#029(5日目・午後・セイン)

「ん~、やはり現状では露店の商品はたかが知れているな…」

「無理もないにゃ。今、ヘタにレアアイテムを出してもお互い困るだけにゃ~」

「俺はさっさと売っちゃう派なんですけど、やはり資金や流通量が増えて価格が安定してから売買したいって人が多いんでしょうね」

「そうにゃ。あと…」

「はい?」

「その、中途半端な敬語はヤメるにゃ」

「う、気を付け…、るよ」


 今日はニャンコロさんが昼からログインできたので、軽く王都の露店を見て回っていた。


 正確な数字はわからないが…、サービス開始5日目では、やり込んでいる人でもレベルはまだ20程度、早い人でも30いけばいいほうだろう。これでは有用なレアアイテムを入手できるPCは極限られる。それになにより、露店に並んでも買う資金が用意できない。


 ちなみに適性レベル30~60で入手できる有用なレアアイテムの価格は、大体100k~1Mで取引されている。サービス開始して間もない現状で、これだけの資金を用意できる"個人"はまずいないだろう。


「あぁ、あったにゃ! [マッシュの魔結晶]、値段は15kだからちょっと高いにゃ」

「まぁ買える値段か。とりあえず買いで」

「ほかに安い露店があるかもにゃ?」

「その場合はアイの<自動販売>で売れば済むから」


 <自動販売>とは商人のイベントスキルで、使用すると露店を維持したままログアウトできる。商品の補充などはできないので売れてしまえば終わり。上位スキルで代用できるので繋ぎのスキルでしかないが…、現状では非ログイン時の時間を有効活用できる貴重なスキルだ。


 ちなみに"マッシュ"はEランクのキノコの魔物で、魔結晶の効果は…、物理攻撃時5%の確率で眠り・麻痺・混乱・盲目のどれかを付与するという、なんとも微妙な能力だ。


 発動率が低い上に、場合によっては邪魔な状態異常がつく可能性もあるので、ネタ装備に分類されている。価格は6時代で1~5kと捨て値で取引されていたので、15kはそこそこ高いが…、それでもサービス期間を考えるとボッタクリとも言いきれない値段でもある。


「それじゃあ、他の露店も見てまわるにゃ」

「ちょっと待ってください。 …そろそろ時間ですね。今から酒場にいきますけど、ニャン子も来ま、来るか?」


 どうにもニャンコロまで言ってしまうと、癖で"さん"をつけてしまうので、キャラネームを隠す意味も込めて"ニャン子"と呼ぶようにした。


 へんに意識しているせいだろうが…、どうにもニャンコロだと、さん付けで呼んだり、中途半端な敬語を使う癖は抜けない気がする。


「うげっ、アチシはパスにゃ! 兄ちゃんにおまかせにゃ~」


 これがさん付けで呼ぶ相手の態度かと聞かれれば、とてもそうとは言えないが…、自分の中でニャンコロさんは、"手間のかかるお姉ちゃん"って感じだったりする。


 実際に妹か弟がいるかは知らないが、ニャンコロさんはこれでも意外に気遣いを欠かさない。表には出さないが、狩りの最中はタゲが流れないように立ち回ったり、アイの機嫌をとったりと…、見えないところで気を使ってくれる。


 一見、大雑把で無神経な人に見えるが…、実は引っ込み思案で、頭の中で色々と考えすぎてしまって動けなくなるタイプ。猫のロールプレイに拘っているのも、気苦労を抱え込まないようにする一種の自己防衛なのではないのだろうか?


「それじゃあ行ってきます。"コレ"は本当に交渉材料にしてもいいんですね?」

「かまわないにゃ。一応PTで行動している時に出したものだから、気にせず使うにゃ」

「それじゃあ遠慮なく」


 俺はニャンコロさんが出したレアアイテムを手に、レイが待つ酒場へと足を向ける。





「それで、俺たちの組織の名前は"アルバ自警団(仮)"に決まりました。普段は"自警団"とでも呼んでください」

「なるほど、わかりました。それでコチラの成果なのですが…。…。」


 レイと2人でお互いの経過を報告し合う。


 連中の組織名はアルバ自警団(仮)に決まった。"(仮)"がなんともアレだが、中二病全開の名前も覚悟していた俺としては、驚くほど普通の名前に安心してしまった。


 俺たちは自警団に直接所属するつもりはないが、世間はそうは見ない。周囲のPCは下っ端団員や協力者でも十把一絡げに"組織の一員"として見てくる。自警団なら…、うん、問題ない。


「ちなみに、レイ、さんって役職とかって持っているんですか?」

「呼び捨てでいいですよ。俺はいつもログインしているから、今北産業、つまり伝令役ですね」

「なるほど」

「本当は名実ともにあって、俺みたいに安定してログインできる人がいると助かるんですけど…、なかなか見つからなくって。一応、リーダーはいるんですけど、あの人は仕事の都合で今はほとんどインできないんですよね…」


 ネットゲームに人生をかける人は多いが…、実力や人望がともなう人となると、いっきに門が狭くなる。そもそもネトゲにハマっている時点で…、世間からすれば"問題あり"なのだから。


「まぁほとんどの人は自分の攻略を優先するでしょう。ましてや、ガチ勢は√落ちのリスクを背負ってまで初心者PCを助けようとはしません」


 俺もそうだ。ちょっとした気まぐれで誰かを助けたり、あまった装備を恵むことはあっても、長期的な支援はできない。L&Cはゲームだが…、ゲーム気分で成り上がれるほどヌルいゲームではない。


「はい。ですから、しばらくは会員数を増やして、お互いできる範囲で協力しあうのと…、怪しい行動をとっているPCへの対応マニュアルを考えようってことになりました」

「そうですね。まずは指名手配することを優先すべきでしょう。指名手配さえできればランカーの人にも協力を取り付けやすい」


 指名手配されると、専用アイテムの[手配書]で相手が指名手配犯かどうか自動判別できる。もちろん仮面などで判別を回避する事はできるが、それはあくまで"回避"するだけで"偽装"はできない。つまり、グレーはあっても、黒を白と誤認する心配はないのだ。


「あぁ、報酬の件なんですけど、とりあえずこれをどうぞ」


 そう言って[猫耳]を手渡すレイ。一応、俺たちはコレが目的で自警団に協力していることになっている。


「ありがたく頂戴します。ですが、いいんですか? 結局NPCは守れなかったわけだし、組織で行動している以上、自己判断で報酬をわたしても…」

「これはもともとにゃんころ仮面さんを勧誘する為に用意したものですから、自警団とは関係ありません」


 むしろ、自警団に所属するメンバーが自己判断で報酬をわたしている状況が問題だと思うが…、それはあえて指摘しない。俺は所詮部外者で、利益目的の傭兵にすぎないからだ。


「あぁ、忘れるところだった。これを手に入れたんですけど…」

「これは!!」


 そう言って手に入れたレアアイテムを見せる。


 手に入れたアイテムは[ゴブリンの魔結晶]。効果は人型種族に対するダメージ増加。つまり対人エンチャントだ。アイテムのランク自体はDだが、対人ということもあり高額で取引される。


「よければ自警団で買い取ってもらえると助かります。対人エンチャントなので抑えおいて損はないでしょう。できれば1Mで買い取ってもらって…、その資金でギルドを作ろうかと考えています」

「マジですか! ぜひ買い取らせてください! 一応、団員に連絡しますけど[ゴブリンの魔結晶]なら、むしろもっとフっかけられるくらいです!!」


 [ゴブリンの魔結晶]は6時代でも1Mに近い額で取引されていた。それが対人装備が充分に流通していない現状で1Mなら破格の値段といえる。


 自警団の構成員は下っ端も合わせると100人ちかい。それだけ人数がいれば1Mくらい、カンパで直ぐにあつまるだろう。少し勿体ない気もするが…、こう言うところで欲を出すと、あとで面倒ごとを背負いこむ羽目になるパターンが多い。多少損でも、俺は割り切った付き合いを選ぶ。




 こうして自警団との会合はアッサリと終わった。

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