ミサキとヨット

 ハンバーガーチェーンのメェクドナルドゥに集まって、いつものように時間を過そうとした時だ。

 ミサキがニコニコしながら、こんな話を切り出した。


「ちょっと、ヤヒューのオークションで良いモノを見つけたんだけど。コレをみんなで共同購入してみない?」


 スマフォをみんなに見せると、そこには中古のヨットが映っていた。


 ヨットなどという物は、高くて買えない。

 そう思って値段を見てみると『9万円』と、5人で分けると手の届きそうな値段がつけられている。

 もちろん、オークションなので値段が上がる可能性もあるが、商品を出品してから3日もっているにもかかわらず、入札数はゼロだ。間違って入札ボタンを押してしまうと、競り落とす可能性が高い。



「こういうのって、免許が必要なんじゃないの?」


 ジミ子が渋い顔をしながら言うと、ミサキは事前に調べていたらしく、ちゃんと反論する。


「長さ3メートル未満で、エンジンの出力が約2馬力を下回れば、免許が要らないみたい」



「うちらにヨットは操れないんじゃないか?」


 ヤン太がそう言うと、ミサキは鞄から一冊の本を取り出して来た。


「大丈夫。入門書を買ってきたわ。ここを見て『これを読めば3日でマスターできます!』て書いてあるわよ」



「船の駐車場料金…… えーと、船だと 停泊代ていはくだいか。けっこう値段がするんじゃないの?」


僕が質問をすると、ミサキはこう言った。


「大丈夫よ、無料で止められるスポットがあるみたいだから。ネットで見つけて来たわ」


 ……それって、合法な場所なのだろうか?

 不法係留ふほうけいりゅうの気がする……



 僕らはやんわりと否定するが、ミサキはあまり気にしない。

 うっとりとした顔で、こんな事を言い出す。


「昨日、ヨットのレースの番組をテレビでみたんだけど、ものすごくカッコ良かったわ。みんなも想像してみて、青い海の上を、風を受けながら颯爽さっそうと走るヨット! きっと凄い体験になるわよ」


 キングがスマフォで何かを調べたらしい。画面を見せながら説得をする。


「それなら、まず体験会に参加した方が良いんじゃないかな? 8000円で参加できるみたいだぜ」


 スマフォには、どこかのヨットスクールの体験プログラムが表示されていた。

 だが、ミサキはこの提案を断る。


「私、お金あんまりのこっていないから、そのプランに参加すると、ヨットを買うお金が無くなっちゃう。あっ、ちょっとトイレに行ってくるね」


 ミサキはそう言い残すと、トイレに向った。



 ミサキが居なくなると、僕らは小声で話し合う。


 キングがあきれながら訴える。


「スクールに通わず、いきなり操船そうせんとか無謀すぎる。ゲームじゃないんだぜ」


「風も都合の良い方向から吹くとは限らないし、うちらだけだと、遭難しそうね……」


 ジミ子も頭を抱えて感想を言う。


 僕も別の面で心配な点があった。


「あれ、絶対に維持費とか考えていないよね?」


 ヤン太も深刻な顔をしながら答える。


「そうだな、何か理由を付けて、あきらめさせないと……」



 机の上にはミサキが置いていった、ヨットの入門書があった。

 パラパラとページをめくると、色々な所に赤線が引いてあり、所々にミサキの独自の『まとめ』が書き込まれている。

 かなり熱が入っているようだ。勉強の方も、これくらい意欲的なら助かるのだが……


「けっこう、書き込んでいるな。これはあきらめさせるのは大変だぞ……」


 僕がページをめくっている隣で、その様子を眺めていたヤン太が、ため息交じりにつぶやいた。



 パラパラと、この入門書をめくっていると、横からみていたキングが何かに気づいたらしい。


「おっ、ちょっと貸してくれ」


 確認をするように入門書を見入る。しばらくすると、何か良いアイデアを思いついたらしい。


「これなら行けるかも…… 少しコンビニに行ってくるよ」


 何かを買いに出かけてしまう。


 キングと入れ替わるように、ミサキが席に戻ってきた。


「みんなで入門書を見ていたの? ヨットを買う気になってきた?」


 僕らが入門書を読んでいる光景を見て、勘違いをしたらしい。ニコニコと笑顔を振りまくが、それは大きな間違いだ、この話にミサキ以外は誰も乗り気ではない。


「いやぁ、ちょっとレベルが高すぎて、僕らに操船は難しいと思うよ」


 僕がそういうと、ミサキは胸を張って答える。


「大丈夫よ。難しい事はすべて私がやってあげるから、みんなは何も心配しなくていいわよ」


 それが一番の心配なのだが……



 しばらくするとキングがコンビニから戻ってきた。手にはちいさな袋を持っている。


「どこに行ってたの?」


 ミサキが聞くと、キングは小さな荷物を取り出しながら、こう言った。


「いや、ちょっと俺らに出来るか心配になって、コレを買ってきたんだ」


 取り出した荷物は、いたって普通の靴ひもだった。


「ロープの結びかたが難しそうだったから、試してみようぜ!」


 そう言いながらみんなに靴ひもを配った。



 靴ひもを手にとったヤン太は、ミサキにこんな事を聞く。


「入門書に載っていた『もやい結び』ってのを教えてくれよ」


 ジミ子は違う結び方を言う。


「私は『ローリング ヒッチ』っていう結び方を教えて」


 キングも別なやり方を聞く。


「俺は『ダブル オーバー ハンド ノット』ってヤツを教えてくれ」


 僕もその流れに乗る。


「僕は『ラウンド ターン アンド ツー ハーフピッチ』って結び方を覚えたいな」


「えっ、うん、ちょっと待ってね……」


 ミサキは入門書を読みながら、靴ひもで実戦をするが、失敗に終わる。

 ほどけてはいけないハズの結び方なのに、ちょっと力を入れると、ハラリと紐が解けてしまう。


 そういえば、さっきの入門書のロープの結び方のページは、何の書き込みもなく真っ白だった。考えてみれば、自分のネクタイもまともに締められないミサキが、複雑なロープワークを覚えるのは不可能に近いだろう。


「あっ、ええと、今年の夏休みは、もう残り少ないから、ヨットは次のシーズンでも良いかもね」


 ある程度、靴ひもと格闘していたミサキだが、ようやくあきらめたらしい。

 もう少し計画的なら、賛成してもいいのだが、ミサキの話は、あまりにも無計画で無謀すぎる。

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