人工温泉 3

 僕らは、従来の湯船を使った、共同で使える風呂に向う。

 お風呂には、さまざまな種類がある。『美肌の湯』『いこいの湯』『超電磁気風呂ちょうでんじきぶろ』など、名前が付いている。

 僕はまず、安全そうな『憩いの湯』に入ってみた。



『憩いの湯』の湯船に浸かると、ふわっと花の香りが漂ってきた。嗅いだことのある香りだが、どの種類の花かは思い出せない。

 お湯の温度はぬるめだった。花の香りの効果もあって、かなりリラックスが出来る人工温泉になっているようだ。


「このお湯、花の香りがするよ。とてもリラックスできる」


 僕がそう言うと、ジミ子とレオ吉くんが、この湯船に入ってきた。


「本当に良い匂いがするわね」


 ジミ子がお湯を手にすくい、匂いを嗅ぎながら言う。


「これはラベンダーですね。良い香りです」


 鼻の良いレオ吉くんは、すぐに花の名前を言い当てた。

 確かにラベンダーと言われれば、その通りだ。レオ吉くんに言われて、ふと、ラベンダーの畑を思い浮かべる。このお湯はとても居心地が良い。



 ヤン太とキングは、怪しげな『超電磁気風呂ちょうでんじきぶろ』という風呂に入っていった。

 その名前から、とんでもない風呂だと思ったのだが、ヤン太とキングは気持ちよさそうに浸かっている、


「そのお風呂、大丈夫?」


 僕が聞くと、ヤン太とキングが答える。


「大丈夫だ。電気風呂の一種だな。そんなにキツく無い」


「ビリッとくるより、じんわりと広がる感じだぜ」


 キングはそう言ってくつろいでいる。

 どうやら名前とは違って、意外と緩い設定のようだ。僕も後で入ってみよう。



 ミサキは僕たちの隣の『美肌の湯』へと入った。この風呂はミサキがに浸かると、細かい泡が底の方から湧き出してきた。これは非常ひ細かい泡で、湯船はあっという間に真っ白に濁る。


「おお、なんか美肌って感じね。お肌がツルツルしてきたわ」


 ミサキが自分の腕をなでながら言う。するとジミ子が突っ込んだ。


「そんなに早く効果が出るわけないでしょ、気のせいよ」


「いや、本当だって、片腕だけでも入れてみてよ」


 そう言ってジミ子の片腕を『美肌の湯』へと引き入れる。


「まったく、もう」


 そう言いながら、ジミ子は2~3分ほど、『美肌の湯』に片腕を入れ続けた。



 やがて片腕を引き上げ、肌の状態を確認をする。そしてジミ子がボソリと言った。


「あっ、全然ちがう……」


「本当? ちょっと触らせてみせて」


「いいわよ。レオ吉くんも触ってみて」


 ジミ子が両手を差し出してきたので、僕とレオ吉くんは、その腕を比べる様に触って見る。

 すると、明らかに違っていた。片方は普通なのに、もう片方の肌はすべすべだ。


「ちょっと私、こっちに入るわ」


 そういってジミ子は『美肌の湯』の方に入った。

 短時間でここまで効果が出るのは、ちょっと怖い気もするが、ジミ子はお構いなしのようだ。


「やっぱり気のせいじゃなかったのね」


 そう言ってミサキは頭の先まで湯船に潜った。

 二人とも、そこまで肌を気にする歳でもないだろう……



 僕とレオ吉くんは、のんびりと『憩いの湯』に入っていると、ヤン太とキングが面白い物を見つけたらしい。


 キングがレオ吉くんに声を掛ける。


「面白い人工温泉を見つけたんだ、レオ吉くんは、こっちの風呂に浸かったほうが良いんじゃないか?」


「えっ、なんでしょう?」


 そう言って、レオ吉くんを連れ出す。


 移動先は、浴室の隅にあった小さな浴槽だ。『疲労回復の湯』という名前がついている。

 疲労回復は、どこにでもあるような温泉の効能なのだが、このお風呂は色が異常だった。栄養ドリンクのオロレミンCか、エナジードリンクのリアノゴールドのような、まっ黄色の蛍光色をしている。



「この効能はボクにちょうど良いですね」


 そういって、レオ吉くんは黄色い湯船に肩まで浸かる。

 色はおかしいが、お湯は普通のようで、レオ吉くんは気持ちよさそうに目を閉じて、くつろいでいる。


 見た目は酷いが大丈夫そうだったので。僕たちはレオ吉くんを放っておいて、他の『打たせ湯』や『ジェットバス』を試す事にした。



 5~7分くらい他の湯船に浸かっていただろうか、そろそろ個人のオーダーメイドが出来る『カスタム温泉』を試してみようという流れになった。

『疲労回復の湯』にずっと浸かっているレオ吉くんに、僕が声を掛ける。


「そろそろ『カスタム温泉』を試そうと思うんだけど、レオ吉くんはどうする? もうちょっと後にする?」


「いえ、ボクも皆さんと一緒で良いです。このお風呂を出ますね」


 そう言って風呂から上がってくる。


「おっ、体が軽いです。ここの温泉の効能は凄いですね」


 レオ吉くんはちょっと驚いた様子で、腕や足を動かしている。

 本当にそれほどの効果があるのだろうか? ちょっと疑問が残った。



『カスタム温泉』のサービスを受ける為に、僕はロボットの従業員さんに声を掛ける。


「すいません。そろそろ『カスタム温泉』を使いたいんですが」


「了解しまシタ。こちらにある効能一覧表のリストから、お選び下サイ」


 そう言ってロボットが移動しはじめた。僕たちはその後について歩いて行くのだが、移動のついでにレオ吉くんの浸かっていた怪しげな人工温泉について聞いてみる


「そういえば『疲労回復の湯』って、本当に疲労が回復するのですか?」


「イイエ、厳密には『疲労回復』は行なわれまセン。『疲労回復』に必要な効能ならありマス」


「その必要な効能って、どんな効能なんです?」


「栄養素の補充デス。『疲労回復の湯』では、1分間につき、約30キロカロリーの摂取ができマス」


「……それは飲まなくても? お湯に浸かっているだけで?」


「ええ、お湯に浸かっているだけでカロリーが摂取できマス」


「そうですか……」


 レオ吉くんは5分から7分くらい、あの湯船に浸かっていた。

 摂取したカロリーは、およそ150~210キロカロリーくらいだろうか。およそお茶碗一杯分のカロリーを摂取した事になる。


 やはり宇宙人の技術は想定外だ。

『カスタム温泉』も、選ぶ効能を間違えると、とんだもない目に合いそうだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る