コレだ!コレを待ってイタ!」


「何…!?」


「貰ウゾ!」


 ヤツは逆に俺の首に掴みかかりサンドスターを奪い始めた、スザク様の浄化の業火を奪うつもりなのだ。


 これがヤツのそもそもの目的だった、すでに守護けものは人前にでてくることはない、四神は石板になったのだから。

 

 コイツは始めから期を伺っていたんだ。


「ユウキ… ワタシはオマエと同じトコろかラ来た、オマエのことを知ったノハ随分前のコトサ、オマエがセルリアンにナッタ時だ

 そしてオマエを観察してイルとアルことが起きた、スザクが甦ったンダ… かと言ッテ、当時のワタシにはヤツを倒す力ハ無い

 しかしこうシテ肉体ヲ取り戻シタ時、スザクの力ヲ持ったオマエもソノ場に現れタ!チャンスだと思ッタよ、ダカラこの世界ニイルお前の女ヲ利用シテこの力を奪うコトにした!」


「気安くその名で呼ぶな!ハッ…!それに残念だったな!奪ったところでお前には使えない!浄化の力でそのまま消えるだけだ!」


 そう、サンドスターロウを浄化するスザク様の力をセルリアンのコイツが使えるはずがないのだ、しかしヤツは呆れたように俺に言い返してきた。


「何か勘違イしてイるヨウダな?我々セルリアンの力と目的は“保存”と“再現”だ、故に浄化ノ力と言エド…」


「そん… な…」


 俺の体から直接炎をすべて吸い込みヤツの体が紅く変色していく、そうしてやがて俺の体にあった紋章と力は消え去り代わりにヤツの胸元に紋章が出現した。


 浄化の業火は意図も簡単に奪われ、俺は地面に倒れ込んだ。


「この通リダ、そシテこの女の輝キも素晴らしイ、ワタシに更ナル知恵を与エテくれタ… ありがとうユウキ、これデワタシは誰ニモ負けナイ… とうとう手に入レタ、四神獣スザクの力!」







 で、現在に至るというわけだ。

 

 

 血が流れていく… 体から感覚がスーッと消えるような気がするのは傷のせいかそれともセル化が進んでるからなのか。


 動け、もう少しだけ、あと少しでいい。


 

 懐にいる妻と同じ顔をした彼女はやはり彼女で、こうしてグッと抱えていると妻を抱きしめていた時と同じような感覚を覚える。


 ごめん… 君はもちろんだけどまずは家族に謝りたい、本当にごめん。


 見知らぬ世界でさよならも言えず一人死んでいくなんて辛いし悲しいさ、まだ家族と一緒にいたい。


 ごめんかばんちゃん…。

 ごめんクロ、ユキ…。


 父さんも母さんも、俺のパークにいるみんなもごめん、ちょっと帰れそうにない。


 でも。


 だからせめて。


 ここにいる君だけは守ってみせるから。


 君だけは救ってみせる!


 何でって決まってる、だって俺は…。







 たとえ世界が違っても。


 君のことを愛してるから。







 …






 地面に向かい真っ逆さまの二人の元に、孟スピードで向かう者がいた。


「うぉぉぉお!!!間に合えぇー!!!」





 火山に向かう三人は見た、山から放り投げられた二人、体に神々しい炎を纏い宙に浮かんだ赤いセルリアン女王。


 まずはそれにシキが気付いた。


「かばんさんとシロさん!?山から落とされた!まずいっ!?」


 彼は二人を助けるためエンジン全開で一直線、落下する二人の元へ飛んだ。


「二人はシキ君に任せよう!僕らは…」

「アイツの相手ってわけね?んみゃみゃ、ちょー強そう…」


 そして炎を纏う女王の元にはグレープとレイバルが向かう。


 そして二人の元へ飛んだシキは…。



「間に合ったぁー!!!!!」


 ガッシリとシロの片足を掴み間一髪落下を防いだシキ、ゆっくりと地面に降ろすとその深刻な状況に彼も血の気が引いていった。


「嘘だ… シロさん、腕が…!?」


『かばんさんはサンドスター欠乏症につき意識不明、外傷は無し

 シロさんは肉体に深刻なダメージ、生命活動の維持が困難な状態、至急応急処置を… これは!?注意!サンドスターロウの数値が上昇中!セルリアン発生の危険性アリ!』


「はっ!?そうか… シロさんは例の体質でサンドスターロウを!?浄化の力はどうしたんだ!?落ち着け俺!落ち着け落ち着け落ち着け!」


 慌てたシキは深呼吸してゆっくりと思考をまとめていく、まずは何があったかよりも二人を救わなくてはなならない。



 浄化の力はまさか女王に奪われたのか?それに切られた腕の傷口がもうふさがってる、サンドスターロウの仕業か… かばんさんはとりあえず大丈夫として、シロさんはまずい!意識はあるのか?声は届くか!? 


 どうする!どうすれば助かる!?サンドスターロウの除去?浄化!?


『シキ、決断を…』


 急かすなよ!くそ!どうする!どうすれば!落ち着け!


 あ!そっか!?単純な話じゃないか!


「シロさん!シロさん聞こえますか!シキです!返事を!」


「…あ… シ… キ君?」


「よし… Type2!使用者をシロさんに一時的に変更しろ!」


『了解…』


 シキは左腕に着けた時計型Type2を外しシロの左腕に着けた、今にも意識が消えそうなシロに懸命に声を掛け指示を出す。


「シロさん!“重着”です!唱えてください!いいですか?“重着”です」

 

「あ… う… 重… 着…」


『了解、体内のサンドスターロウをセット、吸収を開始』


 真っ黒な装甲がシロの体にガシガシと音をたて装着されていく。

 



 成功したな?


 結構前のことだ、アライさんがType2を使おうとして自分のサンドスターをとられて大変なことになったことがあった。


 だからできると思った、俺が装着してシロさんからサンドスターロウを吸収するよりも早く、シロさんのサンドスターロウを回収する方法… サンドスターロウのモードを直接体内からのロウ使えばいいんだ。


「う… なんだこれ…?」


「シロさん!動けますか?」


「これ…!これ辛い!どうやって外すんだ…!」


「今度は解除です!解除と唱えてください!」


 シロが解除を唱えると真っ黒な装甲は音をたて外れていく… やがて元の色のラッキービーストの姿に戻った。



「はぁ… ありがとう、九死に一生ってやつだな?まさか助かるとは」


「よかった… はぁ良かった本当に…」


 サンドスターを根こそぎType2に奪われたシロからはフレンズの特徴が消えただのヒトの姿だけが残った、無論右腕は無いままだ。


 命は助かったが失ったものは大きい。


「良かった… 彼女も無事なようだ、本当にありがとうシキ君?」


「いえ、でもやばいっすね?あんなのどうやって倒せば?」


 シキはタンクで浄化したサンドスターを欠乏中のかばんに当てながら空を見上げた、そこには劣性のレイバルとグレープの姿が見える… 今にも落ちてきそうだ。


「すまない、すべて俺のせいなんだ… 力を奪われてしまった、今の俺はサンドスターも空っけつのただの白髪野郎だ、しかも片腕だ、情けないよ…」


「なに言ってるんですか!おかげでかばんさんは無傷で助かったじゃないですか!」


「いや違う… ヤツの目的は俺だった、俺のせいで彼女は捕まったんだ… やっぱり、俺はどの世界でも彼女を不幸にしているのかもしれないな、しかもこの世界を危険にさらして俺自身もこの様だ… とんだ疫病神だよ俺は」


「バカ言ってんじゃねぇよっ!!!」


 声を荒げるシキに驚いたシロは目を丸くして彼の方に顔を向き直した。

 

 細く眠そうなタレ目の彼が眉間にシワを寄せ自分を睨みつける姿が意外で仕方なかった… 彼はこんな感情的な表情もするんだなと思いつつ、折れかかっている心の為かシキの気迫に押された。


「アンタはただかばんさんが好きなだけだろうが!どうでもよかったらここまで必死にならないだろ!彼女の為にやりたくもない冷たい態度とってわざと溝なんか作ろうとしてたんだろ!好きな女が拐われたら必死にもなるさ!取り乱してキレまくって失敗することくらいあるさ!俺だったらとっくに死んでるよ!でもアンタ優しいから!自分の行動に後悔しながらもできる最善のことをしたんだ!その証拠にかばんさんは無傷だろ!本当の奥さんでもないなら放って置くこともできたのに!でもアンタ優しいから!」


「シキ君…」


 そう、彼女は彼の妻ではない… でもかばんであることに違いはない、故に彼には放っておくことができなかった。

 自分の世界ではないここのことなんて無視することだってできた、でも彼にはできなかった… 愛する妻にそっくりな彼女を見捨て、自分の故郷にそっくりなこの楽園が壊れるのを見過ごすことなど。


 彼には到底できないことだった。


「原因がどうとか… そんなん関係ないですよ!あなたはヒーローなんだ!パークとかばんさんの為に一人でセルリアンの群れに立ち向かったヒーローなんですよ!そうだろ白炎の獅子!」


 白炎の獅子、その言葉はもう彼の2つ名には相応しくないのかもしれない。


 しかし、そんな心も体もズタボロだった彼にシキの言葉が、熱意が、想いが伝わった。


「わかった… まったくこんな若い子に励まされて情けない大人だな俺は」



 まだまだガキってことだよな俺も。



 ふらつく体に鞭を打ちヨロヨロと立ち上がると、彼は再び闘志を胸に戦う決意をした。


「炎は奪われたが、俺にはまだ母から受け継いだホワイトライオンの力がある、腕は無くしたがサンドスターコントロールも防御になら使える… なんとかアイツからスザク様の力を取り返すんだ!協力してくれシキ君!」


「無茶ですよシロさん!休んでててください!」


 いや、休んでる暇なんてない… サンドスターはシキ君に分けてもらえばほんの少しくらいなら動ける、浄化の力を回収すればサンドスターはセルリアンからでも奪えるから死ぬ気で取り返す必要がある、ここが正念場だ。


 しかしどうやって取り返せば?厄介だな、くそ!スザク様の力があればなぁ!


 ん、待てよ…?


 スザク様の力か…。



「じゃあ… なんとか三人で動きを封じてみせます!シロさんはその隙にアイツから力を取り返してください!よしいくぞType2!」


『正直勝算は薄いですが、付き合ってやりますよ?』


「勝算がどうとかじゃない!やるんだ!勝つぞ!装着!」


 シキ君の一声で装甲が装着されていく。


 Type2はフレンズの力を自らの物にできる、そしてそれは何も本人がいる必要はない、ほんの少しサンプルがあればいいんだ。


 そのほんの少しのサンプルが彼に無限の力を与える。


「アクセル全開!」

『セット グレープ!』 


「待ってくれシキ君、ひとつ試してみないか?」


「『試す?」』



 ほんの少しのサンプル… ならこれでも大丈夫なはずだ。


「これだ」


 俺が取り出したのは胸ポケットに押し込んであった神々しい紅の尾羽。


 そう、スザク様がお守り代わりに持たせてくれた物だ。


「正直なんに使うんだよって思ってたけど、こんなところで使えるとは、本当にお守りになった」


「それなんですか?羽?」


「四神獣スザク様の尾羽だよ、神の力を機械に捩じ込むとどうなるのかわからないけど、目には目をだ!やるぞ!」







 シキもその羽の美しさに一瞬目を奪われた。


 シロが言うように、そんな神々しい代物がType2にどんな影響を及ぼすのか定かではない… しかし、このままでは神の力を奪った女王を倒すことはできない。


 シキも腹を括った。


「やります!Type2… 頼む!」


『了解…』



 シロから手渡されたスザクの羽が、グローブ状のType2の中に消えていった。

 



『セット…』


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