蚊と浮遊要塞 3

 歩いて10分あまりのスーパーに僕らはたどり着いた、明日のバーベキューの材料を買う為だ。

 目的地に着くと、宇宙要塞『デット・スター』にそっくりの浮遊要塞の『バグ・バスター』が僕に問い掛ける。


「室内に入るようでしたら、BGMを切りマスか?」


「うん、おねがい」


 僕がそう言うと、今まで流れていた『ダーク・ベユダー』のテーマソングが鳴り止んだ。ようやく恥ずかしい状態から解放された。


 するとミサキが言う。


「音楽、止めちゃったの? 掛けたまま買い物を続けたかったのに……」


「いや、ほら、他のお客さんもいるから迷惑でしょ」


「それなら、しょうがないわね……」


 僕が言い聞かせると、渋々納得する。ミサキは時々何を考えているのか分らない。



 スーパーに入ると、ヤン太が買い物のカートを押して、ジミ子がバーベキューのタレのレシピに出てくる調味料を買い集めていく。

 もちろんタレだけではなく、焼く食材も買うのだが、こちらはミサキが手当たり次第にカートに放り込んでいく。


「あっ、これ、お買い得品だって、買いましょう。こっちは3割引ですって、これも買いましょう」


 あっという間にかなりの量になった。あわててキングが止めに入る。


「バーベキューをやる公園のそばに、肉屋や大型のスーパーがあるみたいだぜ、足りなかったらそこで買い足せば良いんじゃないか?」


「ちょっと足りない気もするけど。うーん、そうね、そうしましょうか」


 ミサキがなんとか納得して、どうにか無駄遣いを阻止する事ができた。



 この後、食材を持って僕の家に戻り、みんなでレシピどうりに食材の下ごしらえをする。

 僕らは調味料を丁寧に量り、教科書通りの下ごしらえを作った。これを冷蔵庫にいれて、十分じゅうぶんに寝かせる。


 翌日の予定を確認して、この日はみんなと別れた。



 後日、僕は大型のクーラーボックスを肩に掛け、虫対策のバグ・バスターを引き連れて、みんなで予約をした公園へと向う。


 地元の駅から電車に乗り、4駅ほど移動して駅に降りる。下車をした駅から更にバスに乗り換え、15分ほど揺られると、バーベキューの施設がある公園にたどり着いた。


 僕らが公園に入ろうとすると、バグ・バスターが声を掛けてきた。


「設定範囲、10メートル以内に、蚊が4匹、バッタが9匹いマス。迎撃しますか?」


 このバグ・バスターは、農業用に開発されたと聞かされた。確かに農業から見ると、バッタも害虫に入るだろうけど、バーベキューをする僕らにバッタはあまり関係ない。ここは、蚊だけ撃ち落とすように命令をしよう。


「蚊だけ撃ち落として、バッタは無視して構わないよ」


「了解デス。蚊だけ打ち落としマス」


 バグ・バスターはそう答えると、BGMのダーク・ベユダーのテーマソングを鳴らし、「パピュン、パピュン」という音を発し、レーザーを4発ほど撃つ。


「蚊の駆除を終えまシタ。再び蚊が近づいてきたら、打ち落としますか?」


「うん。それでお願い」


 あっという間に蚊の駆除が終わった。僕らは公園の中の方にある、バーベキュー施設を目指して歩いて行く。



 公園の中をおよそ200メートルほど進むと、バーベキューをやっている広場に着いた。

 そこは、青々とした芝生が広がるエリアで、屋根だけのテントがいくつか設置されていた。テントの屋根の下には、テーブルと椅子、そして、バーベキューのグリルが置いてあるようだ。


 近くには『バーベキュー受付』と書かれた小屋があったので、僕らはそちらへ向う。



 ミサキが受付の人に声を掛ける。


「5人で予約したミサキですが……」


「お待ちしておりました。時刻通りですね。お一人様、千円になります」


 みんながそれぞれ千円札を差し出す。


「ええと、それじゃあ、これで」


「確かに料金を頂きました。あなた方のテーブルは、あちらに見えるテーブルです。炭に火を入れておいたのですぐに使えますよ。何かわからない事があれば、声を掛けて下さい」


「ありがとうございます。では使わせてもらいますね」


 ミサキがちゃんと挨拶をして、僕らはテーブルへと向う。



 テーブルに着くと、バーベキューグリルの炭がパチパチと音を立てて、いつでも肉が焼けそうな状態になっていた。少し立派な椅子もあり、くつろげそうに見える。しかし、周りでバーベキューをやっている人を見ると、そうではなさそうだ。


 この日、僕らの他に、バーベキューをやろうとしているグループは3組あった。その3組とも、腕を払う仕草を絶えずしている。おそらくハエが近くに居るのだろう。



 僕らがテーブルに着くと、人の気配を読み取っているのかハエが何匹かやって来た。

 すると、すぐにバグ・バスターが僕に聞いてくる。


「ハエが4匹範囲内にいマス。迎撃しますか?」


「すぐに迎撃して。あと、範囲を広げることはできるかな?」


「今日の天気では、湿度が多いので、半径、およそ250メートルが限度デス」


「うん、わかった。ちょっと他のグループに聞いてくる」


 僕はバーベキューに来ている、他のグループの人達にも声を掛ける事にした。


 範囲設定で、自分達のテーブルのエリアの周りだけを退治する事もできるが、どうせだったら、ここにいる全員を、設定範囲の中に収めてしまった方が良いだろう。


 他のグループの人に、虫を退治する機械がある事を伝えると、ハエに嫌気がさしていたのか、すぐにOKを出してくれた。



 僕はバグ・バスターに指示を出す。


「迎撃範囲を100メートルに設定できる?」


「守備範囲が広くなるので、子機の使用許可をお願いしマス」


「子機ってなに? 安全なの?」


「安全デス。使用許可をお願いしマス」


「分った。じゃあ、使用して良いよ」


「許可を得ました、これより、総攻撃を開始しマス」


 バグ・バスターがいつものダーク・ベユダーの曲を流す。

 音楽が鳴り終わると、レーザー発射口の横に、開閉口かいへいぐちが現われた。

 そして、その開閉口が開くと、ピンポン球くらいの帝国軍の戦闘機が4体ほど出て来た。


 戦闘機は散り散りになり、それぞれのテーブルに近寄ってくる蚊やハエを追い回しながら、レーザーを撃ち、次々と撃墜して行く。それは空中戦のようで、ちょっとした宇宙戦争のようにも見える。


「うお、面白い」「いいぞ、やれ、帝国軍」「ハエを撃ち落とせ!」


 周りの人達から歓声が上がる。


 しばらくすると、蚊やハエが居なくなったらしい。砲撃が完全に止んだ。

 この場所に平和が訪れたらしい。



 僕らは虫の居なくなったエリアで優雅にバーベキューを始める。


 肉を焼き始めると、スパイスの香ばしい匂いが辺りを漂ってきた。

 肉が焼けるまでの長い時間、僕らはこの匂いと格闘する。食欲に負けて生肉を食べると、翌日にお腹を壊しそうだ。


 膨大な時間をかけて、やがて肉が焼き上がると、それはすぐに僕らの腹の中に消えた。

 やはり火星のレシピは素晴らしい、肉の嫌な臭みが全く無く、いくらでも食べられそうだ。



 肉を次から次へと焼き、食べ続ける。

 僕らはそれなりの量を食べたのだが、ミサキはまだ足りないらしい。


「ご飯が食べたい」


 ポツリとつぶやく。確かに肉ばかりだとあまり腹は膨れないかもしれない、ご飯などが欲しくなる気持ちも分る。しかし、僕らは今日は炭水化物を持ってきていなかった


 近くのスーパーにでも買いに行こうかと話あっていると、隣のグループから声を掛けられた。


「よかったら、このご飯をどうぞ」


 飯ごうで炊いたご飯をくれる様だ。

 さらに他のグループの人も声を掛けてくる。


「焼きそばならありますよ」


「うちは、チキンのトマトスープならあります。どうです?」


 ミサキがちょっと驚いた様子で答える。


「いいんですか、もらっちゃって」


 すると、こんな答えが返ってきた。


「ハエ退治のお礼さ、気にしないで」

「面白い物が見られたからね。それって宇宙人の開発した機械だろ?」


「ええ、そうです。面白いでしょ」


 ミサキが得意気になって答える。

 この後、しばらく会話が弾んだ。会話の内容は、半分はバーベキュー、もう半分は、ある映画についての話題だった。



 バーベキューの時間は3時間だっただが、あっという間に過ぎ去った。

 楽しいひとときをすごせた僕らのバーベキューは、大成功と言えるだろう。

 近いうちに、再びやる約束をして、この日は別れた。




 後日、姉ちゃんの関連会社から、バグ・バスターが発売されたという話を聞いた。

 製品にあたり、バグ・バスターは2つのバージョンが開発されたそうだ。


 ひとつは映画会社から、ちゃんと許可を取って、ティテールにこだわった、僕らの使ったバグ・バスター。

 もうひとつは、機能は同じだけど、形はただの球で音楽も鳴らない、廉価版れんかばんのバグ・バスター。


 ちなみに、映画会社から許可を取った方は、廉価版の2倍近くの値段らしいが、値段の高い方が売れているらしい。

 この国の価値観は、どうなっているのだろうか……

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