DNA劣化修復薬 3

『若返りの薬』の発表があった翌朝。

 僕が朝食を食べていると、玄関がガチャリと空いて、ドサッと何かが倒れるような音がした。

 玄関に行って見ると、スーツ姿の姉ちゃんが、廊下に突っ伏していた。


「姉ちゃん、大丈夫?」


 僕が声を掛けると、姉ちゃんが弱々しく答える。


「あー、もう徹夜よ。疲れた、弟ちゃん、靴とストッキングを脱がして」


 玄関で寝転んだまま仰向けになり、足を上げて僕に催促さいそくをする。


「姉ちゃん、パンツ見えてるよ」


「いいから、早く脱がして」


 どうやら、かなりお疲れのようだ。僕が靴とストッキングを脱がしてやる。

 ここは玄関なので、他に人が入ってきたらどうするつもりなのだろう。こんなだらしない姿は、人には見せられない。



 靴とストッキングを脱がしてやり、素足になった姉ちゃんを、風呂場の方へ誘導する。


「ほら、シャワーを浴びて」


「……もう、そのまま寝たい」


「いいから、サッとでも浴びておいて、母さんに朝食を頼んでおくから」


「分った、じゃあ、ちょっとだけ浴びてくるわ」


 フラフラと風呂場に入って行くのを確認してから、僕は母さんに姉ちゃんの朝食を頼んだ。



 僕が頼むと、母さんはヤカンでお湯を沸かし始めたが、そのお湯が沸く前に姉ちゃんが風呂場から出て来た 。そして台所のテーブルの自分の席に座った。よほど眠たいのか、髪の毛はまだ濡れたままだ。


「あー、もう、髪が濡れてるよ」


 僕が洗面所からタオルを持ってきて、姉ちゃんの髪をゴシゴシと拭いてやる。

 眠そうな姉ちゃんは面倒くさいのか、されるがままだ。


氷谷園ひょうたにえんのお茶漬けでも良い?」


 そう言いながら、母さんがご飯をよそる。


「それで良いわ。それにしても今日は疲れたわね、ありとあらゆる国と場所から、色々な問い合わせが来るんだもの」



「それって『若返りの薬』についてだよね?」


 僕が聞くと、姉ちゃんは大きくうなずきながら言った。


「そうよ。質問の大半は、体の年齢だけでなく、美容的な効果もあるのかっていう、問い合わせばっかりだったわ」


「はい、お茶漬けね。それで、効果はあるの? 無いの?」


 お茶漬けを渡しながら、母さんが身を乗り出して聞いてきた。姉ちゃんは出されたお茶漬けに口をつけながら答える。


「もちろんあるわよ。肌も身体能力も若返るわ」


 その発言を聞くと、母さんは小さくガッツポーズを取った。肌年齢などの問題は、もしかしたら重要な問題なのかもしれない。



「美容の問い合わせをしていて、朝帰りになったの?」


 僕が質問をすると、姉ちゃんはこう答える。


「いや、その手の質問はロボットに任せたから平気よ。徹夜した原因は、国連とかG20ジートゥエンティの偉い人達から問い合わせが凄かったのよ、こっちの問い合わせは、主に人口爆発に関してね。そこで急遽きゅうきょ、その問題に対応する計画を作ってたら、こんな時間になっちゃったわけ」


「人口爆発には、どう対応するの?」


「それはね、色々とあるわよ。まず、砂漠や荒野などの緑地化。海上都市、海中都市、地中都市の建築。都市部では、超高層ビルの建設。ああ、高層ビルっていっても、100メートルや200メートルの低いヤツじゃなくて、5キロとか10キロとか、ちょっと高めのヤツね」


「……10キロって高すぎじゃない? あまりにも細長くなって、倒れちゃいそうだよ」


 僕が反論をすると、姉ちゃんはこんな説明をする。


「大丈夫よ。高さ10キロだけど、幅も奥行きも10キロだから、立方体みたいな形ね。それなら安定感があるでしょ」


「あっ、うん。そうだね。それなら安定感があるね……」



 幅10キロ、奥行き10キロ、高さ10キロなんてビルは聞いた事が無い。

 いったいどれくらいの人数が住めるのだろうか?

 僕はスマフォで計算してみる。


 ワンフロア、10キロ×10キロで、100平方キロメートル。東京の山毛線やまけせんの内側が、69平方キロメートル。太阪市ふとさかしの環状線の内側が30平方キロメートルらしいので、これだけでも、もの凄く広い。


 1人、100平方メートルという、家族4人ぐらしができる面積を占有しても、ワンフロアにつき100万人が住める広さだ。


 1階あたりの高さが、5メートルと考えると、10キロで2000階になる。

 ワンフロアで100万人、100階で1億人が住める計算だから、2000階だと、20億人が住めるという計算が出た、かなり滅茶苦茶めちゃくちゃな数字だ。



 これで人口問題は解決しそうだが、この建物には問題がありそうだ。


「でも、この建物だと中心部に居る人は、閉塞感へいそくかんを感じるかもね」


 中心部から、外側はあまりにも遠い。下手をすると、何ヶ月も太陽を見ていないなんて事になりかねない。


「それはレオ吉くんにも言われたのよね。『もっと開放感かいほうかんがあった方が良いんじゃないですか』ってね。そこで開放感のあるプランも考えたわ」


「それはどんなプランなの?」


「スペースコロニーよ。窓からは無限に広がる宇宙が見えるからね、開放感はバッチリでしょう」


 姉ちゃんが薄ら笑いを浮かべなが答えた。

 いくらなんでも発想が飛びすぎだ、寝てなくて頭がハイになっているのだろう。これは、もう一度、ぐっすりと寝てから考え直した方が良いんじゃないだろうか……

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る