s1 ep4-4
「あれ? 生きてんの?」
坂上に尋ねるそばから本人の答えが飛んでくる。
「やだもう信じらんない! 元カノが心配じゃないわけ? ミナト!」
声のするほうへ近寄って覗き込むと、左肩を負傷したヒカルが冷蔵庫の脇に倒れていた。
寝る前に見たときと同じ、慎みに欠けるキャミソールワンピのままだった。倒れてからわざわざ整えたのか、裾がギリギリ下着を隠してる。しかしなんと、足元は裸足だ。
「心配なんかしないよ、とっくに別れてんだし。そもそも、ここにいるってことはヒカルが襲ってきたんだよね?」
中野は言い、それでもタオルを取ってきて彼女に手渡しながら疑問を投げ落とした。
「ところで、なんでそんな剥き出しの格好でドンパチやるわけ?」
「怪我してるのに、言うことはそれなの?」
「だって、どう考えてもおかしいよね」
「女子にはいろいろあんの!」
「女子は普通、銃なんかぶっ放さないよ」
言ってから、女子だけじゃなく特殊な職業に就いてない日本人は一般的に銃なんかぶっ放さないと思い直したけど、面倒だから訂正はしなかった。
中野は次に、坂上に尋ねた。
「何があったわけ?」
「あんたが今言った通り、あんたの元カノが俺の寝込みを襲いにきた」
「ジョークのつもりじゃないよね、それ」
「単なる事実だ」
「で──」
坂上からヒカルに目を戻す。
「なんで彼を狙ったんだよ? 俺と付き合ってた頃からこういうことやってたわけ?」
「いつになく真剣に知りたがるのは、その彼が絡んでるからなの?」
彼女は小首を傾げて唇の端でニヤつき、こう続けた。
「残念ながら質問に答えるわけにはいかないわ。正しくは、私にはその権限がないって言ったほうがいいかしら。だけど勿論、そこにいる同居人さんに教えてもらうのは勝手よ? 彼が答えてくれるならね」
「そこにいる同居人さんが答えてくれるとは思えないから、ヒカルにもうひとつ訊いておくよ。こないだ俺を連れにきたセクシィなお姉さんは、お仲間なのかな?」
「セクシィなお姉さんが連れにきた……?」
ピクリと眉間に皺を刻んだヒカルが、まるで仲間の裏切りにでも遭ったかのような面構えを坂上に振り向けた。
「どうしてそういうことを言わないのよ!?」
「いつ言う暇があったんだ?」
坂上が熱の籠もらない声音を投げ返す。
「で、どうなったのよ、その女は?」
「始末した」
「──」
ヒカルは数秒、何かを考えるように沈黙してから、顔を顰めながら立ち上がった。
「こうしちゃいられないわね。もう行くわ、私」
「あれ、手当てはいいの?」
「どうせここにいたって、いつまでもやってもらえそうにないしね!」
「俺は銃創についてはさっぱりだけど、まぁ出血してるわりに元気だから大丈夫そうだね」
「全くミナトったら、ほんと変わんないわね」
憤慨気味にヒカルは言い、私の銃返してよ! と仁王立ちで坂上に手のひらを突き出した。
無言で彼女を見返した同居人は、腰の後ろに差していた銀色の鉄砲を抜き取って差し出し、抑えた口調でこう言った。
「二度目はねぇ」
「わかってるわよ」
銃を引ったくって扉に向かおうとするヒカルの背中を、中野は呼び止めた。
「ヒカル」
「なぁに」
「あの狭くて急な階段、よく無事に降りたね」
「あら、心配してくれたの?」
「いや。転がり落ちて骨でも折ってたら、こんな騒ぎにならなかったのになって思っただけだよ」
「本っ当に相変わらずよね、ミナト。まぁ、そんなところが嫌いじゃないわ。好きでもないけどね」
「俺もヒカルを好きか嫌いかって二択だったら好きなほうだよ。でも、もしもさっきのドンパチでうちの同居人が死んでたら、俺がヒカルを殺してたかもしんないね」
「ミナトにできるかしら?」
「さぁ、それはやってみないとわかんないなぁ」
肩を竦めてみせると彼女はそれ以上答えず、チラリと坂上を一瞥してから、ちゃんと手当てしてもらいなさいよ! と捨て台詞を吐いた。
「アイツ──」
オフホワイトのキャミソールワンピが防音扉の向こうに消えたあと、中野はポツリと呟いた。
「二階の畳に血を落とさないかな」
坂上が目を寄越した。
「そこを心配するのか」
「彼女、ほんとに大丈夫?」
「大丈夫だろ」
「なんでトドメを刺さなかったんだ?」
「あんたには危害を加えないからだ」
「だとしても、またあんたを襲いに来るかもしれないよな?」
「多分もう来ねぇ、少なくとも襲いには」
どうしてわかるんだ──?
そう尋ねて答えが返るなら訊いてみる。だけど間違いなく答えなんて得られないだろうから、無駄な問いを口にすることはしなかった。
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