#269(6週目木曜日・午後・セイン)
「あ、師匠! おはようございます!!」
「お、おぅ。おはよう」
昼、ギルドに顔を出すと(もう手合わせは終わったのか)スバルが元気よく挨拶してきた。多少違和感を感じながらも、いつものメンバーと挨拶を交わしていく。
「それで、傭兵のレンタルなんだけど…。…。」
違和感の正体は、今朝発表された『アップデート予告』について、皆が話し込んでいる点だろう。この3人、昼は必ず顔を合わせる癖に、意外に無駄話をしないと言うか、お互いに深入りしないサバサバした関係で、それぞれの作業に専念する。だから、3人が揃ってお喋りしているのを見るのは始めてだ。
それはともかく、今回発表されたアップデート内容は3つ。
①、FEの機能拡張。傭兵や眷属などの視界にもFEが対応して、撮影方法の選択肢が増えた。
②、ギルドホームの追加要素に、プライベートな屋外エリアを生成する機能が追加された。
③、大型生物襲来イベントの告知。各地のイベントエリアに希少な魔物が出現する小規模イベント。
「そう言えば、師匠は前に傭兵を使っていましたよね?」
「あぁ、侵攻イベントの時にな。そうだなぁ、撮影用なら、やっぱりスージーかな? 補助系特化のスカウトで、ある程度の難易度までならザコにタゲられずに潜伏できるぞ?」
「結局そこよね。でも、それならファンの人たちに頼めばいいし、やっぱり眷属が使えるようになってからかしらね…」
ユンユンは、ベテランVRアイドルとして、ファンとの距離感に気を使う。撮影しやすくなるのはいいが、撮影自体がファンとの交流の場であり、それを必要としないNPCを用いた撮影には消極的なようだ。しかし、セイレーンに転生すれば、鳥型の眷属を召喚できる。交流の話はともかく、空撮が出来るのは動画配信者として大きな武器になる。
「そう言えば、FEの光って、魔物は見えないんですか?」
「あぁ、見えていないらしいな。そもそも、PCの視線に関しての反応行動が存在しないからな」
「関係ないけど、今、L&Cの魔物をこっそり撮影して、ウソの解説を入れるドキュメンタリー風の動画が流行っているのよ? そうだ、お兄ちゃん…」
「そういうのは自分で
FEは、光で周囲に撮影中であることを伝える。それにともなってPCの目には目立って見えるのだが、魔物に関してはFEの光に反応する行動パターンは存在しない。だから、中には死角の多い場所で周囲を確認するのにFEを用いるPCもいる。
「ブーブー。アイドルの頼みだぞ~」
「あ、あぁ…」
「うわっ、そう言えばそうだったなって顔した!」
「はい」
「素直すぎ!!」
定期的に変な動画が流行るのはよくある事。配信者は再生数が収入に直結するので、流行りには乗っかり得だったりする。協力する気にはなれないが、俺が協力すれば、現状では撮影困難な高難易度狩場の画も撮れてしまうわけだ。
「師匠は、何か気になるものはありますか?」
「ん~、しいて言えば、ギルドの拡張機能かな? 金はかかるが、自由連合のサバイバルイベントを専用エリアで開催できるからな」
追加された屋外エリアに魔物は出現しないので、システム的には屋外風の大部屋ってことになる。今でも、小さめの体育館のような空間なら追加可能で、そこに自前で用意したデザイン変更パッチを入れれば屋外のように見えるデザインには出来る。しかし、次のアプデで(面倒な手順を踏まなくても)既存の選択肢に広い屋外空間
「それなら運営がラクになるな! なぁアニキ、またイベントに参加しないのか? 勝負しようぜ!!」
「一緒に参加しようって言わないところが、本当にお前らしいな」
「いや、だって一緒に参加したら、アニキと戦えないじゃん」
「ボクは、師匠と一緒に参加したいです! あ、でも、(敵としてなら、師匠にあんな事やこんな事を…)うぅ、やっぱりボクも敵側でお願いします」
「ははは、やはりお前たちは根っからのC√PCだな!」
俺は別に、仲間同士で馴れ合いがしたいわけじゃない。むしろスバルやSKのように、ハングリーに高いところを目指そうとする精神を持っている人材が揃ってくれて嬉しい限りだ。チームとしての連携は期待できないが、コイツラが居れば、俺も、コイツラも、これからもっと強くなれる。PTプレイも重要になるL√では問題だろうが、C√的にはこれでいい。と、俺は思っている。
そんな事を考えていると、この時間では最近見ない影が現れた。
「にゃ~ん」
「なんだ。猫か」
「にゃんにゃん。猫のニャン子だにゃん」
最近リアルが忙しいのか、この時間帯は殆ど顔を出さなくなったニャン子。極度の人見知りなのでユンユンやSKを避けている可能性もあるが、まぁ、ウチは自由参加なので詮索する気は一切ない。
そう言えば、ニャン子的にSKはどうなんだろう? ニャン子の人見知りは、結構相手を選ぶ。
しかし、意外なことにSKとは普通に挨拶をしている。コノハのメールでニャン子と会った事は知っていたが…。SKは、確かに好戦的で押しが強い部分もあるが、基本的には他者に依存しない(頼らない)性格だ。
なるほど、ニャン子的には、SKはアイと同じようなポジションなのかもしれない。
「…。それで、今、アップデートについて話をしていたんです」
「にゃ~ん。アチシも、それが気になって作業を中断してきたにゃ」
「なるほど。でも、あくまで予告ですよ?」
「そうだけど、なんかウズウズしちゃったのにゃ」
「「あぁ~」」
遠足の前日に眠れなくなる感覚だろうか? どうでもいいが、どうやらニャン子の用事は自室で出来る類のもののようだ。邪魔する気はないが、一応、覚えておこう。
「それで、ニャンコロさんが気になっているのは、どれですか?」
「もちろん、襲来イベントにゃ。現状では入手できないアイテムを手に入れるチャンスにゃ~」
襲来イベントは、ぶっちゃけて言ってしまうと『特別何も起きない週に発生する繋ぎのイベント』だ。現状、進行度は伸び悩んでいるので、今後は週末になると度々発生するだろう。
一応、繋ぎと言っても現状では相対的にかなりの難易度になるはず。デスペナのリスクは高まるが、それでも倒せれば転生後でも使えるような装備が手に入る(かもしれない)一攫千金のチャンスだ。挑む者はそれなりに多いだろう。
「盛り上がっているところ悪いが、俺はもう行くからな」
「あ! 師匠、待ってください」
ともあれ、無駄話に付き合うつもりはない。上を目指すと決めた以上、甘っちょろいお友達付き合いに興じる時間は、悪いが持ち合わせてはいない。
「兄ちゃんはせっかちだにゃ。どうせ行き先は同じだにゃ。皆で行くのにゃ~」
そう言えばそうだった。自己嫌悪しているわけではないが、仲間を助けなかったり、別行動が多いなど、協調性に関しては本当に血筋なんだと思う。
そんなこんなで、今回は目的の狩場が同じという事もあり、ユンユンを除く4人で狩りへ出かける事となった。
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