農作業とパワードスーツ 2

 宇宙服のような農業用のパワードスーツを、僕らは着る。

 かなり窮屈きゅうくつで、動きづらい。こんな物を着ると、かえって農作業が大変そうだが、本当にこれで楽になるのだろうか?


 姉ちゃんは、ヘッドフォンとマイクが一体になったインカムを頭に付けて、僕らに言う。


「ちゃんとヘルメットのバイザーを下げてね」


「これ、下げる必要があるの?」


 僕が反論をする。宇宙空間ならまだしも、地球上では呼吸ができなくなる訳ではないし、バイザーは下げなくても良いんじゃないだろうか?


「ちゃんと下げてもらわないと、色々と機能テストが出来ないのよ。下げてみて」


 仕方ないので、言われた通りにバイザーを下げると、「ブシュー」と、空気を密閉するような音が聞える。

 続いて、ヘルメットの中にあるスピーカーから、姉ちゃんの声が聞えてきた。


「これで完璧に空気を遮断できたわ。そのまま宇宙空間に放り出されても大丈夫よ」


 この服は見た目は宇宙服だが、機能も宇宙服そのままらしい。しかし姉ちゃんは何を試したいのだろう、宇宙にでも連れていく気なのだろうか?



「ええと、まずはそのパワードスーツの使い方を説明するわね」


 少し戸惑っている僕らをよそに、姉ちゃんは説明を開始した。


「胸の所に、ボリュームのスイッチみたいなものが3つあるでしょ」


 胸と首の間くらいの場所を見ると、つまみが三つある。

 それぞれの目盛りには、数字が振ってあり『16~31』『0~120』『1.0~0.01』と、バラバラの数字が振ってあった。



「左側の『16~31』の数字は、パワードスーツ内のエアコンの温度調整ね、それぞれちょうど良い温度に調整して」


 初めは『29度』と高めの温度設定だったので、僕はちょっと汗ばんでいる。

『25度』に設定すると、スーツ内はすぐに快適な温度になった。真夏の厳しい気温の中での作業でも、かなり楽になりそうだ。



「真ん中のスイッチは、音声の大きさね。適度なボリュームに合わせておいて」


 姉ちゃんの声がちょっとうるさいので、僕はボリュームを『70』くらいに設定をする。



「そして、右側の『1.0~0.01』は、体にかかる負荷の数字ね。重力の調整と思っても構わないわ。試しに月の重力と同じ、6分の1の『0.16』に設定してから、歩いてみて」


 初期値は、おそらく地球の重力と同じ『1.0』という数字にセットされている。

 姉ちゃんに言われた通り『0.16』に設定して歩き始めると、体が軽くなり、雲の上を弾むように移動できた。目の前を歩いてるジミ子の様子を見ていると、まるで月面を歩行している宇宙飛行士のようだ。



 しばらく歩き回ったり、ラジオ体操をしてパワードスーツになれてくると、いよいよ農作業を始める。

 先ほど途中まで作業をしたトマト畑に行き、残ったトマトを収穫しようとした時だ。収穫用のハサミを持ってくるのを忘れてしまった。


「姉ちゃん、ちょっとそこにあるハサミを取ってよ」


 そう言うと、こんな事を言ってきた。


「ハサミは要らないわ。パワードスーツに対して、『収穫補助システム、オン』って言ってみて」


「分ったよ『収穫補助システム、オン』。この後はどうすれば良いの?」


「あとはトマトに手をそえるだけで大丈夫よ。レーザーメスが自動で切断してくれるわ」


「レ、レーザーメス? そんな物まで付いてるの?」


 試しに僕がトマトを優しく手に取ると、次の瞬間、肩の部分からレーザーが照射され、フッとトマトの茎が切断される。僕は切り離されたトマトをカゴに入れると、次のトマトに手を伸ばす。次のトマトも、手につかむと、その瞬間、あっという間に切断される。


「これ、すごい楽だね」


 次から次へと収穫する僕の姿をみて、他のみんなもハサミを置いて、次々と「収穫補助システム、オン」と、装置を稼働させる。


 作業的には、ハサミで切断する作業がレーザーに代わっただけだが、かなり楽になった。重力も6分の1で、中腰の姿勢や、しゃがんだりしても、ほとんど負荷が掛からない。これなら何時間でも作業を続けられそうだ。



 僕らは20分ほどかけて、トマト畑の収穫を終えた。

 こんどはスイカ畑の収穫に移ろうとした時だ、キングが姉ちゃんに、こんな事を言った。


「試しに重力の調整を、最小の『0.01』で試してみて良いですか?」


「良いわよ。でも最小にすると『スラスター』を使わないと上手く動けないかもね」


「『スラスター』って、何ですか?」


 ミサキが姉ちゃんに質問をする。


「ええと、低出力のジェット推力すいりょくみたいな物かな。扱いがちょっと難しいけど、試してみましょうか。まずは重力を『0.01』に合わせて。そして『スラスターコントローラー、オン』って言ってみて、ヘルメットの中に仮想のコントローラーの画像が現われるから」


「「「「「スラスターコントローラー、オン」」」」」


 僕ら全員が復唱をすると、目の前にコントローラーの画像が現われる。

 コントローラーは半透明なので画像だと分るが、手を伸ばして触ってみると、そこには感触があり、画像なのに触れるという、ちょっと不思議な感覚だ。ちなみにコントローラーは、プレイディアステーションのコントローラーの形を、ほとんどそのまま採用していた。


「大したスピードは出ないから、試しにイジってみてよ」


 姉ちゃんに言われて、僕らはスラスターを操作し始めた。



 スラスターの操作は、想像以上に難しかった。

 空中をほぼ自由に移動できるのはずだが、思った通りに動かない。

 水平方向の操作だけなら簡単だが、そこに高さと回転が加わると、ちょっと混乱する。

 動きを停止してから回転して、再び動き出したりすれば問題はないのだが、二つ以上のスラスターを同時に操作をしようとすると訳が分らなくなる。


「いやあぁ、止めてぇ」


 ミサキが適当に操作して、上空10メートルくらいでクルクルと回り出した。


 僕とキングが慌てて止めに行く。

 激しく回転するミサキを無事に押さえ込むことができたが、何か緊急停止装置のような物は必要だろう。


「やっぱり難しかったようね…… 高校生のあなたたちが手を焼くようだから、お年寄りには不可能に近いかもしれないわ…… この機能に関しては、何か改善が必要ね、後で考えましょう」


 姉ちゃんが難しい顔をして答える。確かにあの操作方法をすぐに習得したのはキングだけだった。



 この後、重力を6分の1に戻し、僕らはスイカの収穫を開始する。

 スイカも手に取ると、自動でレーザーカッターで切断されるので、僕らはカゴに入れるだけの作業を繰り返す。


 途中で作業に飽きてきたキングが、こんな事を言う。


「ちょっと俺、重力を『0.01』で作業をやってみるわ」


 キングは重力の負荷を最小に設定し、スラスターで地面の上を滑るように移動して、次から次へとスイカを収穫する。スラスターの操作だけでも大変なのに、操作の合間あいまにスイカの収穫をやってのけるとは……

 僕も少し真似をしてみたが、いちいちスラスターを操作して移動するより、普通に歩いて作業をした方が早かった。



 この後、ナスとキュウリの収穫をして、僕らの予定していた農作業が終わった。


「みんなお疲れ様。4時間の作業の予定だったんだけど、2時間半で終わったわね。どう? 疲れた?」


 ジミ子がすぐに答える。


「いえ、あまり疲れていません」


「そうだな、これならまだまだ働けるな」


 スラスターで飛び回っていたキングも似たような感想を言う。

 キングが一番働いていたはずだが、重力の設定が最も低く、自分の足を使って移動していなかったので、もっとも楽だったのかもしれない。



「なるほど、解ったわ。あまり疲れていないようね。他に何でもいいから感想とかない?」


 姉ちゃんがタブレットPCにメモを取りながら、意見を聞く。

 するとヤン太がこんな事を言った。


「パワードスーツって言ったから、もっと戦ったりするマシーンを思い浮かべていた」


「ああ、そうだね。もっとバトルとかするイメージがあるよね」


 僕も似たような感想を言うと、姉ちゃんが予想外の提案をする。


「じゃあ、時間も余ってる事だし、そのスーツを着たままで、殴り合いのバトルでもやってみる?」


「「「ええっ!」」」


 姉ちゃんがとんでもない事を言い出して、僕とヤン太とキングは固まった。

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