#476 コンバート記念・事務所対抗大会②

「こちとら事務所の看板背負ってるんだぞ! やるからには、本気で勝ちに行くんだよ!!」


 仲間や視聴者に激をとばすキャシー。彼女のリアルは、陰キャで情に厚い常識人なのだが…………配信中の性格は過激で破天荒。ヒール役として大きく場をかき乱すが、視聴者や部外者に迷惑をかける配信をすることはなく、ベテランストリーマーとしての配慮や技術をもっている。


『>全力で事務所の看板に泥を塗りこんでいくスタイル >汚い! さすがは猫野、汚い!! >やはりFHの配信が1番面白いわ』


 ともあれ、実際のところ大会運営も事務所間で協力や妨害が発生するのは織り込み済み。第一段階から積極的に他事務所に接触しにいく展開は予想外だったが…………コンバートエリアからは攻略ルートが交差し、競い合う要素や、逆に協力しないと入手できない要素も存在する。


「キャシーちゃん。けっこう出来たけど、まだ作る?」

「はい、お願いします。ギリギリまで生産系アイテムを作っていきます」


 WCには、クラフト以外にもL&Cにない要素がある。その一つが『食料と空腹ゲージ』で、満腹状態時には自動回復効果が付与され、逆に空腹状態になるとスリップダメージが発生する。WCの回復は食事での自動回復がメインで、即効性のある回復ポーションも存在するがコレに満腹ゲージを回復する効果は無く、食料は必ず必要となる。


「事務所対抗戦で(他事務所相手に)商売しようとか、ほんとう、キャシーの考えはブっとんでるよな~」

「F&Lに食料は無いですから、コンバートエリアでは補給手段が必要になるはずです!」

「代用品が転がっている可能性もあるけどな」

「その時は、暴食しながらゴリ押しプレイですよ!!」


 キャシーが打ち立てた作戦は『限界まで生産活動に専念して他事務所に先行してもらう』というもの。とうぜん出遅れるが、そこは生産した食料を元手に他事務所から情報や余ったアイテムを買い集めることで補う。


 正直なところ絵面は非常に地味であり、視聴者ウケも期待できない作戦ではあるが…………大会運営が指定した違反行為には該当しておらず、事前に事務所や運営に承諾を取り付けている。


『>今来た。まだ本格的な攻略ははじまっていない感じ? >まだっぽい。知らんけど >知らんのかい! とはいえ、実際、ゲームの事なんて分からないで見ている人も多いんだよな >純粋にFHのやりとりは面白いからな >効率プレイが見たいなら、DooMの配信がオススメだよ』


 このような作戦でも、そもそも演者のやり取りが面白すぎるので、視聴者数の伸びはFHが1番。対して真面目に攻略しているFSLは、新規視聴者の流入が殆どなく、一部の熱狂的な既存ファンがコメント欄を必死に盛り上げているだけ。視聴者数にかんしては他事務所にとられて横ばいであった。


「ただいま~。とりあえず、適当にその辺の動物を狩ってきましたよ」

「おかえり~。調理はやっておくから…………引き続き、馬車馬のごとくはたらいて頂戴」

「言い方!」

「は~ぃ、ボス! いってきま~す」


 最高戦力の獅子王をダンジョンに向かわせる事なく、周辺でザコ狩りをやらせる。コンバートエリアに限らず、地下やダンジョン内において食料はレアアイテム。ほかにも地上でしか入手できないアイテムは多く、あとから必要になった際に戻って探し回るのはロスが大きい。


「キャシーぱいせん、やっぱり、村ごとにクエストが違うっぽいです」

「やっぱりね! わざと偏るように出来ているのよ、こういうのは!!」


 チームチャットで送られてくる情報に対し、誇らしげに胸を張るキャシー。しかしながらクエストの偏りは偶然の産物であり、これまでの作戦も運頼みの部分が多かった。最悪の場合、すべてが空回りに終わっていた可能性もあるのだが…………そこは世界一のアイドル集団。どう転ぶにせよ、間違いなく配信は盛り上がったであろう。


『>勝ったなガハハ。風呂行ってくる >協力プレイを見越した設計だったんだよ最初から >つか、協力なしで向井千尋を倒すなんて不可能だぞ >向井なにがしってそんなに強いの? >向井は世界チャンピオンで、しかも強化されたボスアバターで参戦する。5対1程度では普通のプロ相手でも厳しいだろうな』


 余談にはなるが…………『Vアイドル事務所のトップ』と謳われるFHだが、実のところ事務所の売り上げは全くもってトップではない。Vアイドルのフォロー数ランキングや投げ銭ランキングでは上位を独占するも、所属アイドル数の少なさから事務所単位の売り上げでは(同じVアイドル事務所の)VIPに劣り、さらに所属ストリーマー数が多い総合ストリーマー事務所のDooMが上を行く。


 結局のところ、何を基準に考えるかで変わってくるのだが…………どこを切り取ってもFSLがトップに輝く事は無い。芸能プロダクションのゴリ押しで、若い女性や、そもそも配信を見ない層に名前だけ知れ渡っている状態であった。


「ぱいせん、VIPの皆が温かいです。このままVIPに移籍してもいいですか?」

「大会が終わったらイイわよ」

「こらこらキャシー! そこは止めろ。山田も、マジで移籍したら泣くからな! キャシーが」

「ちょっ! なんで私が!!」

「いや、キャシーが一番ぎゃん泣きするだろ?」

「ぐっ、それは……」


 口には出さないが、FHにも数々の挫折があった。とくに世界に向けて配信していると、知らずに特定の国の地雷を踏み抜いてしまう事もある。もちろん、単純な問題行動で強制解雇される場合もあったが…………他事務所も含め、キャシーは縁のあるストリーマーの卒業を涙なしでは受け止められない。


『>やばい、思い出したら涙でてきた >くっそ、俺は生涯FHを推し続けるからな! >アイドルは推せるときに推せ。失ってからでは取り返せないんだ』


 視聴者が、望まぬ引退の悲しみと悔しさを思い出す。もちろん中には、去った者を嬉々として叩く者も居るが…………FHの絆は強く、心なき部外者や悪意ある工作員に屈する事は無い。


「え!? マジで? 今、コンバートエリアに繋がるゲートが見つかったみたいです!!」




 コンバートエリアへのゲートが見つかり、大会は第二段階へと突入した。

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