#472 WC事変⑨

「みんなも、こういうのに騙されちゃダメだよ。こんなの正義でも何でもない、ヤクの運び屋に利用されるのと同じなんだから」


 今日もミーファの定時配信が公開される。内容は基本的に雑談メインで、時おり……。


『>やはり底辺配信者には、そういうの来るんだなw >うわ、メッセージ晒しちゃったよ。消されるなコレ >珍しくタメになる暴露キタコレ』


 事の発端はSNSでのやり取り。ミーファが公開している意見箱に『L&Cの闇』についての告発が送信され、それにあわせて拡散の協力要請や…………そこに"謝礼"が支払われる旨のメッセージが届いたのだ。


「私、たまに告発もやるけど…………炎上系とか、工作系じゃないんだから、こういうの送ってくるの、マジで辞めて欲しいんだよね~」


 犯人はまず、相手の正義感に訴えかける。客観的に見れば根拠の無いデマであり、妨害行為なのだが…………正義感と怒り、そして何より『悪を裁く行為』は正常な判断力を奪ってしまう。もちろん、大半の常識人には通じないのだが、それが通じてしまう短絡的な者や、裏の意図を理解しながらも報酬や売名目的で協力する輩は一定数あらわれてしまう。


『>そもそもF&CってPKありきのゲームじゃん。治安とか今さら草草草 >それでも鵜呑みにする情弱は一定数居るぞ >そんなことをして何がしたいんだ? つか、何のメリットが??』


 このようなネガティブキャンペーンは大小あれど定期的に起きている。それはゲーム内容的に仕方ないことで、だからこそコンシューマー版のトライライトキングダムでは表現や機能に大きな制限をかけ、リハビリシステム対応タイトル登録もそちらでおこなった。


「理由か~。普通に考えたら、似たようなゲーム(をリリースしている会社)の何処かになるんだろうけど、どうかな~。それよりも怪しいのは、やっぱりWCとの連携関連だよね~」


 実のところミーファも、薄々ではあるが真犯人について察しがついていた。しかしながら底辺配信者として、数々の炎上と、同系配信者からの裏情報を得て『ギリギリの間合い』を会得していた。もし、この場で真犯人の正体や目的を正確に言い当ててしまったら……。


『>ぶっちゃけ、それ以上は言わない方が良いぞ。マジで潰される >俺はもう察した。あぁ、アソコね >ぜんぜん分からないんですけど、誰か説明してクレメンス』


「私も、"アソコ"とは付き合いが無くて詳しくは知らないんだけど…………悪い噂は、絶えないよね~」


 真犯人の目的は"忖度"であり、直接的な証拠は残さない。そして忖度してほしい相手には『火消しを手伝う。我々が協力すれば即座に解決する』と囁くのだ。





「おりゃあ! 死にさらせ!!」

「キャシーちゃん、言葉遣い。普段、FHの配信を見ない人も見るんだから」

「ハイ! すいません、気をつけます」

「まったく、ウタウには素直に従うよな」


 FHの合同練習。大会の具体的な内容は本番に知らされるものの、コンバートステージでの仕様などが参加者に伝えられ、より、本格的な練習や作戦立案が可能となった。


「キャシー先輩は、後輩には厳しく、先輩には従順ですからね~」

「先輩を敬うのは、当然だろ!!」

「いや、私も、お前の先輩なんだけど??」

「イオ先輩は、イオ先輩なので」


 大会で勝敗を分かつであろう要素は多数予測されるが、1つの大きな要素として『経験値と装備の扱い』があげられる。WCにもRPGゲームのような経験値システムは存在するものの、それによってアバターのステータスは増減しない。集めた経験値は装備などの能力付与エンチャントに消費され、死亡して経験値がリセットされても装備を回収すれば(経験値ロスト以外の)ペナルティー無しで再開できる。(ただし所持していたアイテムは死亡した場所に落とすので、回収の手間やロストしてしまうリスクが伴う)


「おい! 私の扱い!!」

「まぁまぁ、2人とも、仲良く仲良く」

「ハイ! イオ先輩、仲直りですよ」

「え? なに? 何で近づいて……」

「さぁ、仲直りの…………チュ~」

「わぁ!? やめろ気持ち悪い!!」

「ちょ、気持ち悪いとは何ですか!!」


 コンバートステージでは、入手したアイテムにエンチャントを付与し、それを使用する形でスキルシステムの再現をおこなう。アイテムは入手時からエンチャントが付与されている場合もあるが、一度付与したエンチャントは移し替えが出来ないので、アイテムの初期性能を重視するのか、付与されているエンチャントを重視するかで選別要素が生まれる。


「普段のおこないを考えろ! まだ、いつものノリの方がマシだわ」

「じゃあ、やっぱりイオ先輩は、イオ先輩って事で」

「あれ? もしかして私、のせられた??」


 このシステムの問題は(ロストもそうだが)受け渡しや略奪が可能な点にある。クエストやNPCモンスターを倒して収集・選別するよりも、他プレイヤーから選別済みのアイテムを奪う方が手っ取り早いのだ。もちろん、仲間同士で協力プレイをするさいはその様な略奪行為は起こらないものの…………不特定多数のプレイヤーが参加する公開サーバーやチーム対抗イベントでは、略奪要素も重要となり、その点では『L&Cとゲーム理念が近い』と言えよう。


「はいはい、ジャレ合いはそこまで。ゲストを待たせているんだから」

「おお、そうだった! 対人戦のプロを呼んだんだよな!?」


 FHは事務所外のストリーマーともコラボ配信をおこなっているものの、基本的には身内同士のカジュアルプレイを配信するスタイルとなっている。そのため風間も含めて、外部のプロに指導を依頼するのは初めてといっても良い状態であった。


 風間は案件などで面識があり、同時にストリーマーでもあったので裏に隠された思惑を邪推するファンは限られたものの…………ここまでくると裏事情を察してしまうファンは少なくない。しかしながら裏事情に詳しいコアなファンは彼女たちの味方であり、大会がもとより事務所対抗戦であったことから大きな問題に発展する気配は無い。


 今のところは。


「いいい、いや、プロじゃないけど」

「あ、声が裏返った」

「ツッコミはいいから、まずは挨拶!」

「「は~ぃ」」


 自己紹介をすすめるのはナツキ、コノハ、SK、Hiの4人。彼女たちは(名目上は)風間の紹介で集まったL&CのベテランPKにして、ストリーマー事務所に所属するプロストリーマー(例外アリ)となる。


「本当はまだ何人か呼んでいたんだけど……」

「すいません、逃げられちゃいました」

「だよね」

「「…………」」


 キャシーとウタウが、複雑な思いを必死に抑え込む。本音を言えば向井千尋、本人に協力をあおぎたいところだが、『ライバル事務所が気に入らないので勝たせてくれ』などと言ってしまえば八百長になってしまう。くわえてFHは、所属ストリーマーを男女で明確に分けて管理している。それはアイドル路線をいくうえで必要な配慮であり、その点で言っても向井への接触は避けるべきであった。


 そんななかで遅ればせながらコラボ企画に参加してくれた相手は、向井ファミリーの中では側近と思われるメンバーから少し離れた、2軍や3軍にも見えるメンバーであったのだ。


「せめて、ニャンコロさんだけでも、来れたら助かったんだけど」

「その人って、強いんですか?」

「あぁ、多分、私と同じくらいかな?」

「「えぇ!?」」


 風間の発言に、FHの面々が驚きをあらわにする。FH側にも"プロ顔負け"の実力を持つ獅子王マコトが在籍している。しかしながら2人が戦えば、勝つのは風間。素質は獅子王も負けていないものの、どうしても練習量の差でプロの風間が勝ってしまう。


「いや、実際に戦ったら、あの人絶対に勝てないですよ」

「だよな。今日も逃げたくらいだし」

「「??」」


 しかしプロ級の実力を持つニャンコロには、明確な弱点があった。


「いや、FHとのコラボで、平然としているお姉ちゃんたちも、大概だけどね」

「それは、まぁ……」


 現在、彼女たちの配信を見ている接続者数は1万超。これは個別の数値であり、その合計は10万をこえる。もちろん複数窓で重複視聴している者は少なくないが、それでも一般配信者の同時接続数から比べれば1桁どころか2桁以上の開きがある。


 そう、今、コラボしている相手は世界を舞台に活躍するVアイドル界のトップ勢。並のストリーマーなら共演どころか声がかかっただけで限界化して、とても企画にならない相手なのだ。


 ともあれ相手が本物のトップアイドルでも、構わず我が道をいってしまう者や、あるいはそもそもVアイドルをよく分かっていない者には関係のない話。


「はいはい、初コラボで緊張してしまうのは分かるけど、時間が勿体ないわ」

「お、おう! そうだったな。期待しているぜ、先生!」

「あね…………じゃなかった。そう、先生! 任せてちょうだい。伊達にL&Cで、悪徳の頂点にたってないんだから」


 それに、指導者としての適性は"実力"だけでは決まらない。その点で言えば、今回集まった4人は"最適"と言えよう。




 こうして、裏に控えているユンユンやニャンコロが終始奇声を発する中、FHの面々に本格的なPK技術が叩き込まれていった。

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