s1 ep12-3
無難な配置で中央に据えた新井がそもそもの疑問を口にしたのは、出発して間もなくのことだ。
「けど厄介な荷物っていうのは、俺たちが同席しても構わないような物なのか?」
「さぁな。無機物か有機物か、生きてるのか死んでるのかも聞いてねぇから知らねぇよ」
運転席の冨賀は新たな煙草を咥えて言い、続けた。
「まぁ死体だったら掃除屋を呼ぶはずだから、無機物か生体のどっちかだろ」
酒屋までは渋滞に引っかかることもなく十五分程度で到着した。
クルマで移動すればこんなに近所だという現実は決して愉快ではなかったけど、その短い間に中野の知らない情報を新井が引き出したのは予想外の展開だった。ただし、これらは中野坂上から酒屋への距離と同じく、知れば知ったで神経がささくれかねないため敢えて触れずにきたことでもある。
「Kとはどれくらいの付き合いになるんだ?」
新井が尋ねると、窓を開けて煙を吐き出していた冨賀は中野に対する態度とは違い、至って普通にこう答えた。
「俺は七年か八年か、そこらだな。キッカケは、まぁ、初対面の相手に聞かせるようなことじゃねぇから今は勘弁してくれ」
「落合さんの彼女も同じ頃から?」
新井の中では既に、ヒカルとアンナは恋仲になってるらしい。
「アンナは、Kと知り合った次の年に俺が別ルートで繋がって、武器屋を替えたがってたKに紹介したんだよ」
「それって国内で? そんなにあちこち武器商人がいるわけ?」
中野が素朴な疑問を挟むと、右に並ぶ二人は揃って微妙な沈黙を寄越した。
窓から灰を落とした冨賀が、横目で新井を掠めて唇の端を歪めた。
「あんたの彼氏は平和なもんだよな、全く。こんだけ渦中にいながら、よくこんなにのほほんとしてられるって感心するぜ」
「それはさ」
新井が口を開く前に中野は言った。彼氏という一語は、もう面倒だからスルーする。
「周りが誰も彼もみんな、訊いたって教えてくれないんだからしょうがなくない?」
「こんなヤツを甘やかしすぎなんだよ、どいつもこいつも」
「俺や落合さんは依頼内容に従ってるだけだ」
俺はKに口止めされてるよ、と運転席でボヤく冨賀のこちら側で、新井がやや神妙な口調になった。
「でも、さっきも言ったけど、もう中野も知るべきじゃないかな。実際問題、現状はかなり危険だし」
「どの陣営も躍起になってるからな、今」
「陣営?」
尋ねた中野の声に、残念ながら答えは返らない。
口止めされてるヤツらだから無理からぬこととは言え、教えてくれる気がないくせに断片をチラつかせるのはいい加減やめて欲しい。もしくは、それこそが彼らにとってはストレス発散の一部でもあるんだろうか。
酒屋に着くとまず、買い物の荷物を店の冷蔵庫に預けた。
スーパーで買った生ものに思い至ったのは、中野坂上を発ってからだ。ちゃんと引き取って帰れるとは限らないけど、この際仕方がない。生ものがあるからといって同行を諦めたかと訊かれれば、もちろん答えは否だ。
後部座席から後ろの窓までが全て黒いフルサイズバンに乗り換えて走り出すと、目的地の四つ星ホテルまでは十分足らずだった。
地下駐車場にクルマを収めたあと、冨賀は坂上の指示でフロントに立ち寄り、残りの二人はロビーで待った。
平日の夜で繁華街でもないせいか、都心とはいえ客の姿は疎らで閑散としている。おかげで冨賀と無関係な素振りを装うのは難しそうだったから、中野と新井はセラーバーの入口で入店を相談するフリをしていた。
にもかかわらず、フロントを離れた冨賀が憚ることなく近寄ってきて、彼らに一枚ずつカードキーを配った。
「定員五名のジュニアスイートなんだとよ」
「あ、そうなんだ……?」
説明されてもまだ腑に落ちない気持ちでエレベータに向かう途中、フロントスタッフの取り澄ました顔がチラリと、しかしたっぷりの好奇心を孕んだ眼差しで三人の客を見送っていた。
が、それよりも、だ。
三名分のカードキーを渡されたということは、少なくともチェックインしたのは二名以下のはず。厄介な荷物ってのが生きた人間だとしたら、坂上は一体、誰とジュニアスイートなんかに入ってるのか。
カードキーがなければボタンが反応しない上層階まで昇り、物腰だけは慇懃なフロア専用のコンシェルジュデスクからも好奇の目を浴びながら、三人揃って何気ない風情でキーに印字された部屋番号を目指す。
意匠を凝らした扉の前から冨賀が電話で到着を知らせると、慎重にそこが開いて坂上の顔が覗いた。その目が中野と新井を舐め、眉間に微かな難色が刻み込まれる。
「なんであんたがいるんだ? しかも子守まで引き連れて」
それでも入口で悶着することなく、全員を中に入れて素早くドアを閉めた。
バスルームのドアを行き過ぎた向こうには小ぢんまりとしたリビングスペースがあり、壁際の豪奢な二人掛けのソファに見たことのない男が座っていた。
酒屋と同年代の二十代後半と思しき人物は、酒屋と同じくらい浅黒く、エキゾチックな香りが漂う面構えは、中野とは異なるエリアにルーツを持つ遺伝子が窺えた。そして中野と同じくらいの長身で、かつ酒屋よりも筋肉質なことは、シンプルなオフホワイトのカットソー越しでも十分に嗅ぎ取ることができる。
が、グローバルなファッションモデルだって十二分に務まりそうな造作と体躯でありながら、頽廃した腐臭のように漂う不健全な風情が妙に引っかかった。それも味わいを深める一端を担ってる、とかいうレベルじゃない。かなりメンタルに問題がありそうなのは一見してわかった。
だらけた姿勢でソファに沈んでいた男が気怠げな目を上げ、現れた三人のうち中野にじっと視線を据えた。と同時に、坂上が平素と変わらない声音で淡々と告げた。
「こないだ拾ったシステム屋だ。追われてるようだから隠す」
「え、あのホテルのアレ?」
中野は改めて男を見た。
なるほど、この容姿で飛び抜けた腕の持ち主なら、男を脅して犯して始末する快楽に取り憑かれた殺し屋が、らしくもなく惜しんで飼い殺していたというのも頷ける。
だけど、そんな事実がわかったところで不愉快をもたらすだけのものだったし、何故かやたらとこちらを凝視してくる纏わり付くような眼差しも不快極まりない。
ただまぁ、置かれていた境遇を考えれば、少々まともじゃなくなっちまっててもおかしくはないのかもしれない。
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