勉強合宿 6
僕らは勉強を終え、残された少しの時間、火星の学習収容所の散策をする事にした。
ロボットを呼んで、僕らの要望を伝える。
「ちょっと、ここら辺を散歩したいんだけど、いいかな?」
「可能デス。案内役は必要でしょうか?」
「ええと、お願いします」
「了解しまシタ」
どうやらロボットが案内をしてくれるらしい、ロボットは更にこんな事を聞いてくる。
「このまま帰還されマスか? お荷物は預かりましょうか?」
「では、そのまま帰ります。荷物は預かって下さい」
そういって僕らは荷物を渡す。
すると、どこからともなく1メートルくらいの小型のモノリスがやって来て、僕らの荷物を吸い上げた。
もしかすると、荷物だけが一足先に地球に戻っているのかもしれない。
身軽になった僕らは、広大な学習収容所をあらためて見渡す。
見渡す限り、どこまでも整然と等間隔で置かれるベッドの隊列。
どこを見ても同じように見えて、どの方向へ行けばいいのか全くわからない。
ミサキが僕とロボットに対して質問を投げかける。
「さて、どこに行こうかしら? 観光スポットみたいなのは……」
「アリマセン」
「だよね。どうしようツカサ?」
ロボットに否定されて、ミサキがちょっとガッカリする。
まあ、ここは観光地ではなく収容所なので仕方がないだろう。
ここでは特別なランドマークは無いと思うが、気になる事が一つあった。
「ここに来ている他の人が、どうしてるか気になるんだけど……」
そう言うと、どうやらミサキも興味を持ったらしい。
「そうね。どういう暮らしをしているのか気になるわね」
「他の人が居る場所へ案内してもらえますか?」
僕がリクエストを伝えると、ロボットは
「了解しました。デハ、私の後に付いてきてくだサイ」
ロボットの後ろに付いて、僕たちは赤茶けた大地を歩き始める。
歩き始めて、僕はあらためて実感する。この施設は本当に人が少ない。
たまに人影を見る事もあるが、極めてまれだ。おそらくベッド50~70に一人、居るか居ないかくらいだろう。
ガラガラのベッドを遊ばせておくのは、ちょっともったいない気もする。
何か有効活用の手段が無いかと考えてみるが、すぐには思い浮かばなかった。
考えながら歩いて居ると、正面に透明なビニールシートで出来たテントのような物が現われる。
テントは意外と大きく、屋根付きの車庫といった大きさだ。それが幾つも並んで居た。
「なにかしらあれは?」
ミサキが好奇心にひかれて近づいて行く。
僕も近づくと、中の様子が見えた。
中では何人もの人が熱心に楽器をいじっている。
ギター、ベース、キーボード、ドラム。どうやらバンドのグループらしい。
あちらこちらのテントの中で、色々な人達が手を動かして『おそらく』演奏している。
『おそらく』と言うのは、音が全く聞こえないからだ。
あのビニールシートは宇宙人の防音シートなのだろう。外からだと全く音が聞こえない。
「あの人達はなに?」
ミサキが疑問に思い、質問をすると、ロボットはまじめに答える。
「自立して生活が行えない人々デス。彼女たちは自立が出来るように、ここで学習をしておりマス」
「学習って音楽ですよね?」
僕が確認をすると、ロボットはさも当然に答える。
「ハイ。音楽は学校の授業にも有ります。ここでは音楽も授業として認定しておりマス。彼女たちは、音楽で自立できるようになる為、ココで学習していマス」
まあ確かに、音楽の授業も勉強と言われれば勉強のうちに入る。
そして音楽で食べていこうとする人のほとんどは、まともに食事も取れないような
これらの人々は、自立できているか、いないかと言われれば、できていない人の方が多いはずだ。
この学習収容所は、確か自立支援の為の学習が目的だった気がする。
まあ、施設の使用目的からずれていない気もするが、この使い方は許されるのだろうか?
僕が考え込んで黙ってしまうと、ミサキは別の質問をロボットに投げかけた。
「あの人達って、いつまでここに居るの?」
「自立できない状態にあれば、いつまででもここに居られマス」
「音楽で自立するって、かなり難しいと思うけど、自立できたかどうかって、どうやって判断するの?」
「音楽会社から正式なオファーを受けるか、動画再生サイトの広告収入が、一定のレベルに達するまでデス」
「なるほど。アーティストとして正式にデビューできなくても、広告収入で食べて行ければいいのね。けっこう現実的ね」
ミサキがうなずきながら納得する。そして次にこんな質問をした。
「この人達はちょっと変わっていると思うけど、他にも変わった人達は居ない?」
「『変わった』という定義はワレワレロボットには分かりませんが、ユニークな理由で、この施設を使用をしている人達なら居ます」
「その人達のところへ、私らを連れていってちょうだい」
ミサキが不敵な笑みを浮かべながら、新たな命令をロボットに出した。
僕たちの散策の旅はまだ続く。
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